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今日は、1年生の始めての参観日
学童OB(共に31才)の子ども
今年度、学童に入所。
Yちゃん毋(学童OG)
「学童で知り合って、高校で再会して、結婚
先生に憧れて、保育士に。。。」
と嬉しい事を話してくれた子。
今日、20年ぶりにYちゃん父
なんと
25年前、幼く、頼りなく、学童のお兄ちゃんには、ほど遠かった子です。
「先生、覚えてる?」
忘れる訳がありません
すごく、手を妬いた子だから。。。(下の世話までしました)
指導員になりたての頃(10年くらい)に関わった子は、何故か鮮明に覚えています。
思い出話に、暫く時間を割き。
「悪い事は全部忘れた...優しい良い子だった事だけ覚えてるよ。がんばったね〜」
と少し熱いもの
長く続けていると、良い事も、辛い事もあるけれど、
学童で過ごした日々を忘れずに、気持ちは変わらず、成長した姿を見せてくれる事が
何よりも、「続けて来て良かった」という励みになります
「何でも手伝うから」
その気持ちだけで、充分嬉しい。。。
今日は、最高の気分です
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私は2人姉妹の姉。
でも、私が姉らしくないのか? 父母の教育方針なのか?
“お姉ちゃん”と呼ばれた事がない。
幼い頃は、あまり気にはしていなかったが、
さすがに大人になって、“○○ちゃん”と妹から呼ばれるのは
少し情けない様な気がする。
おまけに、私は長男の嫁で、義理の弟妹がいるが
義理の弟妹にも“○○さん”と呼ばれ、
どのような場所に居ても“姉さん”と呼ばれる事はない。
つまらない事に こだわってる私。
今さら、“姉さん(姉ちゃん)”と呼ばれても....(*´-ω・)....ン?
最近、学童でも、兄弟、姉妹が、名前で呼び合う子が増えた。
「お姉ちゃん。。。」と甘えられると調子に乗って、
無理難題でも「しゃ〜ないな〜」と してあげてる姿を見て
少し羨ましくも、微笑ましくも思うのは私だけかな?
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4月新しく130名の子どもたちを迎えました。
65名+65名を2フロアーに分かれて保育。
私の担当する学童1組には、重度脳性麻痺の1年生、2年生が新たに加わりました。
1年生のY君は、車いすでの移動。室内では「いざりばい」で移動します。
3才まで言葉が出ず、毋の努力「発音の訓練」で聞き取りにくいのですが、
会話が出来ます。
2年生のFちゃんは、室内外装具を付けての移動です。
こちらの言っている事が分からず、言葉は全く出ません。
それから、支援クラスの軽度の自閉症児2名と軽度発達障がい児1名(計5名)が
担当するフロアーで一緒に生活する事になりました。
学童2組には、新たにダウン症児、重度の自閉症児2名と軽度発達障がい児2名(計5名)が
加わり、130名中10名が支援クラスから、学童に通う事になりました。
じっとしていられない我がフロアーの子どもたちに、
Y君、Fちゃんの話しをする事から始まりました。
Y君、Fちゃんには担当指導員がつくものの、些細な事で怪我に繋がりかねません。
指導員も保育時間中、気を張りつめピリピリ状態です。
大変な1年の幕開けです。
とは言うものの、昨年度のヤンチャさんたち7名が卒所したこともあって、
しっかり者の3年生と口うるさく“おませ”な2年生が、
きめ細かく1年生のお世話をしてくれるので助かっています。
今年度は、縦(異年齢)の関係を上手く使って、
子どもたち主導の「思いやりのある学童」を目標に
微力ですが、経験の浅い指導員を影で押し上げながら
まとめていこうと思っています。
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先日、何気なくテレビで、
パナソニックの長編CM「ココロつなぐ物語」の「日の当たる図書館」編を
偶然に見て、自分と似たシチュエーションに暫く涙が止まらなかった。
私が高校から、大学に進学する時期、毋が病気で食事もとれず痩せ細っていた。
毋が仕事を辞めたため、家計を心配して進学を諦めかけた。
毋に「就職しようかな。。。」と告げた時。
「何を心配してるの、人生は1度きりだから、勉強できる時にしておきなさい。
お金は何とでもなる。」と。。。
奨学金を借りたが、それだけでは足らず、アルバイトをしながら、
出来るだけ毋に心配かけないようにと頑張ったつもりだったが、
毋は、生活を切り詰めて、欲しい物も買わずに、
帰省さえもお金がかかるからと我慢して、
私を大学に行かせてくれた。
今、息子が 私が大学を卒業した年齢になり、
私は、当時の毋と同じ年齢になった。
毋は、強いな〜。
今も元気でいる毋、未だに娘を心配してくれる毋に
感謝!!
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ブログを放置したまま1ヶ月以上が経ちました。
我が子の子育てに悩み、家の事に目を背けて仕事に没頭していた自分。
そんな私が、学童の子どもたちと真剣に向き合っていけるのか?
只ひたすら子どもたちが大好きという理由だけで仕事を続けていっていいのか?
葛藤の日々が続きました。
迷ったあげく、学童保育室の主の様に 今年度も子どもたちと
向き合っていくことにしました。
私の背中を押したのは、3月の卒所式での 卒所生からの言葉
予期しない出来事でした。
卒所する3年生が それぞれ 学童で頑張った事を述べる場面。
練習もない、ぶっつけ本番で、1番の“やんちゃ”M君。
暫くの沈黙の後
「ぼくが頑張った事は、毎日学童に来た事です。
いっぱい、先生を困らせました。いっぱい、喧嘩もしました。
学童は、家みたいでした。先生は、お母さんみたいに怒ったけど、
ぼくの気持ちを分かって褒めてくれました。
だから、いつまでも 忘れません。卒所は、いやです。」
泣かずに送ろうと思っていたのですが...(涙)
そして4月。。。新しい1年生が入所して来ました。
新1年生 Yちゃんの毋 「先生、覚えてる?」
「覚えてるよ。Mちゃん(旧姓)」と答えると、
しばらく、思い出話。。。
それから、「私、先生に憧れて、保育士になってん」
「。。。」(照れ笑い)
今年指導員29年目に突入。まだまだ頑張らないと。。。
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