訳者あとがき

朝鮮語翻訳家です。最新作は「愛の群像」のシナリオ作家ノ・ヒギョンの初エッセー集『いま愛していない人、全員有罪』です。

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月刊『イオ(이어)』という雑誌の10月号に
私が寄稿したエッセイをこちらに転載します。

南北・日本を結ぶ「黄真伊(ファンジニ)」

기생“황진이”가 북과 남, 일본을 잇는다.

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 初めて韓国に行ったのは、一九八二年春のことだ。ソウルに向かう機内は男性客がほとんどで、パンチパーマにエナメルの靴という出で立ちが目立つ。韓国旅行と言えば「妓生(キーセン)観光」(買春観光)を連想する、そんな時代だった。

 朝、ホテルのコーヒーショップに行くと、隣のテーブルで日本人男性と韓国人女性のカップルが二組、朝食をとっていた。男と女は互いに言葉が通じず、男同士、女同士で勝手にしゃべっている。それとなく耳を傾けると、二人の女性は「이 깍쟁이가(このケチが)……」と男の悪口を言い合っていたが、男たちは何もわからず鼻の下を伸ばしていた。

 妓生とは本来、李朝時代に歌舞や詩歌の修練を積んで両班(リャンバン)たちの酒席に興を添えた女性たちのことだが、日韓条約後の韓国では、観光客相手の接客業の女性を指すようになってしまっていた。

 それから四半世紀たったいま、ソウル便の客の大半は、韓流のロケ地巡りやグルメ・ツアーの女性たちに変わった。若い人たちは「妓生」という言葉も耳にしたことがないかも知れない。

 ところで、最近の朝鮮・韓国では、十六世紀に実在した優れた詩人でもある有名な妓生、黄真伊(ファン・ジニ)がブームになっている。二〇〇二年に朝鮮の洪錫中(ホン・ソクチュン)と韓国の金琸桓(キム・タクファン)が相次いで黄真伊を主人公とした小説を発表したのだ。

 特に洪錫中は、日帝時代に歴史大河小説『林巨正(リム・コクチョン)』を書いた民族的作家・洪命熹(ホン・ミョンヒ)の孫として韓国でも大いに注目され、北の作家として初めて南の文学賞を受賞した。両作品はさらに韓国で映画化・ドラマ化された。どちらも日本の映画館とテレビで公開されているので、ご存じの方も多いことだろう。

 幸運にも、私は両方の小説を翻訳する機会を得た(書名が同じで紛らわしいので、片方は便宜上「柳京一(やなぎ・きょういち)」という筆名を使った)。

 南の『ファン・ジニ』(早川書房)は、黄真伊の芸や学問への情熱を描く。黄真伊自身が書いたような、詩的で端正な絞り込んだ文体で、読み進むうちに十六世紀朝鮮の世界に入り込んでしまう。

 北の『ファン・ジニ』(朝日新聞出版)は、黄真伊と火賊(ファジョク、義賊)の頭目との悲恋物語を軸に、両班社会の偽善を暴く。俗語やことわざを巧みに織り交ぜた、古老の昔話のような語り口で、一気に読ませる。

 両作品は同じ人物を主人公としたとは思えないほど趣が違うが、どちらも性と身分の壁に挑戦する自由な女性像を描いている点で、不思議と共通している。

 かつては日本と隣国のゆがんだ関係を象徴する言葉だった「妓生」が、民族統一のシンボルに生まれ変わった。これがさらに日本との架け橋となってくれれば――それが翻訳者のささやかな願いだ。

                                      米津篤八(よねづ・とくや)・翻訳家


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閉じる コメント(19)

「妓生」ということばだけでも深い歴史があるのですね。「ファン・ジニ」もたんなる韓国ドラマというだけでなく大きな役割をになっているのですね。

もちろん翻訳のお仕事も大切な架け橋ですね。

私もハ・ジウォンファンになるまでは、韓国は、近くて遠い国でした。ソウルに一度いっただけですが、今では、すぐにでもまた行きたい国の1つになっています。

2008/9/26(金) 午後 0:15 [ waka ]

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私は27歳ですが、「妓生」という言葉を初めて聞きました。
母と数回韓国へ旅行しましたが、
また行きたい大好きな国です☆

