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			<title>宇宙・京都・岩倉、</title>
			<description>京都の北のほうに住むジェンダー論好きな男子学生です。思いついたことを徒然なるままに書くつもりなので、すっごく散文的になると思いますが、まあ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yksp1010</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>宇宙・京都・岩倉、</title>
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			<description>京都の北のほうに住むジェンダー論好きな男子学生です。思いついたことを徒然なるままに書くつもりなので、すっごく散文的になると思いますが、まあ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yksp1010</link>
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		<item>
			<title>愛はお金で買えないけれど・・</title>
			<description>僕の周りの男友達に、「ただただ体目当てで女性と付き合った事がある」っていう人が結構いる。 &lt;br /&gt;
僕の周りだけなのか！？ &lt;br /&gt;
ただ、僕にはできないよなあ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いや、別に「そんなことする奴らは、動物と一緒だ！」みたいな感情からではなくて。そんな善人じゃないです。 &lt;br /&gt;
そうじゃなくて、うーん、それって結局「愛という概念で女性を騙している」のに近いような、そういう感覚を感じてしまう。 &lt;br /&gt;
もちろん別に誰が傷つくとかそういうことでもないんだけど。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
少々不適当な言い方になるけど、それって「愛を対価にした買春」ではないのかなと。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
別に論理的な根拠は無く、ま、僕の「フェミニズム的直観」というやつです。 &lt;br /&gt;
もちろん、一般論ではなく僕の周りの友人にのみの適用で。 &lt;br /&gt;
具体的な話を知っている人たちだけに適用。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yksp1010/38967785.html</link>
			<pubDate>Fri, 18 Aug 2006 21:55:14 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>「ずうずうしさ」という主体化！？</title>
			<description>まあ、僕は前から髪の毛を染めたり、高い服を買ってオシャレをしたり、ということがどうも苦手である。&lt;br /&gt;
それ以外にも苦手なことといえば、パブリックビューイングで大声で騒いだりとか、あとは女性を誘ったり声掛けたりするのも苦手。&lt;br /&gt;
ライブで手を振るやつとかも。&lt;br /&gt;
誰かがやっていることをマネするとかもか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なんで苦手かというと、どうも「どうせ似合わないのにそんなの関係ナシに髪を染める」とか「別にカッコいいわけでもないのに女性の前でいいカッコする」とかそういう行為をする自分にどこか「ずうずうしさ」を感じてしまうという感じなのだ。&lt;br /&gt;
「何やっているんだ。似合いもしないのにさ」という部分が引っかかってくる。&lt;br /&gt;
別に僕自身はたいした存在でもないのに、それなのにイッチョマエに振舞うことの恥ずかしさという感じだろうか。&lt;br /&gt;
つまりは「人がどう感じようが、やりたいことをやる」ってのがどうも苦手。&lt;br /&gt;
「ものおじしない」というか、まあ、「ずうずうしさ」という言葉で表現します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、この社会ってのは、皆が「ずうずうしい」から成り立っているわけだ。&lt;br /&gt;
皆が「やりたいことをやっている」からこそ、大量消費は成立する。&lt;br /&gt;
（本当に全員が茶髪やオシャレが似合っているのか！？）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たぶん、「ずうずうしさ」というのはこの社会の成員としてのステータスとなっているなあ、とそのようなことを考えていたら。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Ｍ・フーコーの言葉で「主体的に＝従属する」ってのがあるじゃないですか。&lt;br /&gt;
権力に従属することによって、一個人は「主体的に」振舞う「主体」となる、みたいな。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この社会って、「ずうずうしさ」を身に付けることで「主体化」してるように感じました。&lt;br /&gt;
つまり、単なる一個人に過ぎない存在が「ずうずうしく」振舞えるのは何故か？&lt;br /&gt;
それは権力に従属しているからである。&lt;br /&gt;
権力に従属することで、そのずうずうしさを主体的に行えるようになっているってのが、あるんじゃないのかなと。&lt;br /&gt;
