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ナナは遠くアフリカのタンザニアから来ました。
これはレッドデーターブックの写真です。
レッドデーターブックを見れば見るほどこの本の価値は大であります。
この地図は昭和54年の地図です。(現コンゴがザイールだった時代ですね)
ナナが来釧した年は昭和50年ですので、あえて当時に近い地図にしました。
タンザニアの北部にはビクトリア湖という大きな湖があり
野生動物には楽園だったのではないかと思います。
映画Easthによるとアフリカゾウはアフリカ大陸の北と南に毎年大移動するという。
中央の位置するタンザニアはその中間地点の憩いの場だったのかもしれない。
当時はワシントン条約によって野生動物の捕獲、輸入売買の規制がしかれた時でもある。
(思えば当時はサーカスも盛んであったように思う)
釧路市動物園の開園の10月1日には間に合わなかったらしい。
開園の1か月後にやっと来釧したという。
昨日の「ふれあい」の抜粋文章写真によるとナナは人に飼われていたのではないかと・・・。
ナナが来釧した時の様子が「ふれあい」に書いてあったので抜粋しました。
開園当時釧路市動物園にはお客様が入園するゲートは一つで
石段を駆け上がると広いゾウ広場。
広場に位置するゾウ運動場にはゾウがまだ不在で
隣のホッキョクグマの運動場には
コロとタロという生後半年足らずの小グマが愛嬌たっぷりで人気者であった。
その一ヶ月後待望の2歳のアフリカゾウが2頭来て
想像以上のにぎわいであっただろう。
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当時も現在も乱獲、紛争が絶えない国があるアフリカ。
そのような背景を考えると
遠く日本で、この野生動物が存在するアフリカに目を向けるきっかけになる。
アフリカに限らずこの日本という島国
大自然があり野生動物の楽園であるこの北海道の大地でも
乱獲の被害にあった動物がいる
タンチョウである。
昭和初期の戦争や列島改造論による
人の生活のための開発によって減り続けた過去がある。
動物を間近に見て考えることはいくらでもある。
それが動物の施設の役割であって
サバンナという野生動物の楽園に似た
釧路湿原のそばの動物園で
人が動物と向き合ってなにを思い、なにを考えるべきか
動物の生死に直面し人として学ぶということが大切であるという精神で
この釧路市動物園は開園したのだとつくづく思う。
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