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※写真は平壌郊外の東明王陵(朱蒙の墓)。この裏手に摩離【マリ】の墓もあった。 |
朱蒙(チュモン)
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『朱蒙』(朝日新聞社)訳者あとがき(その1) 本書はテレビドラマ『朱蒙』(2006〜07年、韓国MBCで放送)の原作小説である。 朱蒙(BC58〜BC19年。生没年には諸説ある)とは高句麗の始祖であり、鄒牟【チュモ】、東明王【トンミョンワン】、東明聖王【トンミョンソンワン】などとも呼ばれている(本書に名の出てくる扶余の始祖「東明聖王」は別の人物)。その名は、朝鮮の最古の歴史書『三国史記』(12世紀の高麗時代に成立)や、中国吉林省集安にある広開土王碑(高句麗第19代王の広開土王の事績を称えた石碑)の碑文などに見られ、その生い立ちについてはこんな伝説がある。 天帝の息子、解慕漱【ヘモス】と情を通じて捨てられた河伯【ハベク】(水の神)の娘、柳花【ユファ】は、太白山(白頭山)の南にある優渤水【ウバルス】という川のほとりで、扶余王の金蛙【クムワ】と出会う。金蛙は柳花を連れて行き、宮中に幽閉する。柳花はやがて五升ほどの大きさの卵を生み、そこから一人の男の子が生まれた。その子は7歳になると自分で弓矢を作り、射ると百発百中だった。そのためその子は、扶余の俗語で“矢をよく射る者”という意味を持つ「朱蒙」と名付けられた。 ところが、帯素【テソ】をはじめ金蛙の7人の息子たちは、聡明で弓術に優れる朱蒙をねたみ、殺そうとする。それを密かに知った母の助言で朱蒙は王宮から逃げ出し、烏伊【オイ】、摩離【マリ】、陜父【ヒョッポ】の3人と友になって卒本【チョルボン】(中国遼寧省桓仁)に至り、その地を都に定めて高句麗と名付けた。 このように神秘的な力を持つ英雄が卵から生まれたとする説話は「始祖卵生神話」といい、アジア各地に広く見られる。たとえば新羅の始祖も卵から生まれたとされているし、考えてみれば日本の「桃太郎説話」も、桃を卵に置き換えると、3人の家来を従えて活躍するというところまでよく似ている。太陽の象徴“三足烏”と神武神話に登場する“八咫烏【やたがらす】”の類似、高句麗壁画と高松塚壁画の四神図や風俗画の共通点などと合わせると、高句麗と古代日本の深いつながりが浮かび上がる。 (続く) |
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