|
2012年11月19日
信楽には車で何度か訪れ、そしてJR西日本信楽線の時代に(1986年頃)にJR西日本の気動車で訪れた事がありましたが、第三セクター信楽高原鉄道になってからは初めての乗車です。
1991年(平成3年)5月14日には 信楽線において、JR西日本から乗り入れの臨時快速列車と信楽高原鐵道の普通列車が正面衝突事故(信楽高原鉄道列車衝突事故)を起こし、痛ましい事故から21年も過ぎたのですね。
1989年(平成元年)12月1日から信楽焼き製の干支切符・記念切符を発売開始し、以後毎年発売され、
来年の干支である「巳」の陶器製の切符が発売されたので、その切符で乗車して来ました。 信楽焼の陶磁器で出来た切符です、サイズは「はがき大」です、来年の干支である親子の「巳」です。
コースは私の住む、奈良県三郷町から関西線の加茂駅で電車から「キハ120」形気動車に乗り換え、関西線柘植駅に到着、柘植駅から草津線の113系電車で貴生川駅に到着、同じホームの反対側から信楽線の気動車SKR310形に乗り換えて、登り勾配の連続信楽線で終点信楽駅に到着、駅では「たぬき」がお出迎えしていました。
月曜日の平日午後2時ごろですが、座席が満席になるほどの乗客でした。
終点信楽駅のホームには信楽焼の「たぬき」が勢揃いして、お出迎えしていました。
信楽駅前も駅の周辺も「狸」でいっぱいでした。
帰りの列車も2両編成でしたが、乗客も満席でした。
信楽高原鉄道の列車はワンマン運転なので後方確認のため、ホームにも車両にもバックミラーが付いている。 |
【地方の鉄道】
[ リスト | 詳細 ]
|
2012年11月5日
京都に住む親戚に用事があり、用事が済んだ後時間があったので叡山電鉄に乗ってきました。
京都には何度となく訪れていますが、この叡山電鉄には乗車した事がありませんでした、時刻は午後3時半、京阪電車で出町柳に到着、叡山電鉄に乗り換え初めての乗車です。
叡山電鉄は京阪電鉄の子会社で略称で「叡電」と呼ばれています。車両には(KEIHAN)のロゴマークが付いています、電車の窓から撮影したので鮮明な写真は撮れませんでした。
叡山電鉄の出町柳駅に停車中の700系電車。
途中ですれ違った800系電車、2両編成の出町柳行き、周囲は薄暗くなってきました。
903系展望車両電車(きらら)号、出町柳行き。
日が暮れて暗くなり始めた。
叡山電鉄の車両は急勾配区間での安全性やメンテナンス面から、すべて電動車、かつすべての軸が駆動軸であり、抵抗器制御と発電ブレーキの組み合わせによる制御、カルダン駆動となっている。車体においては無人駅での乗車券収集の便から車端に客用ドアが存在し(2両固定編成の800系、900系では連結面側は少し内側に寄っている)、乗務員室ドアが引戸となっているのも特徴です。
鞍馬駅に到着したら、すっかり暗くなり折り返しの電車で帰りました。 |
|
奈良盆地を走る桜井線と和歌山線には、105系ラッピング電車2両編成「万葉の四季」が走っています。この電車の車体には、万葉集の歌で有名な歌人、山上憶良、持統天皇、柿本人麻呂、穂積皇子、の歌が描かれています風流な電車です。
奈良県の王寺駅から和歌山駅まで通勤時間帯にも、「万葉の四季」電車が走っています。
電車の車体には「万葉集」で有名な歌人の歌が描かれています。
『万葉集』は、7世紀後半から8世紀後半ころにかけて編まれた日本に現存する最古の和歌集である。天皇、貴族から下級官人、防人などさまざまな身分の人たちが詠んだ歌を4500首以上も集めたものです。
王寺駅に停車中の和歌山駅行き「万葉の四季」電車。全国の電車の中で万葉集が書かれている電車はこれだけですね。 |
|
2010/10/06 撮影 |
|
2010/08/04 撮影 |



