訳者あとがき

朝鮮語翻訳家です。最新作は「愛の群像」のシナリオ作家ノ・ヒギョンの初エッセー集『いま愛していない人、全員有罪』です。

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直前になってしまいましたが、明日14日夜、私が関わっている朝鮮人道支援ネットワーク・ジャパン(ハンクネット・ジャパン)の訪朝報告会を行ないますので、お知らせします。
ご都合の付く方はぜひ足をお運びください。



ビデオによる訪朝報告 
制裁措置の即時中止を求める

日時 2009年11月14日(土) 午後6時30分〜午後8時45分

場所 文京区民センター 3-C会議室 東京都文京区本郷4−15−14

内容
・「訪朝・支援活動」ビデオ上映報告
・「制裁を許さない!制裁強化による人権侵害の実態」報告

参加費
800円(学生ほか500円)

日本政府の制裁措置の誤りを明らかにするため、私たちハンクネットが行って
いる朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)の育児院への粉ミルク支援活動の報告と、
今年8月の訪朝の様子をビデオで報告します。
また、この制裁措置により、在日朝鮮人が朝鮮に住む孫にサッカーシューズを
郵便発送しようとしたところ、郵便局で拒否されたり、共和国に住む親戚に食品
や衣類などの生活必需品を送ろうとしたところ、税関から送り返されたりすると
いう事件が各地で起こっています。このように、極めて悪質な人権蹂躙事件を起
こしている日本政府の実態を広く社会に訴え、即時、制裁措置の破棄を求めるた
めの集会です。
皆さんのご参加をお願いします。

主催
朝鮮人道支援ネットワーク・ジャパン

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故・金大中元大統領の妻、李姫鎬女史の自伝『夫・金大中とともに 苦難と栄光の回り舞台』(朝日新聞出版)を翻訳・刊行しました。
http://www.amazon.co.jp/dp/4022506563

金大中氏存命中に出せるとよかったのですが、翻訳作業が遅れて間に合わなかったのが悔やまれます。
以下、訳者あとがきを転載します。




訳者あとがき

 黒い十字架で口をふさいだ李姫鎬(イヒホ)女史の写真(本書一八二ページ参照)を、初めて見たのはいつだったか。韓国の言論が死んだこと、そして民主主義を熱望する人びとが生きていることが一目でわかる強烈なメッセージだった。本書を訳しながらその写真に再会し、私の意識は三十年前に戻っていった。

 一九七九年十月の朴正煕(パクチョンヒ)大統領射殺、それに続く八〇年五月の光州(クァンジュ)抗争と金大中(キムデジュン)氏の死刑判決に、私は衝撃を受けた。韓国のことが知りたかった。なぜ、すぐ隣の国で、自分と同じ若者たちが殺されなくてはならないのか。なぜ元大統領候補が獄につながれなくてはならないのか。だが、デモや集会に参加しても、新聞や本を読んでも、答えはなかった。

 その宿題を解くために、私は朝鮮語を学び始めた。

 八二年二月、私は光州からほど近い全羅北道(チョルラブクト)の農村を訪れた。バスを降りると、村人たちに取り囲まれた。「日本人を見るのは三十数年ぶりだ」。

 友人のつてを頼って農家に一夜の宿を借りたが、噂を聞きつけたのか、夜になると村の若者たちが集まってきた。私たちは車座になって焼酎を酌み交わしながら、辞書を引き引きさまざまな話をした。

「日本でいちばん有名な韓国人は?」との質問に、「金大中」と答えると、わっと歓声が上がった。「金大中、ナンバーワン!」。一人がにっこり笑って、親指を立てた。

 数日後にソウルに戻り、金大中氏が懲役二十年に減刑されたことをニュースで知った。三・一独立運動記念日の翌日だった。だが、ソウルでは一人も「金大中」の三文字を口にする者はおらず、光州で何があったかを知る人もいなかった。

 のちに金大中氏が大統領になるなど、いや、生きて再び獄を出ることも想像できない、そんな時代だった。

 しかし、金大中氏の苦難は知っていても、家族の苦労にまでは想像が及ばなかった。本書を読み進む中で、李姫鎬女史と三人の息子さんをはじめ周囲の人々が経てきた、金大中氏本人に勝るとも劣らない苦痛と困難をあらためて思い知った。