そして、その権力の存在を何も疑わないからこそ僕には「ずうずうしく」見えるのだと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コンサートで全員で手を振る行為を恥ずかしげもなくやる「ずうずうしさ」って、そのことをやる自分に何の疑いも見出さない「「いいじゃん、別に。」というずうずうしさ」であって。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのようなずうずうしさを皆が内的に抱えて主体化しているからこそ、この社会は成立しているのだろうなあ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yksp1010/38890303.html</link>
			<pubDate>Wed, 16 Aug 2006 21:04:43 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>もはや戦争である</title>
			<description>「もはや戦後ではない」という言葉がありましたが、それとは全然関係なく。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イスラエルのレバノン侵攻は止まらず、地上戦は拡大へ。 &lt;br /&gt;
それに対して、ヒズボラはイスラエルにロケット攻撃を。 &lt;br /&gt;
イギリスでは、飛行機テロを狙ったグループが逮捕。 &lt;br /&gt;
イギリス経由やアメリカ行きの飛行機では全ての液体が持ち込み禁止。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
思うに、これはもはや「戦時中」ではないか。 &lt;br /&gt;
大統領が「テロに屈せず、勇気を持って闘おう」と訴え我慢を強いる姿など、まさに「戦時中」の光景だ。 &lt;br /&gt;
起きていることも、戦争と全く同じだし。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、これは新しいタイプの戦争である。 &lt;br /&gt;
「宣戦布告」が無い戦争だと思う。 &lt;br /&gt;
国と国というよりは、世界の仕組みの歪みが生んだ戦争である。 &lt;br /&gt;
宣戦布告とかそういうことではなく、憎しみがぶつかり合っているだけの戦い。 &lt;br /&gt;
「首都を落として勝ち」とかそういうことではない。 &lt;br /&gt;
イラク戦争でアメリカはバグダッドを陥落したけど、あれは戦争の終結を意味しない。 &lt;br /&gt;
あれは、「歪みの戦争」の「イラク戦」という、ただの通過点に過ぎなかったのだ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宣戦布告がないから、終わりも無い。 &lt;br /&gt;
何がどうなれば勝ちということも無く、ひたすら互いに傷つけあうのみの「戦争」が起きているような。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何がどうなれば、「テロに勝つ」ことになるのか！？ &lt;br /&gt;
テロリストグループの皆殺しか。 &lt;br /&gt;
それは新たなテロリストを生むだけであろう。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もはや後戻りはできない。火蓋は切って落とされた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おそらく、僕たちはこれからいつまでも「テロの恐怖」に日常を脅かされながら、すごすことになるだろう。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
飛行機に持ち込まれた液体に怯え、 &lt;br /&gt;
駅に置かれたバッグに怯え、 &lt;br /&gt;
公共施設では、バッグを背負った男に怯える。 &lt;br /&gt;
急に出てきた虫に怯え、持ち物チェックでカバンをひっくり返されてもガマン。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「不便と言いません　勝つまでは」 &lt;br /&gt;
まさに「戦時中」ではないか。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yksp1010/38795406.html</link>
			<pubDate>Sun, 13 Aug 2006 22:15:59 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>イスラエルのレバノン侵攻。</title>
			<description>つい、こないだに世界中がサッカーワールドカップで大騒ぎしました。&lt;br /&gt;
でも、その裏側で、イスラエルはガザを空爆、さらにレバノンを空爆していた。&lt;br /&gt;
僕はずっと気になっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕は元々ずっとイスラエルには「信仰深い国」として良い印象を持っていたんだけど、大学入っていろいろと勉強するにつれ、ドンドン嫌いになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ガザ空爆は、テロへの報復らしい。&lt;br /&gt;
ガザから撤退したと思えば、空爆である。&lt;br /&gt;
イスラエルらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ではなぜイスラエルはレバノンに侵攻したのか？&lt;br /&gt;
イスラエル兵が拉致されたからか？うーん、たぶんそうです（表向きには）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、他国を空爆て！&lt;br /&gt;
