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8月3日から何日かかけてかいたのを
とりあえずなんとか読める形になったと思い、アップします。
ちょっと「重い」けど、
去年 心配し、支えてくださったみなさんに 感謝をこめて
報告したかったので。^^
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ここ数日、淡々と過ぎる毎日を 慈しまない自分に あせりを感じていた。
去年の今頃、命びろいしたのに
今また 少し傲慢になってきている 自分。
そしてそれに呼応するかのように
体調がくずれてきている。
そんなときに見た「オーラの泉」。
千原ジュニアさんが 6年ごとに事故や病気になるときいた江原さんが
それを 感謝祭だと思えばいい。(生きてることに感謝する気持ちを 思い出させてもらえる)
といっていて、「なるほど・・・これだ!」。
8月1日は 感謝の日(新月だったし^^)・・・◎
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昨年の夏、暑い中無理をして 春に始めたばかりの店を続けた結果、
体も心もへとへとになり 7月いっぱいで
なんとか 周りの助けを借りて 店を閉め、寝込んだ。
もともと細かった体は いつのまにか、骨と皮だけのようになっていた。
朝 目が覚めて 窓の外の光を感じ、
「あぁ、生きてる。」
と、ただ 命があることへの感謝で 涙が出た日が 2,3日続いた。
その2,3日は 自力で起き上がれなくて(筋力も体力もなく)、
相方が手を引っぱって起こしてくれた。
(でも 朝ごはんと弁当作ってた。彼もふつうに会社行ってたし。
記憶があいまいだけど ― 記憶も弱るのか? ― どうなってたんだろう・・・。)
数日は 家の中だけで過ごし、何日かして
やっと ドアの外へ出たときは、見知らぬ世界に一歩ふみだした 子猫の気分。
家の前の道が まぶしくて
近くのスーパーで買い物できるのが 喜びだった。
でもそれだけでも 疲れるのだった。
食欲はあって 太りたいので食べるのだけど、それが逆に内臓を弱らせる悪循環。
自分の体なのに
こわれそうで どうしていいかわからなくて
まるで 別の生きものと 対峙しているみたい。
でも道行くお年寄りが 歩くだけでもたいへんだったり、
バスに乗るときの段差1段でも、手すりにつかまって よっこらしょって
自分を持ち上げないと乗れなかったり、
子育て中の友達だって、
やりたいことできなかったり 行きたいところ行けなかったり・・・
そういうことを 味わえた。
2年ほど前から 今も毎月診てもらっているカイロプラクティクの先生は、
この2〜3ヵ月後、やっと笑えるようになったころ に、
「今だから言えますけど 人が餓死するようすを見た気がしましたょ〜」
と 言っていた。
(春先に やっと体重を量ったとき、― うちには体重計ないので 笑 ―
30kgきっていて 自分でも驚いた。)
今もまだ 超 やせっぽち。
ひとの視線が いたいとき、多々あり(顔は よゆうの笑み浮かべ、だけど^^)。
でも 今 こうして生きている。
生きていられること。
生かされている ということ。
・・・本当に、感謝して いっぱいいっぱい しあわせを感じて いきたい!
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