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田村神社

隣市の郡山市内に守山という地域があります。ここにある田村神社に今年になって2回訪れました。最初は本尊の御開帳があると聞いたからです。神社なのに本尊とは可笑しいと思われるかもしれませんが江戸時代までは神社もお寺も一緒でした。明治になって外でおまつりしていた本尊を元に戻したという事です。一つの厨子の中に聖観音と大元帥明王が祀られていました。聖観音は坂上田村麻呂が蝦夷征伐を終えて京都へ帰る途中、自身の守護神である髻の中の聖観音像を本尊として田村神社を建立したと伝えられています。大元帥明王像は全国的にもとても少なく御開帳したり、写真をとっても良いとしてくれるところはなく京都や奈良からも訪れていました。次は神社の御神体の一つが田村麻呂公像というこたがわかったので拝ませて頂きに行きました。大晦日の夜、宮司様だけが1時間ほど拝するそうです。厨子の外に出すのは10年ぶりで、初めて拝ましてもらうと檀家総代の方達も喜んでいました。

田村神社・・・戦国時代この地を支配していた愛姫の曽祖父の田村義顕公がこの地から拠点を三春に移しました。そして鏡を御神体として三春の地に『田村大元帥神社』を建立しました。残された神社は地域の人に大事にされてきたのでしょう。5人の総代さんは交代で毎日2回見回りをしているそうです。
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大元帥明王像と聖観音像(真黒になった小さな像でした)
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御神像の納められている厨子。今回は写真は禁止でした。厨子から出され階段を下りて安置された田村麻呂像はそれはそれは素晴らしいお姿でした。衣冠束帯姿の70センチ位の座像です。厳しさと慈愛を併せ持ち遠くを見つめるような眼差し、整った鼻筋、無駄のない豊かな頬、引き締まった口元、一同あまりの素晴らしさに声も出ませんでした。
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