そこまでするか。&lt;br /&gt;
一人のイスラエル兵が拉致されたことで、何十人ものレバノン人が殺されなければならないなんて。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レバノンに住む人たちはどうなるのだ！&lt;br /&gt;
破壊された施設はどうなるのだ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レバノンの過激派がまたイスラエル兵を拉致して、それに対してまたイスラエルはレバノン空爆を行って・・&lt;br /&gt;
レバノン側からすれば、イスラエル兵の拉致はあくまでイスラエルと対等に交渉するためのカードなのだ。&lt;br /&gt;
しかし、イスラエルは交渉どころか聞く耳持たずに空爆を続けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ガザ空爆にしろ、なんで、イスラエルは何かと軍事行動するんだろう。&lt;br /&gt;
その外交的効果や後々への影響、そして人々への影響なんて始めから考えておらず、「メンツ」として行っている気がする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんなことを言ってる間に、どうやら血で血を洗う泥沼の報復合戦になってしまったようです。&lt;br /&gt;
その下で苦しんでいる人たちはどうすればいいんだろうか？</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yksp1010/37887121.html</link>
			<pubDate>Fri, 21 Jul 2006 20:29:29 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>極楽とんぼ解散！</title>
			<description>いやー、ネットを見ててめっちゃ驚きました。&lt;br /&gt;
極楽とんぼの山本氏が吉本をクビで活動停止、極楽とんぼは解散。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、彼は何をやったのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どうやら、１７才の女性と飲酒してその後にみだらな行為を行ったと。&lt;br /&gt;
それもどうやら刑事告発をされているようで、北海道警から任意で事情聴取を受けているようだ。&lt;br /&gt;
つまり「強制わいせつ」か「強姦」で告発されたのだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当の本人は行為は認めているが「強制ではない」つまり、「和姦」だったと主張しているようで。&lt;br /&gt;
確かに、未成年だったと知らなかった可能性もあるし、その時は円満だった可能性もあるかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしですよ、未成年に酒を飲ませた時点で、はなから「行為」が目的だったといえるでしょう。&lt;br /&gt;
そもそも未成年に酒を飲ませたのは、「彼女の判断力を鈍らせるため」だったと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かなり乱暴な言い方だけど、これ、スーパーフリーの発想やないですか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そういう発想の時点で、どのような状況であったであれ、やはり訴えられても仕方ないのでは。&lt;br /&gt;
「未成年と関係を持って何が悪い」とかそういう山本擁護の論調もあるのかもしれないけど、問題点はそこではない。&lt;br /&gt;
あれが計画的な「犯行」であり一種の「デートレイプ」のようなものであったから、吉本も即クビにしたということだと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
確かに、こんなこと考えて女性に酒をドンドン飲ませている男なんて、世の中にゴマンといると思う。&lt;br /&gt;
でも、だからこそこういうことを批判していかなきゃいけないと思うんです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yksp1010/37811128.html</link>
			<pubDate>Thu, 20 Jul 2006 00:16:55 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>pornotubeは悪なのか。</title>
			<description>最近、you tubeというサイトが話題になっている。&lt;br /&gt;
誰もが動画をアップできて、誰もが無料でそれを見る事が出来るという、いわゆる「動画共有サイト」。&lt;br /&gt;
そこにはプライベートビデオでの映像だけではなくて、テレビの映像、映画、ＣＭなどいろいろな映像が溢れている。&lt;br /&gt;
視聴者からすれば自分が見たいお宝映像を検索一発で見る事が出来るという「無料動画の宝庫」であり、&lt;br /&gt;
企業側からすれば「著作権侵害の宝庫」ということでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここには「著作権」とリッパな権利と「表現の共有」というネットならではの次世代的現象が衝突している気がしますね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、これだけでも相当難しい問題なのに、さらにややこしいサイトがあるようで。&lt;br /&gt;
その名も「pornotube」。&lt;br /&gt;
そう、ポルノの動画共有サイトのようです。&lt;br /&gt;
