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朝鮮半島ほぼ縦断旅行記の続きです。 朝鮮と中国の国境を流れる鴨緑江(アムノッカン)の河口付近。 上空を飛んでいるとき、こんな機内アナウンスが朝鮮語と英語で流れる。 「82年前、金日成主席は日本帝国主義の植民地支配から祖国を解放するという 大きな望みを抱いて鴨緑江を渡りました……」 降下が始まった。平壌に近い平安南道の穀倉地帯。 きれいな長方形に切り分けられた協同農場の水田に、青々と稲が茂る。 だが、山岳地帯が多い北朝鮮は、耕地面積が国土全体の20%しかない。 豪雨や旱魃で収穫の一部が失われると、それだけで食糧供給はピンチに陥る。 ビデオを回しているうちに平壌順安(スナン)空港についてしまった。 電子機器の使用を止めるようにとのアナウンスもなかったと思う。 タラップを降り、バスで空港ターミナルへと向かう。 車体には高麗航空のロゴマークが描かれている。 以前は普通の座席バスだったが、最近、空港専用のランプバスに変わった。 訪問客が増えているためだろう。 |
朝鮮半島「ほぼ縦断」旅行記
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あ!平壌の文字が見えますね。まるで自分まで一緒に着いた様な感じです(^o^) なんかワクワクしてきました。
2008/9/16(火) 午後 1:58
ビデオで撮った動画から切り取った静止画なので、
やや画像が荒いのですが、雰囲気だけでも
感じ取ってください。
中国では空港での撮影は絶対禁止と言われましたが、
平壌ではまったく制止されることはありませんでした。
2008/9/16(火) 午後 9:34
空港施設内で僕は撮影を制止されましたよ。
撮っちゃった後ででしたが。
2008/9/24(水) 午後 8:45 [ mkimpo_kid ]
> mkimpo_kidさん
そうでしたか。
私の場合、少なくとも飛行機からターミナルの途中で
撮影を制止されたことは一度もありません。
ターミナルの建物内ではカメラを出したことがないので
わかりませんが……。
2008/9/25(木) 午前 0:09
この、「日本帝国主義・・うんぬん」のアナウンスを、日本語でも流すんですね・・・。
2008/10/31(金) 午前 10:12
> 夢うさぎ塾さん
いいえ、日本語のアナウンスはありませんでした。
2008/10/31(金) 午前 11:25
鴨緑江といえば、国境警備隊のことが思い浮かびます。国境警備隊の歌というものもあったと、水沢市に斉藤実記念館を訪ねた時に教えられました。私自身は戦後団塊の世代の生まれですが、母方の大叔父は、西郷隆盛の先峰隊辺見十郎太の遺児である辺見勇彦という人物や宇和島伊達家の伊達順之助らのような日本人馬賊でした。京城公使の林権助、安東領事時代の吉田茂、などの頃です。
2008/11/1(土) 午後 7:06
夢うさぎ塾さん、大叔父様が日本人馬賊ですか。当時の話はいろいろお聞きになったのでしょうか。
それで思い出しましたが、私の知人の日本人で、戦前に新義州に住んでいて、鴨緑江の橋を渡って丹東(安東)の女学校に通っていたという方がいます。その方のお父様が朝鮮の鴨緑江沿いの街で警官として国境警備に当たっていたそうです。金日成はあっぱれなやつだ、と言っていたとか。
2008/11/1(土) 午後 9:58