2008/9/26(金) 午後 0:25 ayu

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> wakaさん

かつて「妓生」という言葉は確実にマイナスイメージでしたが、最近の韓国ではすっかり雰囲気が変わったようですね。

オーストラリアのレンタルDVDの「ファン・ジニ」英語字幕に、妓生が「geisha」と訳してあって、大変憤慨したという人もいます。

http://hojustory.tistory.com/146
たしかにこれを見るとかなり無茶な字幕ですが。

2008/9/26(金) 午後 10:56 ynz98ynz

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> ayuさん

若い人たちが新しい視点で隣の国とつきあえる時代になったんですね。ドラマや映画、本などを通じて、さらに理解が深まることを期待しています。

2008/9/26(金) 午後 10:57 ynz98ynz

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「キーセン観光」という言葉、私も覚えています。
梨花女子大の学生さんたちが「キーセン観光反対」のプラカードを掲げて抗議した、というような記事が、新聞に載ったこともありました。
1970年代だったと思います。
その頃、日本の少女漫画雑誌には「ベルサイユのばら」が連載されていました。
私も私の母も夢中になって読んでいました。
「ベルサイユのばら」の作者は、梨花女子大の学生たちと同じ年頃だったと思います。
それから数十年。
私の母は、「冬のソナタ」というドラマ一つで、日本と韓国の関係がこんなにすごく変わった、と言いました。
私は、「宮廷女官チャングムの誓い」で韓国にはまりました。
それより少し前、韓国から留学している若い女の人から、「ベルサイユのばら」の大ファンだった、と聞いたことがありました。
「大長今」を作った人たちのなかにも、「ベルサイユのばら」のファンがいたと思います。
時代を変えるのは少女のハートとおばちゃんのエネルギーだ、と言いたいような気がします……冗談ですが。

2008/9/27(土) 午後 6:23 [ saihikarunogo ]

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> saihikarunogoさん
> 「大長今」を作った人たちのなかにも、「ベルサイユのばら」のファンがいたと思います。

その可能性は十分にありますね。
私も韓国の同世代の人たちが、「ガッチャマン」を知っていてびっくりしたことがありました。

> 時代を変えるのは少女のハートとおばちゃんのエネルギー

これは本当にそうだと思います。

2008/9/28(日) 午前 8:20 ynz98ynz

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1988年2月に初めて韓国(ソウルです)に仕事で行った時、接待されました。その時、隣に女性が付いてびっくりした事がありました。断ると、代わりに、接待してくれた会社の方の自宅に招かれ、奥さんと2歳くらいの男の子と楽しい時間が持てました。当時は日本の男に対して先入観が有ったのでしょうね。

キーセンと言う言葉は未だに好きになれないですが、これからは堂々と使う様にします。

2008/9/29(月) 午前 11:50 itoh

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ithoさん
なるほど、貴重な経験談をありがとうございます。相手の方も、日本人男性への見方が変わったのではないでしょうか。

韓国の人は親しくなるとすぐに家に招待してくれたりして、フレンドリーですね。
私も初めて韓国に行ったとき、板門店観光のガイドさんと親しくなって、自宅に招待されました。貧乏学生だった私は、今夜は焼肉かな(^_^)v とよからぬ期待を抱いていたのですが、「もう韓国料理は食べ飽きたでしょうから」と、わざわざ鮭の塩焼きでもてなしてくれたのでした(T_T)

2008/9/29(月) 午後 0:57 ynz98ynz

足跡から来ました。。。

私、イオのこの記事読みました☆
思わずうんうんとうなずく内容でした。

ファンジニはドラマ、映画共に見ました。
字幕なしで見たのですが、次回は字幕アリのものを見てみたいです。

2008/9/30(火) 午前 9:31 マリリン♪

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マリリンさん、コメントとファン登録、ありがとうございます!

「イオ」はときどき依頼をいただいて、原稿を書かせてもらっています。他の記事もおいおいアップしていくつもりです。

> ファンジニはドラマ、映画共に見ました。

さすが、字幕なしでもOKなんですね。
ドラマと映画、かなり雰囲気が違いますが、ご感想はいかがでしたか?
私としては、映画は原作に忠実に作ろうとしすぎたような気もします。原作小説の方がもっと自由奔放ですね。

2008/9/30(火) 午前 11:25 ynz98ynz

さっそくファン登録ありがとうございました!

