宇宙・京都・岩倉、

大阪よりも断然東京!「7」

京都の話

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テレビ表とか見ていると、どうやら次回の「恋するハニカミ」という番組のデートの舞台は、京都らしい!
ま、ここまでよくありそうな話。

しかし、どうやら京都でも「宝ヶ池」まで来て、デートするらしいんです。
宝ヶ池!なんと!
誰も知らないですよね(笑)

宝ヶ池というのは、京都の北のほうにある池でして、公園になっています。
池にボートを出したりもできます。
すごく緑豊かでのどかな場所です。

すぐ横には地球温暖化対策の、あの「京都議定書」を策定した「国際会議場」というものがあります。
ま、僕の母校の創立20周年のイベントはその国際会議場でやったんですけどね。
地元ということで。
地方の高校のイベントから地球規模の会議まで幅広いところです(笑)

この宝ヶ池、京都の「岩倉」という地にあるんですけど、ちなみに僕が住んでいるのは宝ヶ池から10分くらいのところで。

僕が前々から「京都はいい!特に岩倉はいい!」と熱弁しているんですけど、その「岩倉」というのはどういう感じの場所か知りたい方は是非ごらんあれ!
ykspはこの辺りをウロチョロしているんだな、ということもわかりますんで。


話は変わって。
地方の大学にいった友人が言っていた話なんですけど(「京都でも十分地方だろ!」と突っ込まれそうですが)、
どうやら「〜してはる」ってのが敬語として通用しないらしい!
その友人が大学の教授に対して「〜してはる」って使ったらちょっと怒られたとか。
こっちは敬語のつもりで使ったのに、向こうはタメ口感覚に感じたということか。
カルチャーショック。

この「〜してはる」という言葉、非常に便利だと思ってます。
どんな人でもこれでいける、そんな言葉です。

例えば、学校の1個上の先輩が言ってた言葉を引用するとしましょう。
そのとき、「Aさんがおっしゃっていた」では少し仰々し過ぎですけど、「Aさんが言ってた」ではちょっと・・・
そこで「Aさんが言ってはった」。
敬意と親しみと柔らかさとが一気に表現できます!

何でも使えますしね。
初対面の人とかでも、同じように「敬語」では丁寧すぎるけど「タメ口」ではいきなりすぎるし・・・
そこで「してはる」ですよ。
「今はなにしてはるんですか?」「これ、食べはります?」みたいな感じで。


ただ、この「してはる」、敬意を表すというより、「距離」を表す言葉だと思ってます。
あんまり親しくない女子の友人なんかにも、「〜してはる」とか使いますし。
京都人、「距離」が遠いものになら、いろんなものに「してはる」を使います。
物にでも使いますね。

そうやって何にでも使える言葉なので僕はかなり「してはる」使っちゃいます。
だから、お客さんやかなり目上の人に対しても本当は「おっしゃってた」とか「いらっしゃった」とか敬語を使わなきゃならないのに、つい「してはる」を使ってしまう・・つい、使っちゃうんですよ。

ま、すごく便利なんですけど、その反面、そういう意味では諸刃の剣なのかも。

船岡温泉、再び。

またまた行ってきましたよ、京都の船岡温泉。
温泉といっても銭湯ですよ。

違う銭湯に行ったんですけど、そこが定休日だったんです。
そこでノコノコ帰ればいいんですけど、もう体が「デカイお風呂に入りたい!」モードだったので、どうしようかと。

そこで、再び船岡温泉へ。
船岡温泉は男湯と女湯が日ごとに入れ替わるので、前回と違っていたらいいなーと思って入ってみると、見事に前回と違う!

こりゃラッキーと入ってみると、脱衣所の欄間の飾り細工とか天井の細工とかがこっちのほうがいい感じ。
で、浴場へゴー。

中は、薬湯、深いやつ、ジェットバス、電気風呂、メインのデカイ風呂など。
ちょっと奥にはヒノキ風呂も!
で、一通り入って、外へ出てみると露天の岩風呂が!

なんだよ、こっちのほうが豪華じゃん!

