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この塗装は好感を持っていましたが、白い面積が多過ぎてボンネットには似合いませんでした。
しかし、国鉄型がJRのために持てる力を発揮したと今でも思います。
左側に写った50系客車共に頑張りました。
485系9連[新カヌ]
1991.8.14 酒田
本当に、よく頑張りました。
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国鉄〜JR特急形電車
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今日は「山の日」。
山の名称そのものの列車をアップしようかと思いましたが、毎年やっている気がします。
そこで山の名称ではありませんが、山に因む愛称です。
485系12連[盛アオ]
1978.3.25
同
1979.6.1
以上2点 上野
貫通型のクハ481-200は絵入りヘッドマークよりも、文字だけの方が合っていると個人的には思います。
しかし絵入りでは、「やまびこ」は「こだま」に通じることがよくわかります。
東北新幹線の愛称に登用されたのも頷けますね。
「やまびこ」をアップしたかったというより、この季節になると「いなほ」で幾度となく乗ったクハ481-200を思い出すので「やまびこ」を引っ張り出したというネタでした。
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185系は0番代・200番代含めて、撮り鉄に復帰した頃は写欲の湧かない車両でした。
たまたま来たから撮ったという感じです。
私は0番代のストライプよりも、200番代の帯の方が節度があって好ましいと思います。
当初は「新幹線リレー号」としてデビューしたので、東北・上越新幹線200系との連続性も思い起こしますね。
185系200番代7連[高シマ]
同
以上2点 1991.7.30 川口
200番代の帯は、どうしたことか復刻されません。
2012年の登場30周年、2017年の35周年は絶好のタイミングかと思いましたが。
新特急という種別は何だかなあ…という感じでしたが、200番代の帯が「ムーンライトながら」で大垣まで西進したら、0番代のストライプよりもかえって「国鉄」を感じそうです。
新前橋電車区から200番代が田町電車区へ転配された直後、帯のままで「踊り子」に運用されていたのも懐かしいですが、当時は撮り鉄から離れていたために撮っていません。
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1991(平成3)年5月に撮り鉄に復帰した直後、「53.10」当初の面影を最も残していたのは、実は「あさま」だったでしょう。
「あいづ」は当時から1往復のみでしたが、「あさま」は「53.10」時点で10往復に成長しました。
「ひばり」が廃止、「やまびこ」は東北新幹線へ、「はつかり」は盛岡以北に封じ込められると「あさま」が上野発毎時00分発に座り、上野発の電車特急全盛期の姿を最後まで伝えていました。
189系11連[長ナノ]
1991.6.29 尾久
489系9連[長ナノ]
1991.7.30 川口
1997(平成9)年2月、水上から「EL&SL奥利根」に乗りました。
高崎を過ぎてから「あさま」と次々とすれ違い、「あさま」の一部が「とき」に思えて何となく「53.10」の頃に戻ったような気がしたものです。
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私が撮り鉄の道に入ったのは1976(昭和51)年ですが、完全に抜けられなくなったのは「53.10(1978《昭和53》年10月2日ダイヤ改正)」で電車特急に絵入りヘッドマークが導入されたことでした。
それは私だけではないと思います。
1991年5月に撮り鉄に復帰した頃、「53.10」の時期に追い求めた485系の絵入りヘッドマークが辛うじて残っていました。
1点目 1991.6.29 尾久
2点目 1991.7.30 川口
1991.7.20 上野
当時「あいづ」は「つばさ」との共通運用で、共に新幹線の速達効果が薄い地域のために残されていました。
「あいづ」ばかりで「つばさ」は撮っていないのは、奥羽本線内で乗ったり撮ったりする機会があったのと、レアな存在だったからでしょう。
「絵入りヘッドマーク」は他に「あさま」「白山」「草津」が残っていましたが、yahoo!ブログが投稿出来る間にご紹介します。
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