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朝鮮半島「ほぼ縦断」旅行記の続きです。 ウォンサン(元山)からピョンヤン(平壌)に戻る途中、 東明王陵に立ち寄りました。 東明王とは、高句麗(コグリョ)を建国した初代王、すなわち 朱蒙(チュモン)のことです。 東明王陵へと向かう長い参道。周囲は松林に囲まれています。 松の木は朝鮮王朝時代にはるばる済州島から運ばれて 植えられたものだそうです。 券売所。のどかな雰囲気です。 王陵のガイドさん(右)と朝鮮対外文化連絡協会(対文協)の李さん。 このガイドさんは、韓国ドラマ「朱蒙」の主役を演じたソン・イルグク一行が ここを訪れた際も案内役を務めた方です。 私がこのガイドさんと会うのは2度目ですが、今回ちょっと不思議な やりとりがありました。 「先生は7月にもいらっしゃいましたよね」 「このまえ来たのは去年の10月ですけど」 「いいえ、確かに先月いらっしゃいましたよ。その時も朝鮮語でお話し したので、よく覚えてます。間違いありません」 あくまでもそう言い張るので、 「きっと、どうしても来たかったので、心だけ飛んできたのでしょう」 と答えておきました。 王陵の門。資料をもとに高句麗式の建築で復元されたものです。 美しい彩色が施されています。 東明王陵。一辺が32メートル、高さが11.5メートルあります。 王陵はもともと集安(現・中国)にあったものが、高句麗の遷都にともない 5世紀にピョンヤン郊外のこの場所に移葬されたそうです。 日本の植民地時代に盗掘されたとのことで、 残念ながら副葬品は残されていません。 左右に立ち並ぶ石像は朱蒙の忠臣たち。右が文官、左が武官。 90年代に王陵を整備した時に作られたものです。 石像は右の奥から、摩離(マリ)と烏伊(オイ)だそうです。 陜父(ヒョッポ)の像がないのは、第二代王の時に官位を 剥奪されたからだとか。 東明王陵とその周辺の古墳群は、2004年にユネスコ世界遺産に 登録されました。その記念プレートです。 王陵の土は蒸し器で蒸してから積まれたと伝えられており、 そのためか王陵周辺には蟻が一匹もいないそうです。 |
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東明王陵は学生時代に行ったかな?と言った感じです。
チュモンを見て行ったらまた感じが違ったのでしょうね〜
動画は以前見ました。涙が沢山出てきました。。。
風邪は一向によくならず、だんだん悪化してるような。。。明日はお仕事なのに、ちょっと不安です。
早く寝て明日に備えます!心配してくださってありがとうございます(#^.^#)
2008/11/1(土) 午後 9:12
マリリンさん
私ももともと古代史は興味がなくって、東明王陵も『朱蒙』を翻訳しているうちに、「行ってみたい」と思うようになりました。やっぱり歴史のことを知ってから現場に行くと、感慨深いです。
韓国で高句麗を舞台にしたドラマが作られて、さらにその出演陣がピョンヤンに行くなんて、本当に夢のようですね。これからも交流を深めていってほしいです。
明日はきっとよくなりますよ、がんばってくださいね! 파이팅!!
2008/11/1(土) 午後 9:35
娘さんたちへの朝鮮語教育は順調ですか。
2008/11/5(水) 午前 4:13 [ Sigesige ]
Sigesigeさん
ビデオを見せたり歌を聴かせたりしてますが、やはり親の力だけでは無理ですね。民族学校の先生をしていた方に家庭教師をお願いしようと思ってます。
2008/11/5(水) 午前 9:33
朱蒙の墓ってなんかすごそうですね。「日本の植民地時代に盗掘」は残念ですね。残っていれば、研究して、いろいろと当時の事が分かったはずですよね。
ところで7月に来たと言われてびっくりですよね(^_^;)
2008/11/6(木) 午後 0:53
規模が大きいですよ。たぶん高句麗遺跡のなかでは最大ではないでしょうか。壁画がわずかに残っているそうですが、内部は一般公開されていません。
ピョンヤン郊外には別に状態の良い壁画墳墓がいくつかあって、2カ所に行きましたが、内部の写真撮影は1枚で1万円くらいなので(>_<)、撮ってません。
2008/11/6(木) 午後 6:04