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創作BL小説を書いています。
 玄関の開く音がして、幸樹の身体が離れていった。
「ゴメン……シャツ、涙で濡らしてしまったね……」
 幸樹の口付けの最中にも、涙の塩辛さを感じていたんだけど、それを言うのは少し恥ずかしかった。それに慣れないキスの直後の幸樹の顔を直視するのも面映ゆくて床に視線を落とす。
「いや、それは全然構わないんだけど……遼のお母様は出掛けたのか?」
「ああ、今日は母さんのテニスのレッスン日だ。朝ご飯は作って置いてあると思うけど……食べるだろ?」
 ウチの母は色々と趣味の集まりに出掛ける。一人息子に手が掛からなくなったから……というのが表向きの理由だったけど、神経質に見張っていられるより、放っておいてくれる方がとても有難い。息子の立場からすれば。テニスの教室の他にもカルチャーセンターやボランティアとか地元の政治家を応援する会なんかにも入っている。元々この辺りは保守系の政治家が強い場所で、最近の政党を断固として受け入れない。特に大阪では人気の有る政党に所属する議員さんには物凄く反発している。
「ああ、充分睡眠を取って、食事もキチンと食べた方が良いな。クリニックの予約、間に合いそうだし。オレは、順司からの報告待ちとか……ゼミの他の人とも連絡を取ってみようと思う」
 幸樹の言うことは、いつも正論だ。行きつけの菊地クリニックの先生も、いつもそうアドバイスをしてくれている。規則正しい睡眠に、食事と運動が一番なのだそうだ。それに朝の光を浴びるコトも。
 朝ご飯を食べて、玄関先まで幸樹に見送られる。そういうのは初めてで、頬が赤くなる。いつもは一緒に家を出ていたのだけれども、今回はクリニックに行ってから有吉さんのお見舞いに行かなければならないので、幸樹はウチの家で待機だ。幸樹の下宿先のマンションは逆方向だし、家に居て貰った方が時間の節約になる。玄関のポーチで佇む幸樹に向かって小さく手を振って家を出た。幸樹も小さく微笑んでドアを閉めてくれる。
 少し照れくさいような、でもとても幸せなような不思議な気分だった。
 菊地クリニックは徒歩5分だ。最後の夏を惜しむかのように住宅街の木々の蝉の声と、秋の気配を少し孕んだ風に吹かれて歩くのは、とても良い気分転換にはなった。国見君の件もどこか別の世界の出来事のような気がしてくる。ただの現実逃避だとは分かっているんだけど。
 他の街に住んでいる人に言わせれば、ウチ近辺は「自転車が走っていない街」なんだそうだ。K戸市のように山もない――だから坂もあまりない――緩やかな土地なのに、そう言えば自転車で走っている人もいない。みんなが徒歩か自動車だ。どこか寂しげに聞こえる蝉の声を聞きながら、駅前のビルの二階に行く。待合室でしばらく待つと、名前を呼ばれた。
「こんにちは。調子は如何ですか?」
 菊地先生は、どちらかと言うと心療内科とか精神科とかのお医者さんには見えない。俺の偏見かもだけど、精神科は内向的な先生が多そうだけれど、菊地先生は精力的でエネルギッシュなタイプに見える。ただ、待合室で精神錯乱を起こした患者さんを取り押さえたところも見たことがあるので、体力勝負な面もあるのだろう。
「あまり良くないです。戴いていたお薬では眠れないことが多くなってしまって」
 菊地先生は鋭角的な顔で俺の顔をマジマジと見た。目の中までを覗き込もうとする――精神的におかしくなった患者さんの瞳は数回見たことがあるので、きっと菊地先生は当然それを疑っているのだろう――観察的な瞳だった。
「それはいけませんね……。一時間経っても寝つきが悪いのですか?」
 紙のカルテの一番前を見ながら菊地先生は言う。ドラマとかではPCを使っているけれど、菊地先生は昔ながらの紙のカルテだ。
「寝つきも最悪なのですが……夢も良く見て……飛び起きてしまってそのまま朝を迎えたことも有ります」
 寝付けなくてなす術もなく朝まで過ごす絶望感は、味わったことのある人しか分からないだろう。
「何か、変わったことは有りましたか?試験は終わっていますよね?」
