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マックスバリュ東海の懇親会の後に寄りました春華堂本社工場・・・・横の直営店。
懇親会の記事はありません。画像が無いので。。。。
春華堂を撮った画像もサイズが大きいので使えず、ホームページから採りました。
直営店は5店舗あります。
試食品も少量、置かれていて、椅子とテーブルが置かれています。
座って居たら・・・・お茶とお茶菓子(栗むし羊羹)を出して頂きました。撮った画像が使えないので春華堂の画像で御免ね。
お菓子は小さかったが、売店の心使いが嬉しかったね。
何か?買って行きたい気持ちに成って・・・・
朝だしざる豆腐ロールケーキを頂きました。
このロールケーキは、チーズスフレで豆腐クリームを巻いてあるしっとりした美味しさがあるロールケーキで、この直営店だけで購入する事が出来る1品です。
当日限りの消費期限で保冷材を入れてもらえますが、3時間程度までなので、傷むと困ります。ので、長時間の帰りには要注意です。
今回、発泡スチロールの箱を持っていたので、購入しました。
もう1つのロールケーキも美味しそうだったけど、箱の都合で諦めました。
期間限定製品です
最後に直営店の地図を掲載します。
気に成った人は、浜松駅に立ち寄った時に思い出してくださいね。はははは。
最後に耳寄り情報として、佐藤店のみで購入できるティラミスを・・・・・
こちらも美味しそうです。
次の浜松見学の時に行きましょうね〜〜〜はははは。
最後に春華堂についてのページをコピー
和菓子屋としての基礎を築いた春華堂は、昭和24年、新工場建設とともに「有限会社春華堂」を設立。昭和26年には新らたに洋菓子への参入を決めました。そして、昭和36年、浜名湖特産のうなぎにちなんだ"浜名湖名産、夜のお菓子"「うなぎパイ」が誕生。東海道新幹線や東名高速道路の開通に相まって短期間で売り上げを大きく伸ばしました。発売からわずか5年の昭和41年、年間1千万本台の大台を突破したのを機にうなぎパイ製造部門を独立させ、「株式会社うなぎパイ本舗」を設立。
昭和61年には有限会社春華堂と株式会社うなぎパイ本舗の社長に三代目山崎泰弘が就任し、現在に至っています。
甘納豆、知也保(ちゃぼ)、うなぎパイなど、春華堂が数々のロングセラーを生み出した背景にはいつも、「お菓子を通してお客様に心温まるひとときを提供したい」という思いがあります。今後も、菓子づくりにかける情熱と職人たちの熟練の技、時代性に富んだアイデアをふんだんに盛り込んで、ますます多くのお客様に愛され、親しまれるお菓子づくりに全力で取り組んでいきたいと、日々精進しております。
浜松と言えば「春華堂」、春華堂と言えば「知也保(ちゃぼ)」「うなぎパイ」と言われるほど、春華堂のお菓子は多くのお客様から愛され親しまれる銘菓へと成長しています。創業明治20年。藤枝市宇津の谷峠の茶店の子として生まれた初代山崎芳蔵が、浜松市で露店式の菓子屋を開いたのが春華堂の始まりです。芳蔵は、『いつか立派な菓子店を』という願いを胸にこつこつと資金をため、肴町に「川合屋」を開店。
小さいながらも記念すべき菓子匠としての第一歩を踏み出しました。
寝食を忘れて新しい菓子づくりを探求し続けた芳蔵は、浜松名物「浜納豆」をヒントに、苦心と試行錯誤の末に「甘納豆」を考案。豆のやわらかさと砂糖の甘さが独特の風味を醸すこのお菓子は多くの人々の舌を魅了し、旅行者の評判を得て「春華堂」の名とともに全国に知れわたりました。
甘納豆をはじめ菓子づくりに並々ならぬ情熱を傾けた芳蔵は、妻の温かい支えを受けながら、弟子の育成にも力を注ぎました。
「一つ、土地に惚れること、二つ、商売に惚れること、三つ、家内に惚れること」という三惚れ主義を信条とし、弟子の独立にあたっては自らの経験を踏まえた細かい忠告を与え、門出を祝福しました。明治22年に田町へ、大正13年には鍛冶町へ店舗を移転し、この間に二代目幸一が誕生。父の意志を継いで幸一が手掛けた最中、「知也保(ちゃぼ)」は、全国でも珍しい菓子の実用新案を受け、甘納豆とともに全国菓子協会会長賞を受賞。春華堂を代表する銘菓の一つとして、全国にその名を知らしめました。
春華堂の歴史はまさに、菓子づくりへの挑戦の歴史。創業者から二代目へその精神が受け継がれたように、代々の職人にも長い歳月を経て菓子づくりにかける情熱と菓子匠ならではのこだわりが培われています。老舗の暖簾を次の世代に、まごころの味を全国に語り継ぐために、当社は伝統と革新の菓子づくりを追求し続けています。
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