誰もがポルノをアップできて、誰もが無料でそれを見る事が出来る。&lt;br /&gt;
これは、どうなんだろーなー。まだ判断が難しい。&lt;br /&gt;
やっぱ、悪なのかな！？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
，泙此犯罪の温床になりやすい。&lt;br /&gt;
これがデカイですよね。&lt;br /&gt;
例えば、別れた男が腹いせに勝手にプライベートの映像をアップしたりとか、そういうことが起きたときにその相手の被害が甚大です。世界に配信されるし。&lt;br /&gt;
またプライベートビデオなので、その映像がどのように撮られたものなのかなどといったチェックのようなものもなかなかできないでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だからこそ、you tubeはポルノをアップできないんだろうし。&lt;br /&gt;
しかし、pornotubeはポルノ専門なわけで。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
著作権侵害。&lt;br /&gt;
ポルノとはいえども著作権があって、やはり動画共有は著作権侵害になるのでは。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Ｈ鏗欧粒搬隋&lt;br /&gt;
ポルノって、その製作過程に犯罪が絡んでいることがスゴク多い。&lt;br /&gt;
非撮影者の同意を得ていなかったり、非撮影者を脅迫したり何か権力差を利用して撮影したやつとか。&lt;br /&gt;
そういうものが動画共有によって人から人へと配布されていってしまう恐れがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
うーん、やはり擁護は難しいのかなあ。&lt;br /&gt;
では、擁護は難しいとしても、いい面というか批判できない点というものもあるのだろうかな。&lt;br /&gt;
”集修亮由。&lt;br /&gt;
仮に、同意の上で撮影された個人的なポルノがあるとして。&lt;br /&gt;
では、それの動画をネットで共有することはなぜダメなのか？&lt;br /&gt;
（もちろん「ポルノ」を容認した上での議論ですけど。）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
⊆由な性表現を可能にする。&lt;br /&gt;
そうやって個人で撮った性表現をネットで表現・共有できるということで、誰もが自由に性を表現できるという部分もあるのかもしれない。&lt;br /&gt;
それを一般のサイトでやることは「公然ワイセツ」のようなものだが、だからこそそういう表現の場としてのサイトがあってもいいのではないのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ま、でも絶対犯罪の温床になりますけどね。それは「性」に絡むものでは、すごく多いわけで。&lt;br /&gt;
「利用者のモラルに頼む」とかいっても、まあ無理でしょ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
では「ガイドライン」を厳密に規定した上で、そのようなサイトがあったら？&lt;br /&gt;
それはそれでいいのか！？</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yksp1010/37670924.html</link>
			<pubDate>Sun, 16 Jul 2006 20:05:38 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>赤ちゃんは、なぜ笑う？</title>
			<description>大変久しぶりです。最近筆不精でいかん！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちょっとした疑問なんですけど、どうして「赤ちゃんは楽しいと笑う」んだろうか？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まだ頭の中は真っ白で空っぽなのに、楽しいという感情が何か脳内に生じたら、なぜかそれが笑うという行為として表出するわけでしょ？ &lt;br /&gt;
なぜかわからないけど、そうなる。 &lt;br /&gt;
しかも、すべての赤ちゃんが。 &lt;br /&gt;
「楽しい」とか「笑う」とかいう「概念」すらわかってない状態ですよ。言語習得以前だから。 &lt;br /&gt;
この連関はなぜ？？？ &lt;br /&gt;
誰から教わったわけでもないのに。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他にも、嫌なことがあったら泣くし苦いもの食べたら「苦いー！」という顔をするし。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、それは大人になっても引き継がれるし。 &lt;br /&gt;
僕らも、楽しかったら笑うし嫌なことあったら泣くし。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先天的にそうなんだろうか？たぶん、そうとしかいいようがない。 &lt;br /&gt;
でも、そのメカニズムはどうなってるんだろう。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
赤ちゃんが笑ったり泣いたりしているときに、この赤ちゃんの頭の中で、何が起きているんだろうなあ。 &lt;br /&gt;
そこにどのような心の動きがあって、それが表情として表出してるんだろうか？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕らは赤ちゃんをナメてるけど、ホントに立派な人間ですよねえ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たぶん、頭の中で起きてることは僕達と全く一緒。 &lt;br /&gt;
