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今日も日付ネタです。ちょっとマニアックですが…
我が家に配達される荷物は、昔は駅から配達されたものでした。
宅配便の台頭で国鉄の荷物輸送は「61.11」ダイヤ改正で廃止され、JRでは新幹線のレールゴーサービスやブルートレイン便などが行われていましたが、全盛期と比較すると小規模にとどまりました。
クモユニ74は東海道本線の113系や大垣夜行(後のムーンライトながら)の神戸方に連結された他、クモユニ82・クモニ83は中央東線・高崎線・上越線の115系の東京方に連結されました。
また荷物電車だけの編成で単独の荷物列車のスジもあったのです。
クモニ83でもモハ80系の一党、クモユニ81からクモニ83に編入された100番代は、飯田線でスカ色をまとっていました。
1980.8.21 伊那松島
「純正」のクモニ83はもっと撮っていたと思いましたが、出来が悪い写真が多くお見せ出来る写真が少ないです。
1982.11.14 上野
低屋根のクモニ83800を辛うじて撮っていたのは幸いでした。
1980.8.20 安曇追分−細野
当時は大糸線にも荷物電車が走っていたのは、隔世の感がありますね。
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旧型国電
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かつて東海道線で80系の先頭に立っていた郵便荷物電車 クモユニ81は後年大糸線に転じて、京浜東北線のスカイブルーに塗られて北アルプスの麓を走っていました。 327M クモユニ81+旧型国電[長キマ] 1980.8.18 松本 その風貌と塗装から「海坊主」と呼ばれましたが、何ともいいえて妙だと思いました。 今のJR西日本単色塗装のはしりと言えますが、それほど悪評が聞かれなかったのはスカイブルーが北アルプスの麓にマッチしていたのではないでしょうか。 338M クモユニ81+旧型国電[長キマ] 1980.8.19 安曇追分−細野 かつてはキハ81の「ブルドック」。 東急5000系(初代)の「青蛙」。 営団地下鉄(現・東京メトロ)3000系の「マッコウクジラ」。 その個性的な風貌から、何ともいいえて妙なニックネームの車両が多かったと思います。 最近は、新幹線700系・N700系が「カモノハシ」と時々言われる程度で、標準化で同じような車両が多くなりました。 JR貨物には「桃太郎」「金太郎」「レッドベア」があるじゃないかと言われそうですが、これはJR貨物が予め用意したニックネームでデザインに対するものではなく、上記のように自然発生的に定着したニックネームのインパクトには劣ると思います。 デザインは、強烈なほど時代が経過すると古さが際立つという面は否定できませんが、個性的な車両、いでよ! 鉄道コムに参加しております。
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去る5月22日、拙ブログはお蔭さまをもちまして延べ80,000名の皆さまにおいでいただきました。 鉄ブログに転換した当初は、先行する諸先輩の鉄ブログに割って入ることは至難の業だと思っていましたが、これもひとえに、皆さまの日頃のご愛顧の賜物と深く感謝申し上げます。 さて、節目の数字ごとにそれに因んだ形式を取り上げてきましたが、形式80000は存在しません。 そこでこじつけですが、初代湘南電車モハ80系。 中間電動車モハ80形式のトップナンバーは、「モハ80000」となるので、80000な電車が見つかりました。 モハ80系は、日本の電車史に残る名車であることは間違いないと思います。 私は最晩年にしか見られませんでしたが、記録出来てよかったです。 「湘南電車」と呼ばれた所以は、緑は山の緑。 オレンジは、みかん。 国鉄は大組織で、小回りが利かないとはよく言われましたが、塗装に関しては非常にセンスがよかったと思います。 242M 1980.8.21 辰野 モハ80系の荷物電車、クモユニ81形は大糸線ではスカイブルーに塗られていました。 「海坊主」とは、言い得て妙だなと感心したものです。 列車番号失念 1980.8.19 松本 これからも、楽しいブログを目指してまいります。
どうか、よろしくおつきあいください! |
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