 ああ、菊地先生が一番最初の部分を見ていたのは、俺とか家族の学歴を見ていたんだなと思う。何でも、学歴が高い方がこんな症状になりやすいらしい。けど、幸樹の方がもっと賢いのに、幸樹が不眠に悩んでいる様子は全くない。多分、持って生まれた性質も有るんだろうな……。
「はい。実は同じゼミの友人が、次々と自殺しまして……それで少し悩んでいます」
 幸樹が聞きたがったのはこのことだった。
 菊地先生の鋭角的な顔がもっと怖くなる。
「ああ、練炭自殺の件……新聞に載っていましたよ?同じゼミの方ですか?」
 新聞に載っていたとは知らなかった。ただ、一人で『自殺』した中村や小山よりは扱いが大きくなったのだろう、多分。それにセンセーショナルだし。
「はい。それで先生にお伺いしたいのですが、自殺は伝染なんてしませんよ……ね。病気と違って?」
 菊地先生の顔がますます厳しくなった。もしかして俺の精神状態を危ぶんでいるのかも。
「ええ、自殺は伝染しません。池上君は何故そのように思うのでしょうか?」
「ゼミの合宿で一緒だった人達が次々に『自殺』しているのです……それで……もしかしてと思いまして」
 菊地先生は納得したような顔をした。
「ウチの患者さんで……精神錯乱を起こす一番の原因は、薬物です。覚せい剤などを密かに常用している場合には、手の施しようが有りませんね。そういうケースでは?それに色々と若者の間では合成の薬物も出回っています。躁状態になる若者も多いですよ?」
 先生は常識的にゼミの中でそういう薬物が出回っていると判断したらしい。
 でも、それは幸樹が強く西野警視正に否定していた。
「覚せい剤を打つとどうなるのですか?」
「まずは五感がとても鋭敏になります。それから名前の通り、ずっと起きていても――三日位ですが――平気になりますね?ただ、薬が切れた時には、どっと疲労感が押し寄せますが……」
「『妄想』は見ませんか?」
 中村や国見君が口走った『闇』という単語が気に掛かる。
「見ますよ?人によってまちまちですが……統○失調症のような妄想が心の中に巣くってしまいます……」
 統合失○症……国見君を診察したお医者さんが疑った病気だ。
「先生は、覚せい剤の常習者で……総合失○症のような症状が出ている患者さんを診たらどうされますか?」
 国見君の場合は、投薬だけだった。菊地先生は、無力感に打ちひしがれた感じで肩を竦める。「サジを投げる」というコトワザが頭を掠めた。じっと菊地先生の言葉を待つ。精神科の先生は同じ処置をするハズだから。










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「国見君が、遼のコトを意識しているのは……前から気付いていた。オレと同じ目をして遼を見ていたのだから。遼は全く気付いていなかったようだけど……」
 幸樹の口調は少し苦かった。
「そうなの?全然気付かなかった」
 国見君がそんな想いを俺に抱いてくれていたのはとても意外だった。
 幸樹が強い口調で俺を慰めてくれたお蔭で涙はやっと止まった。
「ああ、ただ、彼の性格からして積極的にアクションは起こさないだろうと推測していた。国見君から着信が有った時、直感的に最後の別れの電話だと思ったから。その場にオレが居ることを――だって、そうだろう?オレだって、『最期の電話』を遼に掛けたとしても、他に聞いている人間がいるなんて絶対に嫌だし――国見君も知らない方が良いと思って、敢えて筆談にした。正解だったみたいだけど……でもさ、練炭自殺をした五人や中村は『何か』から逃れようとしていたのは間違いはないな。国見君は密林のジャングルの中をマラリアに罹りながら逃げている『妄想』を抱いているようだったし。何か第二次世界大戦の時の日本兵みたいだ。練炭で『自殺』したヤツらも、何かからの恐怖を感じての行動に違いない。中村も『闇が』と言っていたし……戦争がらみの『妄想』を抱いているのかもな……」
 俺も幸樹の背中に手を回した。広い背中の感触に少し安心する。国見君の症状って、マラリア患者さんの症状だったのかとやっと納得する。納得はしても疑問はたくさん残っていたけど。
「そんな……幸樹からの『最期の電話』なんて、絶対に受けたくない。何が有っても守ってくれるんじゃなかったのかよ?」
