ヒッグス粒子発見か?SERN発表に思うこと。ヒッグス粒子発見かのニュースに湧いている。
ノーベル賞ものかといわれているみたい。
自然を身近に感じるところにいるので、先日の梅雨の大雨や稲光で想像もして
ヒッグス粒子発見に宇宙のミクロの世界に思いを馳せてみた。
ヒッグス粒子とは「素粒子に質量を与える役割を担った17番目の素粒子」
1964年、英国のピーター・ヒッグス博士(1929〜)らが存在を提唱し、今回日本の東大チームも参加しているようで、TV番組として発見過程を取り上げていたが、真空状態にした巨大な筒状の中で物質同士を衝突させて素粒子を取り出す実験の成果で,ほぼ発見とされる。
現代の素粒子物理学は、18種類の素粒子の存在を前提として考案された「標準理論」が基本になっており、60年代に構築された。ヒッグス粒子もその一つだが、これらの素粒子の中で唯一、実験で見つかっていなかった。ヒッグス粒子が見つかれば標準理論は完全なものとなる。(毎日ネット新聞より抜粋)
SF映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(Back to the Futureのストーリーの中にあったように、
タイムマシンのようなものも理論上でも夢でもなくなりそうだし
ホラーやオカルトなど、今まで訳の分からなかったことの解明に貢献しうるこの発見で説明もつくことになるだろう。
神や奇跡と呼ばれていたことに対してもだ。
ヒッグス素粒子と元素記号Hの右上に0がつく。
高校時代、物理の先生が「まだ発見されていない物質」として授業をなさった記憶がある。
「どうして風の力を感じるのか?水でもいい。誰か説明がつけられるか?」との問いに、いろいろ考えてみた事を思い出した。
私は自然で考えるたちなので、飛行機や山に行った時に受ける自然界の風や
何もない空に水蒸気による雲が出てきて、雨が降り出し、稲光を発し、
夏になれば水は蒸発し、冬になれば雪や氷となる。
水中は無重力の宇宙に近い。
身体は浮力で浮いているとして、水の中での抵抗感を考えた。
平泳ぎすると、水をつかむ感じがわかる。水をかく動作の”動き”によって、水にまとわりつく何かによって質量を感じるのだ。これが「ヒッグス素粒子」の仕業ではないか。
空気中なら、風だ。
抵抗を受けることのない室内で、自分が風車を持っていると仮定してみよう。
自分が走るという”動き”で、風車を動かすことも出来るが、
扇風機などでおこる風をどうして私たちは感じることができるのか?
扇風機の動きによって、空気中の酸素や窒素、含まれる水蒸気などを動かすことにより”質量”が与えられるから風を感じることが出来るのだ。これも「ヒッグス粒子」の仕業と考えられる。
動きも何も起こらなければ、私たちは重さを感じることは無い。
これは動きの動作により、あるものがぶつかり合っておきる現象で、何らかの素粒子のようなものが飛び出てきたり、絡まったりして重さを感じるものである、と。
もしこれがなければ、抵抗感などは普通は感じないだろう。
こんな感じだったような・・・。
空気中では、自分が飛行機に乗った時に感じる雲の抵抗感、風による抵抗感などでしか想像しえない事だったが
間違った方向ではなさそうだった。
水の流れや、特に空気中に見えない”風”を感じる抵抗というものは、物質に質量を与えるとされる「ヒッグス粒子」の存在があればこれで説明も付くというもの。
そして、「風」の存在はいずれはきえてゆくものだ。
風がおこりうる仕組みを考えてみる。
台風がその例になる。なぜ渦巻や竜巻となるのだろう?
「Y」の字みたいな「風車」の形をしたものであれば、渦のおこりも説明がつきそうだということ。
原発の節電対策の扇風機の前で、風を受けながら考える。
「ヒッグス粒子」の発見で、早く有害なセシウムや放射能に質量を与えて動けないように封じ込めることはできないものか。
凍らせても無理だろうしなぁ。何かの物質を足すか引くかで害がなくなればいいんだろうけど。
こういう防御策がないうちに、原発もどうかと思う。
私自身も「物質」であることを考えてみると、
私の体のミクロな素粒子にもヒッグス粒子という素粒子とは存在しているものなのだろうか?
