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すぐれた詩才を持つ男とみれば、沓(くつ)も履かずに迎えに出ました。 朝鮮の両班で詩の一篇もつくれない者はいませんが 晩唐の詩に匹敵する作品は実にまれです。 そんなわけですから、詩のこころを美しく正確に吟ずるために 推敲に推敲を重ねた陽谷(ヤンゴク)*のことは、いくら賞賛しても足りないでしょう。 詩を吟ずる朗々たる声は、いまも耳に響きます。 ――ハヤカワ文庫『ファン・ジニ』上巻から *陽谷 蘇世譲【ソセヤン】(一四八六〜一五六二)の号。 李朝中期の文臣。文才にすぐれ、特に律詩を得意とした。 黄真伊は多くの文人との逸話があります。 当時を代表する優れた詩人、蘇世譲との逸話が 『水村漫録』という本に紹介されています。 蘇世譲は若い頃、自分の肝の太さを自慢してこう豪語していた。 「女に溺れるような奴は男じゃない」 彼は松都(ソンド)妓生の黄真伊の才能と人物がたいそうすぐれて いると聞き、友人たちとこう約束した。 「俺は黄真伊と三十日だけいっしょに過ごしてくる。もしこの期限を 一日でも過ぎて彼女のもとに留まれば、君たちからお前は人ではないと 言われてもいい」 松都を訪ねて黄真伊に会ってみると、はたしてすばらしい女だった。 そうして蘇世譲は彼女とともにひと月を楽しんだ。 いよいよ明日は彼女と別れる日。蘇世譲は黄真伊とともに開城(ケソン) の南にある楼閣に上り、酒を酌み交わした。黄真伊は少しも別れを悲しむ 様子を見せず、ただひとつ彼に頼んだ。 「お別れするにあたって、詩を一首、差し上げてもよろしいでしょうか?」 蘇世譲がうなずくと、黄真伊はその場で次のような律詩を書いて渡した。 月 下 庭 梧 盡 月下の庭に桐葉落ち
霜 中 野 菊 黄 霜中に咲く野菊の花 楼 高 天 一 尺 楼は高し天に一尺 人 醉 酒 千 觴 人は酔う酒は千杯 流 水 和 琴 冷 流水は琴に似て冷たく 梅 花 入 笛 香 梅花は笛に混じりて香る 明 朝 相 別 後 明朝に友を送れども 情 意 碧 波 長 情は長し青い波のごと 蘇世譲はその詩を吟じてため息をつくと、 「ええい、俺はもう人ではない!」 そう言って、再び留まり続けた。 ※写真は開城の南大門。開城の内城にはもともと7つの門があったが、 いまは南大門だけが残っている。朝鮮戦争で破壊され、1954年に 復元された。朝鮮民主主義人民共和国国宝34号。 (2008年8月27日、開城観光の際に撮影) |

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