 幸樹も俺の背中を抱きすくめた。
「ああ、その積りだけど……何が起こるかはまだ分からないだろう?ただ、全力は尽す。それに最悪の事態が万が一、起こってもオレは遼の傍にずっといるから」
「うん……」
 涙でぐしゃぐしゃになっているだろう俺の顔を上に向けた。
「やはり、上野教授が合宿中に言っていた戦争の講義を思い出すよな?」
「そうだね……国見君の症状って精神病ではないのかな?」
 ああ、ああいう具体的な『妄想』っていうケースは稀にしか報告されていない。国見君だって、別に軍事マニアでも戦争マニアでもなかった……だとしたら、あんな『妄想』は浮かばないハズだ。それに合宿の一週間後からおかしくなっている。それに、有吉さんだってそうなんだろう?個人差はあるみたいだけど、皆が『自殺』しているのは事実だ。それに統合○調症の薬を飲んでいた国見君がああも簡単に死を選ぶとは、とても思えない。御父様も当然、息子の症状をその医師から聞いているハズだし」
 幸樹の掌がゆっくりと背中を辿っている。
「ねえ、国見君が言っていた『要らない子供』ってどういう意味なんだろうね?」
 幸樹は遣る瀬無さそうな吐息を零した。
「国見君の家は多分、大きな病院を経営なさっているのだろう……。精神科まで有って、お父様は別の科の医師だろうし。そういう家に生まれた人間は周囲の『医学部に行け』というプレッシャーが物凄いんだ……オレの高校でも医者の息子はたくさん居たけど、皆必死で勉強していた。まぁ、ウチの高校は皆が死にもの狂いで勉強するヤツばっかりだったけど……医学部志望の人間は特にひどかったな……国見君の場合、浪人してウチの大学に来たみたいだけど……多分、両親は幼い頃から『医学部に行け』と言い続けていたのだと思う。それが叶わなかったから――多分、『両親を失望させた』との自責の念が強かったのだと思う。医師の息子、それも大きな病院ほど『医学部への呪縛』は大きい。そういう人間はウチの高校にもたくさん居たから良く知っている」
 幸樹の口調はとても断定的で、ただ、幸樹は東京の有名進学校出身だから、周りにそういう人間がたくさん居たのだろうなと思う。
 ウチなんて、しがない会社の経営者だから俺の学歴にはあまり拘っていなくて、受験の時もウチの大学じゃなくて、もう少し偏差値は低いけれども、良家の子女の多いK南大学でも良さそうだったし。
「そうなんだ……でも、国見君の死も『自殺』として片づけられちゃうよ……ね?」
「ああ、しかも息子とはいえ、部外者に塩化カリウムなどという『劇薬指定』の薬物を持ち出されたのが分かったらその病院も大変なダメージを受ける。御父様が死亡診断書を書かれると思うけど、『塩化カリウムによる自死』にはならないだろうな。必死に隠蔽する可能性が極めて高い。それに、鍵の掛かった密室で塩化カリウムを注射して……なら他の可能性なんて絶対に考えられないだろう?電話していた遼だって、国見君の会話の内容にこそ驚いただろうけど、殺人だとは思わないだろう?殺人事件なら警察は介入可能だが、『自殺』なら無理だ」
 俺は、その時の様子を思い出し背筋が震えた。 
「ねぇ、キスして……欲しい」
 何だか自分でもよく分からない衝動だけど、幸樹の存在を唇でも感じたい。こんなにショッキングな電話と、その後のお母様の悲痛な悲鳴が忘れられない。でも、幸樹の唇を俺の唇で感じたらいくらかは緩和されるだろう。
 そっと、幸樹の端整な顔が斜めになって俺の顔に近づいて来た。
 唇に幸樹の息が掠める。『まだ』俺達は、自分を見失っていない。
「絶対に、守るから……」
 誓うような囁きと共に、唇が重ねられた。少しだけ唇を開いて、尖らせた舌を出して幸樹の薄い唇の輪郭を確かめるように辿った。
 幸樹の舌が俺の下に絡んで来て、少し唇を離して舌の先端部分を擦り合わせる。
 もう、何もかも忘れて、こうして幸樹の舌の感触に背筋を震わせていたい。幸樹の視線が俺の顔に当たるのを感じて、そっと目を開く。
 視線と舌を絡み合わせて、お互いの背中の熱を感じながらのキス。
 普段は外気に触れることがない舌を出していると、妙に感じてしまう。幸樹のリードに従って、舌全体で幸樹の舌を感じる。
