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「相撲図」キム・ホンド、紙に淡彩、国立中央博物館 パク・シニャン、ムン・グニョン主演でドラマ化された歴史小説『風の絵師』には、朝鮮王朝後期を代表する画家、キム・ホンド(金弘道)とシン・ユンボク(申潤福)が実際に描いた絵がふんだんに使わています。 朝鮮王朝時代の庶民の風俗を描き、韓国・朝鮮で広く親しまれているキム・ホンドの作品でも、この「相撲図」は最も有名なものの一つでしょう。市場で開かれた相撲大会の風景が、驚くべき躍動感で描かれています。 小説『風の絵師』から、絵について説明している場面を抜き出しましょう。 二人の力士が伯仲の勝負を繰り広げ、見物人がその周囲を囲んで座る、街頭の相撲の場面だった。絡み合った二人の力士の荒々しい息が聞こえるようであり、勝負を見守る見物人の緊張がまるごと伝わってくる。絵に引き込まれた契員たちの静寂を破って、ユン・イノンが所感を述べた。 「わたしはまず、この絵の独特な構図について述べたいと思います。全体的に同心円を成し、画面の周囲に丸く見物人を配置して中間に余白を残し、中央に力士を描いています。これにより、中央に向かう視線を強烈に捕らえると同時に、整然とした同心円の安定感を与えます。右手に並べて脱いである靴と草鞋【わらじ】は、同心円構図を完成させる決め手ともいえましょう」 …… すぐ横でうなずいていたキム・シニョンが再び言葉を継いだ。 「見物人は全部で十九人ですが、彼らの表情や身なりは皆ばらばらです。あるいは笑い、あるいは顔をしかめ、無表情な人、驚く人が入り交じり、片手を地面に突く人、身をすくめる人、のけぞる人など、姿勢も様々です。年齢と身分もまた、多様です。一目で子どもから老人までが集まっていることがわかります。右上に配された馬丁の帽子は馬子を、左側に見える冠帽は両班を表しています。髪を結って垂らした総角【チョンガク】〔独身の男子〕も見えます。左側に並んで座った髷【まげ】の若者二人は、たくましい体と身なりから見るに、次の試合をする力士たちでしょう。随所に描かれた扇、冠帽、馬丁の帽子などは、人物だけで描写された周辺の情景を支えるすばらしい小道具としての役目を果たしています。こうして小さな画面の中に、これほど多くの人を、これほど多様な姿で描いたことは、驚くばかりです」 この絵で面白いのは、全員が勝負に集中する中で、一人だけ力士に背を向けて立つ、左端の飴売り(ヨッチャンス)の少年の存在です。まるでプロ野球で観客全員がバッターとピッチャーの勝負に集中しているときに、「ビールはいかがっすか〜」と声を張り上げながらスタンドを歩き回る売り子そっくりですね。そうしてみると、この飴売りを描いたことで、場面はよりリアルさを増し、見る者に本当の市場にいるような臨場感を与えることに成功したように思えます。 朝鮮の飴は細長く、それをハサミでチョキチョキと切って売ります。ハサミをリズミカルに鳴らして「飴打令」(ヨッタリョン)を歌うのが、飴売りの販売スタイルでした。 ところで、相撲(シルム)は朝鮮でも最も古いスポーツ、娯楽の一つでした。高句麗の古墳壁画にも、相撲が描かれていますから、少なくとも2000年近い歴史があることになります。特に端午の節句の遊びは、女はブランコ、男は相撲、というのが定番で、村の相撲大会の優勝者には牛一頭が贈られました。そういえば、「チャングムの誓い」でも、チャングムのお父さんが相撲大会に出て身分がばれてしまうというシーンがありましたが、あの時も土俵の脇に賞品の牛がつながれていましたね。 日本で相撲が史実に初めて登場するのは、西暦642年に百済の使者をもてなすために宮廷の衛士に相撲をとらせたという記述で、「日本書紀」に見られるそうです。 日本と朝鮮の歴史的つながりが目に見えるようで、興味深いですね。 |

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