だから、表出する感情も僕達と全く一緒、ってことでは。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yksp1010/37486057.html</link>
			<pubDate>Wed, 12 Jul 2006 02:37:12 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>「愛だの恋は今更しらけちまうぜ。」</title>
			<description>ちょっとグダグダ書きましょう。&lt;br /&gt;
タイトルは小坂忠さんの名曲「しらけちまうぜ」より。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・よく「障害を乗り越えて結ばれる不屈の愛」というものは「美談」として紹介されてますけど、それってつまりは「そのような障害の向こうにいる人たちは、愛される対象ではない」という前提の強化でもあるわけですよねぇ。&lt;br /&gt;
だからこそ「美談」であり続けるわけだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それと同時にロマンティックラブイデオロギーを強化しつつ「辿りつけぬもの」へと追いやる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「ＡＶ女優は嫌々やっている」という意見に対してＡＶ賛成派はよく「皆、誇りを持って喜んでやっている」みたいな反論しますけど、それにより、現状としては、「ＡＶ女優はああいう行為を喜んでやる淫乱な人たち」という考えの強化にもつながる気がします。&lt;br /&gt;
よりラディカルなレベルからの意見ならいいけど、それが戦略的に意図したレべルにまで理解されるのかなあ。だって、ある程度勉強していないとおそらく理解されない。&lt;br /&gt;
理解されないほどの根底からのレベルだからこそ、だからこそ、「ラディカル」であるわけで。&lt;br /&gt;
ちなみに僕もラディカル・フェミ大好きですが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういうの、言説の二重効果といわれているやつか。&lt;br /&gt;
ちょっと曖昧なまま書きました。詳細まで書こうとしたけど、そのエネルギーが・・・</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yksp1010/37080362.html</link>
			<pubDate>Sun, 02 Jul 2006 22:41:49 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>差別といじめと新宿二丁目</title>
			<description>こないだ、東京観光に行ったときに新宿二丁目にも夜な夜な見学に行ったんですけど、&lt;br /&gt;
うーん、どうにも居心地が悪かったんです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、どうしてかと考えると、まず、&lt;br /&gt;
「コミュニティのつながりの強さからくるアウェイ感」ですね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
京都風にいうと「よそさんに厳しい」空気がスゴクあって、「なんだ、お前？何しにきたんだ？」みたいな空気を感じてしまいます。&lt;br /&gt;
まあ、僕の気のせいかもしれないですけど。僕はスゴクそういう空気に敏感なタイプなので。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それだけコミュニティの中のつながりが強いということだと思いました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、ここからが本題なんですけど、「僕がそのコミュニティの内部の人間だと見なされること」への居心地の悪さを感じている僕がいたんですよね。&lt;br /&gt;
つまり、『ここにいると、僕も「同性愛者」と思われること』への居心地の悪さ。&lt;br /&gt;
僕はタイプとしてはそんな風に思われても屁とも思わないタイプなんだけど、それでも居心地が悪かった、というか。&lt;br /&gt;
僕が同性愛者に対して何か嫌悪感を持つということは一切無いんだけど、「じゃあお前も同性愛者なのか？」みたいな目で見られると「い、いや、僕は違うよ！」というリアクションをしてしまう自分に気付いた。&lt;br /&gt;
一人で行ったのもあって、余計にね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
前々から「嫌うという行為は政治的である」と言ってましたけど、それを自らを持って体験。&lt;br /&gt;
「何かを嫌うという行為は、結局、それを嫌わないと自分も嫌われるから。」&lt;br /&gt;
→「同性愛者を嫌うと言う行為は、自分も同性愛者のように嫌われないための行為」&lt;br /&gt;
つまり、あくまで被差別者とは距離を保つための行為ということだと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、これって、イジメの原理ですよね。&lt;br /&gt;
学校でイジメられる人って、別に理由が無いわけで。ただ、少しおとなしいとか背が低いとかそんな程度。&lt;br /&gt;
それでもなぜイジメがクラス中で行われるかと言うと、「イジメに参加しないと、自分もイジメられるから」である。それだけ。それを誰も止められない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