 湿った水音が朝の空気の中に響く。緊張で強張った身体が舌の先から幸樹の存在の確かさを感じて、徐々に解れていった。










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 スマホを握ったまま茫然と涙を流し続ける俺の肩に幸樹の腕が回されて、広い胸に抱きすくめられる。
 俺は幸樹のシャツに涙の雫を零しながら宥めるように背中を撫でまわされて……。幸樹の温もりを感じながら、ただ静かに嗚咽の声をシャツに埋めるしかなかった。
 嫌というほど見慣れたハズの自分の部屋の床に座って、ただ、幸樹の胸のシャツ越しに伝わる幸樹の心臓の音と背中に回された腕の熱さを感じていた。
 自分の部屋にいることすらも何だか不確かな感じで……。傍に幸樹が居なければ、俺もどうにかなりそうだった。
 幸樹はアイパッドを床に置いて、慌ただしく右手でスマホを操作している。左手も使った方が絶対に早いのに、敢えて俺の背中に回された腕はそのままだった。
「国見君のお宅ですか?K学院大学の法学部二回生の学生で、ゼミが一緒の高寄と申します。今、国見君から、自殺をほのめかす電話が掛かってきたもので……至急確認をお願いしたいのですが……?」
『そんな……っ。まさかっ……。いえ、直ぐに見て参りますっ』
 お母様らしいその声は動転していて、受話器はそのまま持って廊下を慌ただしく走る音が聞こえて来る。多分、お母様は幸樹の説得力の有る口調以外に、思い当たることが有ったかのような切迫感だった。
 幸樹のスマホは昨日からずっと、スピーカー機能のままだった。
 息を詰めて成り行きを確かる。幸樹の心臓も拍動が早い。
 ただ、俺を励ますようにずっと背中を撫でていてくれる。
『ドアの鍵がっ……タエさんっ!どこにいるのっ?……タツキの部屋の合鍵を持って来て頂戴っ……』
 激しくノックをする音と、廊下を慌ただしく走って来る音が聞こえる。
『お願い、タツキ……ドアを開けて頂戴……聞こえないのっ』
 ノックの音とお母様の声が虚しく響く。
『奥様、これでございますかっ?』
 タエさんというのは、多分家政婦さんなんだろうな……とぼんやりと考えながら、幸樹の胸に涙を零していた。国見君の下の名前が「タツキ」っていうことすら知らなかった薄情な俺に最期の電話を掛けて来てくれたこともまだ信じられない。ドアを開ける音が聞こえて来た。
『タツキっ……』
 お母様の声が悲鳴のようだった。
『お願いっ……息をしてっ!』
 絹を引き裂くような悲痛な声が俺の部屋にも響く。
 やはり……という思いと、まさか……という思いが一緒に込み上げる。
『奥様、タツキ様の脈を……それから旦那様にお電話なさって下さいませ』
 お母様の声とは違う――多分家政婦さんなんだろう――声の方が幾分冷静だった。
『すみません。高寄さんと仰いましたか?着信履歴は残っております。後ほどお掛けして宜しいでしょうか?』
 言葉遣いこそ丁寧だったけれども、物凄い早口でそう言われて、最悪の事態を否応なく思い知らされた。
「もちろんです……お待ちしております。いつでも構いませんから、是非お電話下さい」
 俺よりもずっと聡い幸樹も全てを察したようで、静かな声に哀悼の気持ちがこもっている。
 乱暴に通話が切られた。誰だって自分の息子が――多分、国見君は俺達が思っていた通りのやり方で自殺をしたに違いない――そんな姿になっていたら取り乱すだろう。
「この番号だとA市だな……畜生……西野警視正の管轄外だ」
 アイパッドの名簿の欄に沈痛な目を落としながら幸樹が呟いた。「畜生」という下品な悪態を幸樹が使ったコトはない。幸樹もきっと俺と同じ思いをしている。
 スマホを置いた手が俺の肩に回された。
「遼……思いっきり泣いた方が良い……良く頑張ったな」
 幸樹の腕の力が強くなる。俺は頬を幸樹の胸に強く押しあてて泣き声を高めた。
 嗚咽の声を漏らし続ける俺の背中と後ろ髪に幸樹の指を腕の力が俺の大きく波立った感情を鎮めてくれる。
「幸樹……国見君はやっぱり……?『自殺』?」
 ひとしきり泣いてしまうと、やっと『日常』が戻ってきたようで。
「ああ、塩化カリウムは拮抗する薬はないから……」