岩風呂の横には水風呂、その奥にはサウナ。

僕は本当にカラスの行水なんで、これも一通り入るともうお腹一杯です。

いや、ほんとはジックリ入りたいんですけど、僕はジックリお風呂に入ると頭がポーッとしてくる。
それが進むと、耳が遠のいていく。
なーんか、意識が遠のいていくような気持ちになる。
お酒飲んだときにもこれが起きる。
これが怖いからあまり長湯したくないのだ。

よくよく周りを見渡すと、女湯と男湯の仕切りがメチャクチャ低い。
よくオジサンたちが「子供の頃は女湯を覗いた」とかいってて、僕は「どういうこっちゃ!?」と思ってましたけど、古き銭湯はこんな低いのか。(一応書きますけど、覗いてませんからね!)
脱衣所の仕切りもめちゃくちゃ低い。
声なんかも丸聞こえでは。
歴史を感じます。

しかし、やっぱ銭湯はニガテである。
銭湯における「暗黙のルール」みたいなのがあるような気がして、それがわからないからいろいろと気を使いまくるのだ。
「ここで服脱いでいいのかな。それとも籠を出して真ん中らへんで脱いだほうがジャマにならないのかな。」とか。
「入る前にはかけ湯」と「タオルは湯船につけない」ってのは知ってるんだけど、他にあるような気がして。
周りも「ザ・常連」みたいな人ばっかだし、「そこは俺のテリトリー」みたいなのもあるんじゃないのかとか。

とか思ってたら、やっぱあったみたいで。
京都の銭湯は浴槽と脱衣所の間に、タイル張りの洗面所みたいなのがあるんですけど、「湯上りにはそこで体を軽く拭いておく、タオルを絞っておく」ってのがあったみたいで、僕は一回目は知らずに普通にボタボタと脱衣所まで出てきていました。すいませんでした。
(二回目はちゃんと洗面所で水気切りました、はい。)

そういう経験もあって、いろいろと気を使うのです。
そこが銭湯のいいところなんですけどね。

しかし、なんで脱衣所ってあそこまで鏡張りなんだろうか?
んで、なんで必ずオジサンが鏡の前で全裸でポーズとってるんだろうか?
謎は尽きない。

船岡温泉にて。

「京都に住んでいるなら、船岡温泉に行ったほうがいい!」みたいな声をすごくよく聞くので、行ってみました、船岡温泉!
一人でフラッといってきました。

温泉といっても、銭湯です。
ただ、その歴史がスゴク長いらしく、大正時代くらいからあるとか。
スーパー銭湯には行った事があるけど、銭湯には初めて、つまり人生初銭湯ということで、靴箱の札とか、どうしていいのかわからなかった。

入り口からして歴史ある感じ。
なんか、趣がある。
で、服脱いで中に入ってみると。
実にシンプルで、(まあ銭湯ですからね)一部屋しかない。
でも、ジェット風呂や電気風呂、サウナ、露天風呂に薬草風呂みたいなのもあって、種類は実に多種多様でした。
しかし、ジェットバブルバスみたいなのが異常なほど泡立ってましたね。
もう、洗剤でも入っているのかというぐらいしっかりとした泡が大量にでていました。

露天は岩風呂ではなく、ヒノキ風呂で。
岩風呂だって聞いていたんだけどなあ。日替わりで男風呂と女風呂が変わるってやつだろうか。

僕はカラスの行水タイプなんで、一通り入るとすぐにあがる。
もう、十分です。
で、脱衣所で体を拭いていると、なんか同じ学生みたいな人が周りを見渡している。
僕も周りを見渡すと、壁というか、欄間というか、そこにある彫刻とか造型とかが、実によくできているし、なにより、歴史を感じるつくりになっている。伝統工芸みたいな細工がしてあるんです。
なかなか上手くいえないんだけど。
創業当時のままのでは。


しかし、どうでもいい話、お風呂に入る際にどうやって入るのかというのは、人によってわかれると思う。
A 腰にタオルを巻きつける
B 軽くタオルを当てる
C 気にしない
僕は、銭湯ってのは、どこか恥ずかしい。
つーか、昔から、「裸=恥ずかしい」っていうのが、男同士「だから」恥ずかしくない、っていう風になんでなるんだ!?てな感じで思ってて、ずっとAでした。
(昔タモリが「世の中に男しかいなかったら、新宿の交差点を平気で全裸で渡れるよ」って言ってたなあ)
年を重ねるにつれて、大丈夫になっていって、今はそんな平気なんですけど(繊細な感覚が薄れていったというべきか、成長したというべきか)、でもBかCかどっちにしたらいいのか、ちょっと考える。