私はドラマは衣装が見たくて見ました〜っという感じです。あまりにもかけ離れた内容だったので舞踊と流れる音楽、衣装などをみて楽しませていただいたと言う感じです。

映画のほうはすだれが上がった瞬間のチニのあの品の良さにほれぼれ。。。ソンヘギョの美しさとファンジニがダブりました!
二時間ほどの映画でしたが、かなり感動しました(ドラマとは違いました。)
姪っ子が小説を読んで小説の方が確実におもしろい!と言うので小説にもチャレンジしたいと思ってますが。。。なかなか時間がなくて。。。涙

ファンジニの詩は何度も真似して詠んだりしてました☆

なりきりが重要です〜〜衣装も頭ももちろん持っております^m^

2008/9/30(火) 午後 0:09 マリリン♪

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ドラマも見て楽しいですが、映画は映画で奥行きと陰影があっていいですよね。金剛山に立つソンヘギョを見るだけでも、価値があると思いました。

姪御さん、原作小説を読んでくださったんですね。もしかして原書でですか?

> 衣装も頭ももちろん持っております^m^

ぜひブログに写真をアップしてくださいね(^o^)

2008/9/30(火) 午後 2:21 ynz98ynz

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米津さん
確か映画で金剛山にロケに行くはずが中止になったとか・・?
そのニュースを聞いて、意外と南北の壁が厚いなと思った記憶があります。

それでも、黄真伊(の詩)はお互いの国の教科書に載るくらいですから案外外交と言うのは文化と女性の力、がものを言うのかも知れませんね。

私もあの頭と衣装で舞ってみたいです(大いなる願望☆彡)

2008/10/1(水) 午前 1:29 lovetomo322

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tomoさん
ロケ地として当初希望していたのは、開城でした。
許可が下りなかったので、金剛山に変更したそうです。
金剛山では試写会も行って、確か原作者のホン・ソクチュン先生も
ご覧になったはずです。

> 外交と言うのは文化と女性の力、がものを言うのかも知れませんね。

韓流ブームも女性の力ですよね。

> 私もあの頭と衣装で舞ってみたいです

あの頭で舞うのはかなり体力が要りそうですね(>_<)
すばやくターンしたら、かつらが飛んでいきそう……

2008/10/2(木) 午前 0:39 ynz98ynz

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米津さん
失礼しました^^;
全く場所を勘違ってますね(汗)
開城でしたか、ここは確か工業団地ですよね。
もう映画公開になったようなので、見にいければと思っています。

>韓流ブームも女性の力
ホントそうだと思います。
周囲で韓国好きな方は女性が大半です。
父もTVで映画とかを見てますが、さして執着がないので先日見たという韓国映画のタイトルも未だにわかりません><
多分NHKの深夜帯で、コメディ、というだけでは・・・

>すばやくターンしたら、かつらが飛んでいきそう……
大爆笑です♪
爆笑コント、としては成り立ちそうですが・・
うーん、習うの考えちゃうなー(*_*)

2008/10/2(木) 午前 3:59 lovetomo322

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米津様、たびたびお邪魔させていただいてます^_^

NHKのファンジニ放送ではデジタル字幕で原語で
見ました^^; あまりにウノの声の人がきもち悪いので^^;

妓生のあの頭は화초머리と言うのが分かったんですが、
화초를 올리다 を吹き替えでは水揚げって言ってるのが
面白かったです^^
翻訳も同じですか?^^(まだ拝見してしてなくてすみません;;)

2008/12/18(木) 午後 2:20 [ みやも ]

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みやもさん、ファンにとして、やはり吹き替えはどうにも違和感がありますよね。

화초를 올리다は、原作では머리를 올리다になっていました。翻訳はそのまま「髪上げ」とし、(正式な妓生となり、髪を頭上に結い上げること)と訳注を振りました。「水揚げ」だと何だか日本の遊郭みたいなので……。

2008/12/18(木) 午後 4:41 ynz98ynz

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米津様、
「髪上げ」の方が粋な感じですね。水揚げよりしっくりきます。
ご説明ありがとうございました^^
みなさんお詳しくて、ついて行くのが精いっぱいですが^^;
読んでてほんとに楽しいです^○^

2008/12/19(金) 午後 2:06 [ みやも ]

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みやもさん、またご質問がありましたら、いつでもどうぞ(^^)/

2008/12/19(金) 午後 2:15 ynz98ynz


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