「『きっこう』って?」
 どんな字を当てるのかさえ分からない。ただ、20ミリリットルの塩化カリウムを注射するのがオランダでの安楽死の方法であることは知っている。知識の上のコトだけで、まさか本当にそんな方法で死ぬ人が、身近に出るとは思わなかったけど。
 幸樹の両の腕が背中に強く回された。まるで俺を守ろうとするみたいに。
「つまりさ、解毒薬がないんだ……」  
「そう……。ねぇ、幸樹は国見君が……最期に……俺と話したがるコト分かってたみたいだけど……?それにお薬のコトも聞いていたよね?あれは何の薬なのか、眠剤以外は分からないや」
 広い胸に縋りながら、疑問に思っていたコトを口に出す。何か喋らないと俺までもおかしくなりそうで。
「ああ、あの薬はみな『統○失調症』に使用される。ドグマチ○ルは、うつ病でも使うケースはあるが、量はずっと少ない。『密林の闇』という『妄想』が国見君を襲ったと医師は判断したらしいな……。『妄想』が起こるのは『統合失○症』だと判断したのだろう……ウツ病の場合、『妄想』は伴わないのは遼も知っているだろう?」
「うん、知っている。でも……密林の『闇』?」
 朝の光を浴びていて、その上幸樹に抱き締められているというのに、「闇」という言葉を聞くと、背筋に不快な氷の塊が滑り落ちていく。
 震える俺の背中を幸樹が力強く抱き締めてくれる。
「大丈夫。俺はずっと遼の傍に居て、遼を守る……何が有ってもずっと」
「約束だよ?」
「ああ、約束だ」
 幸樹の口調には自分に言い聞かせるような響きを感じた。
 きっと、幸樹は俺を守ってくれる。そう思うと震えも少しはマシになる。
「闇」というキーワードに何か意味が有るのだろうか?有るんだろうな……。
 菊地先生に色々聞いてみようと、それまで忘れていた診療時間のことが気になって背後の時計を見る。
 あれから随分時間が経ったように思えたけど、実際は50分しか経っていない。
 それに幸樹は国見君が俺と話したがったのも察していて、そちらの方も不自然と言えば不自然だ。だって、現実処理能力に長けているのは幸樹なのだから。
 俺なんて、国見君の下の名前すら知らなかったのに……。そのことに罪悪感を感じてしまう。










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 深く愛して、そして深く愛されていた余韻で甘く蕩けた身体を青いシーツの上に横たえた。
「二度手間を掛けさせてしまったな……」
 平日の夜なのに、理性の制御が出来ずに愛情のまま振る舞ってしまったことを少しだけ反省した。
「いえ、私の身体の上であんなに情熱的で奔放なダンスを披露して下さったのですから大歓迎ですよ。それに聡の花園の奥処まで洗い流すのは私の喜びでもありますし」
 祐樹が着せてくれたパジャマを祐樹の指でボタンを三つ外した。
「この慎ましやかなルビーの煌めきとか手触りは最高です。この位は平気ですか……」
 羽毛の軽やかさで弱い場所の輪郭を辿られる。
「その程度なら平気だ……。むしろとても気持ち良くて……安心出来る……」
 薔薇色のシャンパンの泡のような細かい悦楽にため息を零しながら眠りの砂を撒かれたように幸せ色の睡眠の国へと入りそうな予感を抱きつつ祐樹の唇にお休みのキスを落とした。
「お休みなさい。薔薇色の夢を見て下さいね……」
 腕枕をしてくれようとする優しい恋人の手を幾分残念な気持ちで拒んだ。
「ああ、そうでした。こういうのは休日限定でしたっけ……。だったら今夜はこちらを堪能します」
 さざ波のような優しい愛撫を胸の尖りに受ける幸福感に包まれて眠りへと落ちていった。
 午前中の手術終了を告げて、スタッフ一同を見回した。祐樹の凛々しい顔とか輝く眼差しがないのは残念だったが、それはそれで仕方ない。祐樹も第二手術室で執刀中なのでそちらの方が気になってしまう。祐樹のことだから昨夜の疲れが残っているようなことはないだろうが。
 教授専用の控室に入って身支度を整えながら第二手術室のランプが「手術中」の表示を示していたのでふと思い立ってモニタールームへと向かった。自分の分はもちろんのこと祐樹執刀分の手術データーは全て把握していたし――何しろ心臓外科医として執刀しているので責任者は自分だ――何事もなければ祐樹の腕ならあと三十分で手術は終了するハズだった。
