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出歩くのが好きな僕です。出歩き記録です。
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慰安旅行(風景編)

旅行中に撮った風景写真をいくつか紹介します。



『ホテルカリフォルニア』・・・・・という名前のホテルではありませんでしたが、窓越しに見える朝焼けを撮ったら、イーグルスの「ホテルカリフォルニア」のレコードジャケットのような雰囲気の写真になりました。

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一日目に泊まったホテルは、浜名湖沿いのリゾートホテルでした。23時にチェックインし、7時には東京へ向け出発すると言う慌ただしい行程でした。外国にいるような雰囲気のホテルでしたが、遠くに富士山が見え、きれいですが、少々アンバランスです。ディズニーランドを静岡に造る計画があったそうですが、富士山が見える事から、計画倒れになったとどこかで聞きましたが、なんとなく理由が分かりました。

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『蜃気楼』
水面に写るランドマークタワーや他のビルを撮り、上下を逆さまにアップしました。なんとなく不安定な雰囲気の写真となり、将来の日本を暗示しているようです・・・・。

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慰安旅行(高速編)

 無事、職場の旅行から帰ってきました。




 久しぶりのバスの運転でしたが、すぐに感覚が戻り、逆に運転を楽しめました。また、交代してくれる人がいたので、交互に運転し、特に疲労もありませんでした。


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 東名を走行中に見た、軽トラに乗るオート三輪ミゼットです。荷台から少しはみ出して、心もとない状態ですが、運べることに驚きました。昔の車は小さかったのですね〜。

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 「夕暮れのハイウェイ」・・・・旅情を掻き立てる風景です。

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高山昭和館・後編

高山昭和館の後編です。





 自転車のブースにて。子供の頃似たような自転車に乗っていました。いつの間にかこのような型の自転車は見なくなりましたね。最近の子供はみんなマウンテンバイクもどきになりました。

 電車好きだった僕は、自転車の変速機のレバーを、電車のマスコンに見立てて電車ごっこをしていました。

 値段が書いてありますが、えらい高価な物だったんですね。6万円後半です。

(写真をクリックすると大きくなりますのでご確認ください)
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子供の頃遊んだ覚えがある新幹線がありました。
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このだるま、どっかで見た気がします。愛嬌がありますね〜。
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教室が再現されていました。僕が通っていたそろばん教室の机がこんな感じでした。
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マイルドセブンライト。僕がタバコを覚えた銘柄で、このパッケージでした。このパッケージの時に20歳を超えていたのか?という質問にはお答えできません(笑)
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余談ですが、禁煙して8ヶ月が過ぎました。何度か挫折していたのですが今度は大丈夫そうです。しかし、この間忘年会で1本吸ってしまったので、自己嫌悪に陥っています。








なかなか雰囲気のある路地ですよね。結構本格的に作りこんでいます。こういう雰囲気は僕の琴線に触れますね〜。こんな情景は現実ではなかなか見られません。「昭和は遠くなりにけり」ですね。
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高山昭和館・前編

今回高山散策で見つけた、面白い博物館を紹介します。



「高山昭和館」といい、昭和を再現した博物館です。中に入って驚いたのは、外観以上に広いこと、更に昭和の町並みが再現されていることで、思った以上に大掛かりに整備されています。

外観にはミゼットや古い給油機などが置かれ、目立ちます。
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各ブースは電気屋・理髪店・病院・おもちゃ屋などを再現し、民家の居間もありました。また2階には教室も再現され、入場料500円以上の満足を感じました。





各々のブースには懐かしい品々が並び、昭和50年代に子供時代をすごした僕でも見覚えがあるものがいくつもありました。

コンセプトは昭和30年代ですので、僕が子供の頃を過ごした時代ではないのですが、昭和50年代は30年代から20年後であることを考えると、まだまだ、当時の道具が現役で使われていたのでしょうね。おそらくそれで、見覚えがあるのでしょう。僕が地方出身なのも原因かもしれません。農家であった親父の実家にはぜんまい式の柱時計があり、祖父はキセルでタバコを吸い、火鉢で暖をとっていました。家の前の幹線道路はまだ未舗装で、砂埃をあげ、自動車が走り、時々その中にオート三輪の姿もありました。近所のおばあさんが天秤棒でし尿を畑に撒くため運んでいたり・・・・・。そういう風景を見てきたているので、懐かしく感じるのだと思います。


