|
【写真】ファン・ジニの筆跡を刻んだ岩。チニが自分の髪の毛で書いた李白の詩だそうだ。 ケソン(開城)市郊外の朴淵の滝にある。 NHK−BSで放映されていたドラマ「ファン・ジニ」は昨日、好評のうちに最終回を迎えましたが、10月11日からはNHK総合テレビで放映が始まるということで、楽しみです。BSチューナーのなかった方、BS放送のときに見逃した方はぜひどうぞ。 さて、ファン・ジニ(黄真伊)が実在した人物だったことは確かですが、彼女が実際、どのような一生を送ったのかは、その生没年も含めてはっきりとわかってはいません。しかし、ソンド(松都)、つまりケソン(開城)で生涯を終えたことは間違いないようです。 チニが生きた時代より百年ほど後、1621年にユ・モンイン(柳夢寅)という文人が書いた『於于野談(オウヤダム)』という本に、チニの遺言がこう伝えられています。 真伊が病で死ぬまぎわ、家人たちにこう言った。
「わたしはにぎやかな性格で、派手なことが好きだったの。わたしが死んだら、
山あいに埋めず、大きな道のわきに埋めておくれ」いまも松都の大通りの道沿いには、松都の名唱、真伊の墓がある。 ――ドラマ原作『ファン・ジニ 下』(早川文庫、キム・タクファン著)訳注より 「別にお墓はいらないから、道端に適当に埋めて。わたしに魂を奪われた人たちが、 思う存分踏みつけて仕返しできるようにね」 では、チニの墓はいまも残っているのか。また、どこにあるのでしょうか。
近いうちに調べてアップしたいと思います。 |

- >
- エンターテインメント
- >
- テレビ
- >
- ドラマ番組





筆跡を刻んだ岩ですか〜。実際に見たいですね〜。
「別にお墓はいらないから、道端に適当に埋めて。わたしに魂を奪われた人たちが、思う存分踏みつけて仕返しできるようにね」というのは、いかにも、ファン・ジニらしいですね。
2008/9/22(月) 午後 1:25 [ waka ]
ファン・ジニは女性が生きにくい時代に低い身分に生まれたけど
自分で道を切り開いて生きたんですね。
今の時代の日本に生まれ、自由に発言出来る自分は幸せなんだと思います。
2008/9/22(月) 午後 2:23
> wakaさん
ソウルから日帰り観光で行くことができますよ。
http://english.tour2korea.com/jpn/TE/TE_JA_7_3_12_4_4.jsp
ここに本当にファン・ジニが来て、詩を読んでいたんだな、と思うと、しみじみします。
> いずみさん
当時の女性は文字を学ぶこともままならなかったわけですからね。
才能や条件に恵まれたとはいえ、やはりファン・ジニは情熱と努力の人だったのでしょう。
2008/9/22(月) 午後 4:40
ファン・ジニのお墓に関して、何かの記事に2000年にお墓が再興された様な事が書いて有ったような記憶が有ります(間違っていたら済みません)
日本もそうですが、歴史的に女性の資料は非常に少ない様ですね。歌、物語等の作品が残っていて、小野小町、紫式部、清少納言という女性が存在することが分かるだけですね。「女の才はかえって不幸を招く」という中世的な思想が有ったようで、女性が秀でる事は好まれなかったわけで、中世時代は女性にとって暗黒時代でした。
2008/9/23(火) 午前 1:08
itohさん、情報ありがとうございます。
調べてみます。
日本の大河ドラマも韓国のように、歴史に埋もれた女性にスポットをあてる作品をもっと作ってもいいと思うのですが。篤姫とかじゃなくて(^^;)
2008/9/23(火) 午前 10:10
『算法少女』という本が、江戸時代に出版されており、それをもとにして、同じ『算法少女』という題の児童文学が現代に出版されています。父親が医者で趣味で和算をしていて、その娘さんも和算に優れていて、ふたりで『算法少女』を著わした、ということだけがわかっていて、後は何にもわかっていないそうです。
他に、伊能忠敬が全国を踏査測量して地図を作ったとき、非常に優れた女性の助手もいたそうです。
そういう人たちが、大河ドラマの主人公か、せめて重要な脇役で登場してくれたらいいのになあ、と思います。
2008/9/27(土) 午後 6:32 [ saihikarunogo ]
saihikarunogoさん、『算法少女』って、何だか面白そうですね。
「チャングム」も医女だったということ以外、何もわかっていなくて、あれだけのドラマが作れてしまうんですから。算法少女が和算で次々と事件を解決するという、日本版「茶母」みたいなドラマも可能なんじゃないでしょうか。
伊能忠敬の助手の話も興味あります。saihikarunogoさんご自身でシナリオを書いて売り込まれたらどうですか?
2008/9/28(日) 午前 8:32