訳者あとがき

朝鮮語翻訳家です。最新作は「愛の群像」のシナリオ作家ノ・ヒギョンの初エッセー集『いま愛していない人、全員有罪』です。

朱蒙(チュモン)

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    ※写真は平壌郊外の東明王陵(朱蒙の墓)。この裏手に摩離【マリ】の墓もあった。


『朱蒙』(朝日新聞社)訳者あとがき(その2)

 では、朱蒙が建てた高句麗とはどんな国だったのか。その建国はBC37年(BC277年説もある)、中国では前漢、日本は弥生時代にあたる。周辺の小国を併合して領土を拡げ、313年には楽浪郡を滅ぼし、427年に都を平壌に遷都。朝鮮半島北部から中国東北地方にまたがる広大な領土を治めた。隋、唐からの侵略を数度にわたって退けたが、668年に新羅と唐の連合軍に滅ぼされた。

 これまで韓国の人々にとって、高句麗はその重要な遺跡の多くが朝鮮民主主義人民共和国と中国東北部にあったため、やや遠い存在だったと言える。だが、ドラマ『朱蒙』はその壁を打ち破り、韓国で歴代トップの35週連続視聴率1位という快挙を成し遂げた(国民的ドラマといわれた『宮廷女官チャングムの誓い』の記録は24週連続1位)。『朱蒙』に始まった高句麗ブームは、近年の南北和解ムードや、中国の「東北工程」(高句麗を中国の地方政権と位置づける歴史見直し作業)への反発ともあいまって、一種の社会現象にもなった。書店には高句麗関連書籍が並び、「朱蒙」ブランドの酒や家電製品まで登場したという。失われた大帝国、高句麗への高い関心は、さらに朱蒙の子孫である広開土王を主人公としたペ・ヨンジュン主演のドラマ『太王四神記』のヒットへとつながった(このドラマでは朱蒙はチュモと呼ばれている)。

 ドラマ『朱蒙』は、あまりの人気に当初60回を予定していた放送回数を急遽81回まで延長し、シナリオも大幅に書き改められた。本書とドラマとのあいだに、不得不【プドゥクプル】や摩離の運命、柳花や礼少椰【イェソヤ】らをめぐる扶余王室の人間模様において、いくつか相違点があるのもそのためである。読者の了解を求めたい。

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 訳者は2007年秋、平壌近郊にある東明王陵【トンミョンワンヌン】、すなわち朱蒙の墳墓を見学する機会を得た。5世紀の平壌遷都に際して集安から移葬されたものだといい、ユネスコ世界遺産に登録されている。一辺が32メートル、高さが11.5メートルの大きな陵墓は美しく整備され、松林の深い緑に囲まれて眠っていた。07年3月にはドラマ『朱蒙』の俳優陣もここを訪れた。「朱蒙役のソン・イルグクさんも参拝しました。撮影前に来ていたらもっとよい演技ができたのに、と残念がっていましたよ」。女性の説明員がそう教えてくれた。裏手には、王陵に寄り添うように小ぶりの古墳があった。摩離の墓だという。巨石を組み上げた重厚な玄室に足を踏み入れると、冷たい岩肌から高句麗人の魂と2000年の歴史が感じられた。

                                     2008年1月 米津篤八

(上巻・2007年10月刊/中巻・12月刊/下巻・08年2月刊)

http://www.amazon.co.jp/dp/4022503254
http://www.amazon.co.jp/dp/4022503262
http://www.amazon.co.jp/dp/4022503920

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『朱蒙』(朝日新聞社)訳者あとがき(その1)


 本書はテレビドラマ『朱蒙』(2006〜07年、韓国MBCで放送)の原作小説である。
 朱蒙(BC58〜BC19年。生没年には諸説ある)とは高句麗の始祖であり、鄒牟【チュモ】、東明王【トンミョンワン】、東明聖王【トンミョンソンワン】などとも呼ばれている(本書に名の出てくる扶余の始祖「東明聖王」は別の人物)。その名は、朝鮮の最古の歴史書『三国史記』(12世紀の高麗時代に成立)や、中国吉林省集安にある広開土王碑(高句麗第19代王の広開土王の事績を称えた石碑)の碑文などに見られ、その生い立ちについてはこんな伝説がある。

 天帝の息子、解慕漱【ヘモス】と情を通じて捨てられた河伯【ハベク】(水の神)の娘、柳花【ユファ】は、太白山(白頭山)の南にある優渤水【ウバルス】という川のほとりで、扶余王の金蛙【クムワ】と出会う。金蛙は柳花を連れて行き、宮中に幽閉する。柳花はやがて五升ほどの大きさの卵を生み、そこから一人の男の子が生まれた。その子は7歳になると自分で弓矢を作り、射ると百発百中だった。そのためその子は、扶余の俗語で“矢をよく射る者”という意味を持つ「朱蒙」と名付けられた。
 ところが、帯素【テソ】をはじめ金蛙の7人の息子たちは、聡明で弓術に優れる朱蒙をねたみ、殺そうとする。それを密かに知った母の助言で朱蒙は王宮から逃げ出し、烏伊【オイ】、摩離【マリ】、陜父【ヒョッポ】の3人と友になって卒本【チョルボン】(中国遼寧省桓仁)に至り、その地を都に定めて高句麗と名付けた。

 このように神秘的な力を持つ英雄が卵から生まれたとする説話は「始祖卵生神話」といい、アジア各地に広く見られる。たとえば新羅の始祖も卵から生まれたとされているし、考えてみれば日本の「桃太郎説話」も、桃を卵に置き換えると、3人の家来を従えて活躍するというところまでよく似ている。太陽の象徴“三足烏”と神武神話に登場する“八咫烏【やたがらす】”の類似、高句麗壁画と高松塚壁画の四神図や風俗画の共通点などと合わせると、高句麗と古代日本の深いつながりが浮かび上がる。
(続く)


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