その一方、自動車もカラーテレビも電話も自宅にあり、生活自体は、自分の子供たちと変わらない生活を送っていました。そう思うと、僕らの子ども時代は、古き良き時代と、現在の生活が同居していた過渡期だったんだな〜と思います。










このような町並みはさすがに実際は見ていませんが、ホーロー看板は古い家の外壁に張ってあった気がします。オロナミンCはよく見た気がします。
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カメラ店のブースにあったカメラ、NIKOMATとはニコンのご先祖でしょうか?それとNIKONのカメラ。当時は高価だったのでしょうかね〜。
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時計屋のブースで、柱時計の音を聞くと、亡き祖父を思い出しました。当時幼稚園の僕は良く母屋を訪ね、祖父の部屋に遊びに行きました。特に何もしゃべる訳でもなく、あやしてくれるわけでもない祖父でした。ただ祖父と自分がいる絵の中に、柱時計の時を刻む音がする。そんな思い出です。

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電気屋のブースにはテレビ、ラジオ、オープンリールのテープ、レコードプレーヤーがありました。さすがに写真にあるようなテレビやラジオは身近にはありませんでした。ただ、おじが、蓄音機をテレビ台にしていましたね。オープンリールは小学校の放送室にまだあり、放送委員であった僕は使った覚えがあります。レコードはよくターンテーブルに物を置いて回し、怒られました。次から次へと思い出がよみがえってきます。

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このような炊飯器は身近にありました。

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後半に続きます。

日帰り高山小旅行

この連休、嫁さんと仕事の休みがあったので、高山へ小旅行に行きました。



郡上八幡インターで高速を降り、「せせらぎ街道」を利用して高山市街を目指します。次第に高度が上がるにつれ、雪の量が増えていきます。以前スバルレガシーを愛用していた頃は、雪道は平気だったのですが、今の車は二駆なので、ハンドルを握る手に力が入ります。それでも見慣れぬ白銀の世界は旅のテンションをあげていってくれます。




道の駅での一枚。子供たちは正月に引き続いての雪景色に満足気です。

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高山市街は比較的天気もよく絶好の散策日和でした。何度も訪ねてますが、何度来てもいいところです。情緒があって活気があって・・・それでも人力引きの会話を聞いているとお客が少ないそうです・・。

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町のあちこちに、魅力的なお店が出ています。古い物が好きなので、見ているだけでも楽しいです。

飛騨牛の握りずしが店の窓口で売ってました。せんべいに乗せて供されます。2貫で500円と少々高価ですが、うまかったです。

今回の旅の収穫は、「高山昭和館」です。これは、昭和の町を再現した博物館で、市内散策で、偶然見つけました。詳細は別途紹介します。


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高山市街を後にして、更に山奥へ、奥飛騨温泉郷へ向かいました。途中何度もスリップしヒヤヒヤしましたが無事に温泉へ。前に川、後ろに山と絶景です。ちらちら雪の舞う中、暖かい温泉に身をゆだねる。最高の贅沢ですね〜。お湯は少々ぬるぬるし、体にまとわり付く感じで、ひどく硫黄臭がします。でもそれが温泉らしくていいものです。上がったあといつまでも暖かく、氷点下での露天風呂を満喫できました。しかも混浴ですよ!いいもんですね〜(残念ながら写真はありません)



入浴後、高山市街に舞い戻り、夕食。焼肉を食べました。久しぶりの贅沢です。その後41号線を使い帰途へ、途中下呂温泉へより、再度温泉三昧。奥飛騨とは違い、さらりとした湯で、においもあまり無いようでした。こちらも窓越しに見える下呂の夜景を楽しみながら、長湯となりました。結局自宅に戻ったのは午前1時過ぎ、ハードスケジュールの小旅行でした。

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