先日歯の治療中に神経を触られて、電流が走ったような痛みを感じた後に
頭痛がして、その後で頭痛がし、昔の記憶を思い出した。
物質も質量もある、私の体の中にもヒッグス粒子とは存在もするものなのだろう。
歯の神経の刺激で、血流なのか電流なのかわからないが、何らかの流れがおきた。
流れの中の素粒子にまとわりつく形で重さ(質量)を持ったから、何らかのスイッチを押す物質が出来たため
このような作用が起ったのかもしれないと推測する。
表面上は特に。
息子が亡くなった日も、こんな大雨と稲光。凄い風だった。
あの日切られてしまった私の記憶のスイッチが再び戻ったのは、偶然の出来事なのだろうか。
神の素粒子と呼ばれる「ヒッグス粒子」発見に、
身体にまとわりつき、重き質量ある物質となってしまっていた私を解放してくれたのは「大粒の雨」と「白い龍」
求菩提や英彦山の山伏たちが、滝に打たれて修行したのも、
物質の衝突から、何らかの素粒子もしくは分子レベルのイオンをはじき出す効果があるのを知っていたのか?
ああいう所って、マイナスイオンが発生してるもんね。
作用にも関わりそうで、何らかの関係があるのかとも思われた。
滝に打たれたら、何かが落ちるということ?
そういえば、滝の近くにはよく霊魂がいると言われたことがある。
ヒッグス粒子を考えてみると、「お化け」といわれているようなものの正体も、
こんなものかもしれないなぁ。
表面上にまとわりついている質量を感じたら、滝でうたれる、水で洗い流してみそぎをする。
古くから言われてきた宗教上の儀式も、なんとなく説明もつきそうだ。
普通に考えても、さっぱりもするし、清潔にも保てるし。そんな風にも感じられたりもするだろう。
次元を超えるタイムトラベルというのは、雷とともにという昔の映画は
素粒子に物質の質量を与えている「ヒッグス粒子」の結びつきに関わる作用があるのかしら?
ならば、滝もそんな感じがするなぁ・・・などと、考えた。
脳科学の分野で、うつ病には、セロトニン不足を供給する方法もあるが
電気刺激の治療で、うつ病が改善に向かったという事を言われているが
この「ヒッグス粒子」がまとわりついて固まりの物質になって遮断しているものを剥離できたものなのか?
それとも、電気刺激によって「ヒッグス粒子」を素粒子にまとわらせる何らかの質量が出来たことで
神経伝達が上手くゆくようになったのか?
という、2つの説があることかもしれないけれど
・・・と、ただの一般人である私は仮説でこんなことを考えています。
科学会での発見が医学界までにはいつ行き届くのか
どうなんだろう?早く証明してくださることを願うばかり。
ショックな事により閉じ込められた記憶(素粒子のひとつである鍵が飛び出した)
開ける鍵は、ショックの刺激により蘇った(ショックにより素粒子に質量がもたらされて鍵が開いた)のか?
(この間の私におこった事、記憶の鍵を無くしてたことになる。)
まるで、魔法みたいだ
昔の人は、きっとそう考えたのだろうな。
大雨により、道路が寸断されてしまい、山村に孤立してしまった記憶が
道路工事で道が普及されて道路がようやく繋がったような感じで
記憶自体は無くなっていたのではありません。 なんとなくのイメージでですが、説明つきませんかね?
痛さの刺激は危険を伴うので、やりすぎは逆効果にもなりうるので、勘弁してほしい・・・。
そういえば、痛みを感じる「痛点」はあるか?って聞かれたっけ。
そんな対象になってたのかも。アンニャロ‐
私のなかにおきた風、
今日想ったことの、日記です。
コンクリートジャングルの都会にいては、考えつかないようなことかも。
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