差別もそうなのでは。&lt;br /&gt;
別に理由はないんですよ。ゲームみたいなもので。&lt;br /&gt;
ただ、それに参加しないと、今度は自分が差別される側と同化されてしまうので、差別に参加しているだけで。&lt;br /&gt;
それを内面化すること、それが「『嫌い』の政治学」なんだと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
差別とかって、子供のイジメなんでしょうね。それを社会で行っているわけで。&lt;br /&gt;
当たり前のことなのかもしれないですけど、改めてそれを確認。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yksp1010/37031222.html</link>
			<pubDate>Sat, 01 Jul 2006 20:36:56 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>限りなく透明に近いオーラ。</title>
			<description>こないだ、「スタジオパークからこんにちは」に「のっぽさん」でおなじみの高見映さんが出ていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
うーん、素晴らしい！ステキな人だ。&lt;br /&gt;
「どうして子供の心をそんなに掴めるのですか？」と聞かれたときに彼はこう答えたんですよ。&lt;br /&gt;
「小さい人たちは、僕達と全く同じなんです。僕達が彼らよりも優れているともし思っている点があるとすれば、それは小さい人たちにもすでにあるんです。だから僕は小さい人たちともちゃんと同じ人と人として対等に話そうとするんです。それを彼らは敏感に感じて、心を許してくれるのです。」みたいなこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウル覚え。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも、ステキな。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まず、子供のことを「小さい人たち」という表現で表すところがいいなあ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕も前から、「大人」と「子供」なんて連続的なものなのに、&lt;br /&gt;
どうしてそこに明確な境界線を引くんだろうか？という部分がずっと引っかかっていた。&lt;br /&gt;
そうなんですよ、大人と子供じゃなくて、大きい人と小さい人。線を引くとしたらそういうことなんですよね。&lt;br /&gt;
目からウロコ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、若い。御年７２歳とは思えない。&lt;br /&gt;
司会者に「なんでそんなにお若いのですか？」と聞かれたときも、&lt;br /&gt;
「人は年を取ったと思ったときに年を取るんです。僕は年を取ったとは思わないから年を取らないんです。」的な返答。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高見さんは、真剣にそう思っているからホントに年を取らないんだと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いや、年を取らない、という語弊がある。&lt;br /&gt;
たぶん、「年齢」なんて、ただ時間が流れてちょっとカラダの仕組みが変わることをいうだけで、別に「取る」もんじゃないんだろうな。&lt;br /&gt;
その現象を「年を取った」と解釈するならば、その人は「年を取った」んだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ま、そんなこともさておいて、高見さんは何よりその純粋さが年を感じさせないんだと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よくよく考えると、僕の周りにも年を取るということを感じさせない人たちがいる。&lt;br /&gt;
「ホント全然変わらないよなー」とか「え、僕より年上！？」とか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
で、そういう人たちって、どこかに「無色」な部分を持っているですよ。&lt;br /&gt;
うーん、オーラが透き通っているというか。&lt;br /&gt;
年を取らない人たちって、皆そう。&lt;br /&gt;
年を取るってことは、ペンキで色を付けられたときに起きるのかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たぶん、そういう人たちって、「大人」になるというよりは、そのまま「大きい人」になって、そして「ちょっと長く生きた大きい人」になるんだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのときに「変わらないなー！」と言いたいです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「年を取ることがステキなのは、年老いていく自分が見られるからではなくて、年老いていく友人達をその横で眺めていられるからさ。」</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/yksp1010/36912977.html</link>
			<pubDate>Wed, 28 Jun 2006 23:56:10 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
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