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歴史のなかの妓生(キーセン)
「ファン・ジニ」雑記
[ 壮年老い易く学成り難き ]
2017/5/13(土) 午前 10:42
朝鮮の公娼制
1916年3月に「貸座敷娼妓取締規則」が公布、朝鮮全土で公娼制が実施され、日本人・朝鮮人娼妓ともに年齢下限が17歳未満に設定された。
また1910年代前半の女性売買の形態としては騙した女性を妻として売りとばす事例が多かった。
当時、新町・桃山両遊廓は堂々たる貸座敷であるのに対して、「曖昧屋」とも呼ばれた私娼をおく小料理店はソウル市に130余軒が散在していた。
第一次世界大戦前後には戦争景気で1915年から1920年にかけて京城の花柳界は全盛を極めた。
朝鮮人娼妓も1913年には585人であったが1919年には1314人に増加している。
1918年の京城・本町と鍾路署管内での臨検では、戸籍不明者や、13歳の少女などが検挙されている。
1910年代の戦争景気以前には、朝鮮人女性の人身売買・誘拐事件は「妻」と詐称して売るものが多かったが、1910年代後半には路上で甘言に騙され、誘拐される事例が増加している。
1920年代には売春業者に売却された朝鮮人女性は年間3万人となり、値段は500円〜1200円であった。
歴史のなかの妓生(キーセン)
「ファン・ジニ」雑記
[ cse*gle*00* ]
2012/6/9(土) 午後 8:01
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「ファン・ジニ」雑記
[ cse*gle*00* ]
2012/6/9(土) 午前 7:02




