おでかけ

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出歩くのが好きな僕です。出歩き記録です。
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広島2

広島旅行の続きです。
 
 
「鞆の浦」で朝を迎え、コンビニで食料を買い込み、再び一夜を過ごした展望台の駐車場に戻ります。
 
景色を見ながらの朝食でしたが、風が強くて寒かったです。
 
 
その後、町へ行き静かな港町を散策しました。これがまたいい雰囲気で、撮影欲を駆り立てられました。子供らがいるので集中できなかったのが残念でした。
 
 
 
 
 
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高台からの景色です。僕はこういう景色が好きです。
 
 
 
 
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瀬戸内海は穏やかで、水面が鏡のようです。
 
 
 
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古い家や、港旅情を掻き立てます。
 
 
 
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この町は、坂本龍馬が滞在したそうです。この石灯籠と、雁木(石段のようなもの)は江戸時代からのもので、恐らく龍馬も見た景色でしょう。
 
 
 
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今この町では、この海上に橋を架ける計画があり、裁判沙汰になっています。よそ者の僕が言うのもなんですが、やはりこの景色をずっと守っていって欲しいものです。
 
 
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次回は町並みを紹介します。

広島へ 1

週末、子供を連れて広島へ遊びに行きました。


僕は箱根のワインディングを走り、富士山を見たかったのですが、子供たちが、原爆ドームを見たいと言うので広島に行きました。


広島は16年ぶりです。当時友人が福山市に住んでいたので、何度か訪ね、2週間ほど滞在したこともあります。その青春時代の思い出探しも兼ねれるな〜と思い、僕自身も乗り気で行きました。


土曜日の午後出発し、途中万博公園で太陽の塔を見物。数年前太陽の塔を見て泣いていた次男もさすがに泣かず、結構楽しんでいました。




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高度成長期の日本が元気だった頃から、今先行き不安なこの時代まで、見続けていた塔です。この先に何が見えるのでしょうか?


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太陽の塔の裏にある、「過去の顔」です。次男はこの顔を見て数年前、大泣きをしていました。


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梅の花が春のうららを演出してくれます。







その後中国自動車道に乗り、適当なところで降り、後は2号線を使ってとことこ行きました。比較的流れが良く快適でしたが、食べ物屋がなかなか見つからず、子供らから文句が出て、困りました。


21時30分ごろにはなつかしの福山市に入り、ファミリー銭湯で休憩。その後、偶然案内看板で目にした「鞆の浦」へ向かいます。以前テレビで「崖の上のポニョ」の構想を宮崎監督が練ったところだと言うことと、橋を架ける計画が裁判沙汰になっていると見た気がしたので、訪ねてみました。


もうすでにまっ暗なので、適当に走ったところで見つけた公園の駐車場に車を止め、一夜を明かします。思いつき旅行なので車中泊です。子供らは暖かい格好と布団で平気ですが、僕は薄い毛布のため、寒くてゆっくり眠れませんでした。




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翌朝撮りました。瀬戸内海らしい風景です。



また続きを書きます。

多賀SLパーク

「長浜鉄道スクエア」を訪ねた後、多賀SLパーク跡地を訪ねました。僕の淡い記憶では子供の頃、ドライブインがあったと思います。この記事を書くにあたって調べたところ、現在放置されている、SLの後ろに客車があって、ホテルとして営業していたそうです。



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殺風景な現状です。子供の頃はまだ建物があったと記憶しています。春になると機関車の付近に桜が咲くので、何度か花見に来て弁当を食べました。捨てられた機関車と華やかな桜。このアンバランスに魅力を感じます。



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建物の跡です。壁のタイルがかろうじて残っている状態です。



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こちらはD51 1149号機関車です。「長浜鉄道スクエア」にあった物は黒光りして美しく保存されていますが、こちらは放置され、かわいそうな状態です。コケも生え、錆びも生じています。



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曲線が味のある階段です。




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機関車の後ろに遊具がありました。夏には草で近寄れないでしょうね。子供の頃良く見たデザインです。




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長年放置され、後姿がさびしく見えます。こういう廃物を見ていると、この先の日本を暗示するようで、不安に駆られます。

滋賀県へ

久しぶりのお出かけです。



子供を連れて、滋賀県へ遊びに行きました。



まず最初に訪ねたのが、「長浜鉄道スクエア」。旧長浜駅舎や電気機関車などが保存されているところです。ここは僕が免許を取ったばかりの16年前、初めて一人で遠出をした時の目的地で、今回訪れたのは、それ以来です。あの時、運転に疲れきり、帰り道途方に暮れましたが、今では、徹夜で東京に行ったりする運転好きになりました。



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旧長浜駅舎です。明治15年に建てられた物で、当時は敦賀へ向かう起点だったそうです。当時は長浜から大津まで、鉄道連絡船が琵琶湖を走り、駅の近くまで湖だったようです。もらったパンフレットに昭和33年の写真がありましたが、駅舎の横まで水が来ています。





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現在の長浜駅。駅舎は明らかに旧駅舎をイメージしています。





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今でも正確に時を刻む古時計。駅で使われていた物のようです。





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ED70形1号機交流電気機関車。1957年製で、日本最初の交流電気機関車で、北陸線で活躍したそうです。




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機関車内部です。写っていませんが、マスコンに三菱のマークが誇らしげに書かれていました。最近「龍馬伝」にはまっているので、岩崎弥太郎が起こした三菱に関心があります。



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D51形793号蒸気機関車です。こちらも北陸線で活躍したそうです。



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やっぱり子供らは、動く模型に関心があるようです。

慰安旅行(街角編)

職場の旅行で撮った写真です。




ディズニー組と自由行動組に分かれたので、僕は自由行動で写真を撮りに東京へ出かけました。


その中から何枚か紹介します。




日本橋の高島屋。かなり重厚な建物で、昭和8年の建築だそうです。
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高島屋の対面にあった建物。これも重厚ですね。この一角は、ロンドンの街角のようです。

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お江戸日本橋です。じっくりみたのは今回が初めてです。遠目で見ると無粋な高速に飲まれ、哀れに見えますが、川から眺めると、存在感ばっちりの立派な橋です。

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夜の新宿です。こういう街でゆっくり飲みたい物です。

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