というのは、周りの人がみんなBだったら僕だけCってのも恥ずかしいし、周りがみんなCだったら僕だけBってのも恥ずかしいし。

そう思うと、「恥ずかしい」「恥ずかしくない」というのは、基本的に、「僕がどうあるか」というよりは「僕が周りとどう違うか」ということに由来しているんだろうか。
それが「恥ずかしい」のは、「みんながそれを恥ずかしいこと」だとしているから、僕にはそれが「恥ずかしい」んだろうか。

とはいっても、みんながそれをやっている「からこそ」恥ずかしい、という感覚もある。
人と同じ事をするという恥ずかしさである。

そう思うと、「恥ずかしい」ということがポイントではなくて、「恥ずかしくない」ということがポイントではないのか。
つまり、いろんなことが本当は「恥ずかしい」のに、それを「恥ずかしくなく」感じるようになっていく、ということがポイントでは。
それだから、僕は人前で裸になることは、「恥ずかしく」なくなったけど、人と同じようなことするのは、恥ずかしい。

子供の頃は、誰しもがすごく照れ屋で、シャイで、恥ずかしがりだった気がする。
それが成長するするにつれて、恥ずかしくなくなっていく。

でも、子供の頃は、裸になることが恥ずかしいなんて、考えなかったし。
うーん・・・

まあ、いろいろなタイプの恥ずかしさがあるわけで、「裸になることの恥ずかしさ」ってのは、後天的なことなんでしょう、という結論!それがその人の自意識によって増幅されるんでしょう。

無理やりだなー。

最近、家の近所に同志社小学校が建設された。ほんとに近いんです。

「同志社」というのは知る人ぞ知る関西の私学の雄で、来年度から小学校にも進出している。
だからこの春に一期生が入学するわけです。

しかし、見てみてビックリ。
鉄格子というかフェンスというか、2メートル以上はあるような鉄の柵に囲まれている。
しかも、その鉄の柵の上には電子線のような鉄線が張り巡らされている。
あれに触ると、電気が流れる!?いや、さすがにそんなことはないにしても、たぶん、通報されるんだろう。
そして、壁には「ALSOK」のステッカーが輝いていた。
もう、刑務所か要塞かという感じである。

ここ最近子供を狙った犯罪が増えているので、私学としては子供の安全対策こそが勧誘の決め手になると考えているんだろうけど、なんか、時代を感じる。
僕が子供のころは、フツーに一般の人が校庭に入ってきていたような。

学校の周りの歩道も補修されていた。というか、もともと歩道なんか無かったんで、フェンス付きの歩道が新しくできていた。あのあたりは道が狭く車も通っているから、そりゃ作る必要ありです。

そんな要塞、いや、同志社小学校を少し離れたところに「ブレーメン」というパン屋さんがある。
その「ブレーメン」の横には「ブレーメン」用の駐車場があり、そこには自動販売機が置いてある。
僕はそこにバイクをとめて、自販でホットココアを買って、自販の前で飲んでいた。

すると、おばあさんが近づいてきて、「どうぞ、あちらのベンチでゆっくりしていっておくれやす」とすごく親切に語りかけてきた。
ふとその先を見ると、「ブレーメン」の店の前には小さなベンチが二つあった。
僕は半分ほどすでにココアを飲み終えている状態だったので「いえ、もう飲み終わりますので大丈夫ですよ」と答えたんだけど、おばあさんはそれでも「せっかくなんでゆっくりしていっておくれやす」とすごく低姿勢かつ親切に薦めてくれた。僕も、せっかくそのような言葉をいただいたので、店の前のベンチに腰掛けて、ココアを飲んだ。

そのおばあさんが「ブレーメン」の関係者かどうかはわからないけど、ああやって京都弁ではんなりと語りかえられたのは、人生初、か。
自分が京都に住んでいるということを再確認しつつ、京都弁の暖かさというものを肌で感じた。

その後僕はしばらく「ほっこり」した気持ちになった。
ホットココアのせいか、おばあさんのおかげか。

京都は、雪。

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家の近所の写真なんですけど、結構積もってる。
今日は最高気温4度 最低気温−4度。
今年最後のゼミにバイクで行こうとしたんだけど、あまりの降雪と吹雪で途中で引き返してきて家で待機。
うーん、すごい雪。

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