 その苦しみの中で、夫婦は同志愛を深め、思想を高め合っていく。光州抗争の後、軍部は獄中の金大中氏に対して、生命の保障と地位をエサに政権への協力を迫る。本書の第四章で、李姫鎬女史は当時をこう振り返る。

  ……
  もしあの時、度重なる困難に疲れ、執拗な懐柔に屈服して協力したなら、彼の人生は
  どれほど汚れたことか。私もまた、そんな夫を許すことはできなかっただろう。不義に
  屈しない彼を献身的に支えたのは、単に私が彼の配偶者であったからではない。
  ……

 同時に、幾度も死の恐怖と向かい合った経験が、二人の人権意識をいっそう研ぎ澄まし、社会から疎外された弱い者たちへと目を向ける契機となった。李姫鎬女史が少年院の子どもたちを大統領府に招いた話には、胸を打たれる(第六章)。

  ……
  彼らを初めて青瓦台(チョンワデ)のお茶会に招待した時、警護室ではどうして犯罪者
  を青瓦台に入れるのかと反対が多かった。私は警護室に言った。
  「いまの大統領も一時は死刑囚でした」
  ……

 自らが死刑囚の身となった金大中氏は「死刑は民主主義の根幹に反する」として、大統領在任中に一度も死刑を執行しなかった。それ以来、韓国では死刑執行ゼロの記録が続いており、アムネスティ・インターナショナルは韓国を「事実上の死刑廃止国家」に分類している。

 もう一つ、本書から学んだのは、植民地期から脈々と流れる女性運動の歩みである。李姫鎬女史の驚異的な記憶力のおかげで、本書には実に多くの女性人名が登場する(原書では人名はすべてハングル表記だが、わかる限り漢字表記とした)。その一つ一つに訳注を付す作業の中で、朝鮮・韓国の女性たちが民族解放と民主化運動を担いつつ、性差別の撤廃に努力してきた足跡がよく理解できた。

 心が痛い話もある。梨花(イファ)女専で著者の恩師だった金活蘭(キムファルラン)博士は、植民統治への協力を強要され、のちにそれが親日行為として糾弾された(第一章)。韓国での評価はともかく、日本人である私たちとしては、日本が朝鮮支配のために「親日派」をつくり出し、民族内部に軋轢を生んだ責任を忘れてはならないだろう。

 一方で、微笑ましいエピソードにも事欠かない。金大中氏の知られざる顔だ。動物と花を愛し、愛犬が行方不明になると国会の会期中でも家に飛んで帰った話、アメリカ亡命中に韓国民主化を訴えるために飛び回るあまり、妻を置き去りにした話、たぐいまれなるユーモア感覚……。

 四十七年の歳月をともに闘ってきた“同志”ならではの逸話がそこかしこにちりばめられている。

 今年八月十八日、金大中氏は永眠された。李姫鎬女史は本書の原書『동행(同行)』の前扉に次のような手紙をしたためて、棺に納めたという。

  ……
  愛するあなたへ

  ともに暮らしながら、私は多くの過ちを犯しました。でも、いつも寛大にすべてを赦し、
  大切にしてくださったあなたに、心から感謝します。
  これからは神の熱い愛の懐で、安らかにお休みになることを祈ります。
  あまりにもつらい苦難の生涯を耐え抜いたあなたを、私は心から愛し、尊敬していました。
  きっと神はあなたを熱い愛の懐で包み、安らかに休ませてくださるでしょう。苦難によく
  耐えたと神がお認めになり、勝利の冠を被せてくださると信じます。誇りに思います。

  あなたの妻 李姫鎬 二〇〇九・八・二〇
  ……

 思えば、金大中・李姫鎬夫妻の存在がなければ、私が朝鮮・韓国の歴史を学び、翻訳を生業とすることもなかったはずだ。私に三十年来の宿題を課してくださったお二人に、あらためて感謝を捧げたい。

  二〇〇九年十月
  米津篤八

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