 今日の手術スタッフには柏木先生の奥さんも加わっていたのでわけを話して攝子と鉗子を分けて貰ってポケットに忍ばせてある。練習しないと折鶴勝負に負けてしまいそうだったので。
「お、香川教授。今日の手技は最高だったぜ!最近稀に見る出来の良さだ。もちろんいつも秀逸過ぎて素晴らしいが、その中でも更に卓越した見事な手技だった」
 モニタールームの中に居た桜木先生がフランクな感じで声を掛けてくる。悪性新生物科も確か手術中のハズだが、手術職人と畏敬の念を――心ある外科医には――抱かれている彼の出番のない「簡単な」手術なのだろう。
「有難う御座います。第二手術室の様子が気になって来てみたのですが」
 桜木先生が傍若無人な感じで占拠しているのはそちらのモニターの方だった。他は医学部の学生達なのだろう、恭しい視線は感じるものの話しかけてくる感じでもない。
「田中先生か……。あの先生は絶対に伸びると思っていたが予想以上だな。香川教授と異なって天才肌だろう?手術の数をこなすたびに10倍増しで上手くなっていっている。どこまで突き抜けるか物凄く期待している。
 ああ、そういえばいつだったか明石教授が田中先生の手技を見にいらしていたぜ?あの先生も物凄く満足げだったが」
 モニタールームから見下ろす祐樹の手技は大胆さと繊細さが精妙に混じり合った素晴らしい指捌きで見惚れてしまう。
「明石教授も……ですか」
 自分を国際公開手術に推薦してくれた日本の医学界の重鎮でウチの客員教授も務めている人で、祐樹も彼に手技を習っていたし後進の指導とか日本の外科全体の向上にも熱心な人なだけに教え子の一人が気になっていたのだろうが、明石教授を満足させるレベルにまで達していたことは自分のこと以上に嬉しかった。
 あの先生も「世界的レベル」を知る数少ない大学病院所属の外科医なので、尚更のこと。
「ああ、何でも外科の医局がそれぞれ研修医を出して腕を競わせるらしいな。ウチの研修医はヤブなので全く期待はしていないが、脳外科に清水って研修医は居なかっただろう?余所の病院から入局したのか?」
 祐樹の思っていた以上に秀逸な手技を惚れ惚れと眺めて心が躍った。
「桜木先生でもそんなことが気になるのですか」
 祐樹の手技見物――桜木先生唯一の趣味兼娯楽だと聞いている――を止めてまでそこいらに有ったと思しきコピー用紙とボールペン片手で何やら熱心な感じだった。
 医局の研修医の――しかも手術でもない――攝子や鉗子捌きの披露は桜木先生には興味のない範疇の催しだと思ったが違うのだろうか。医局にも病院に対する忠誠心もそれほどないことは地震の時にはっきりと分かったので、桜木先生がこれほど興味を示すのかが謎だった。











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◇◇◇


少し前に読書が趣味(腐った本もそうでない本も含めて)とか書きましたが、最近はBLゲームにもハマっています!
小説書くのも趣味ですけれど、他人様が書いたモノの方が新鮮味も有って面白いのです。
コメやブログ記事、そしてランキングクリックがなければ多分そちらの誘惑に負けてしまいそうです〜!!こちらに引き止めて下さって有難う御座います。
少し暖かくなってとても嬉しいのですが、早く春にならないかなと。
明日も寒くなりそうですね。お身体くれぐれもご自愛下さい。




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 藤棚の方へと方向転換しつつ、画面を忌々しく見詰めてから電話に出た。
『斉藤だが、いや忙しいのに済まないね』
 済まないと思っているなら電話なんて掛けてくるな!と思いつつもそんなコトは当然言えない。
「いえ、こちらこそ状況報告の電話を怠ってしまって申し訳ありませんでした」
 繋いだ指から震えが伝わってきて、先程よりも体温も下がっているような感触だった。
 最愛の人が砂場で子供達のためにお城を作っていて、それを見ながら藤棚で呉先生と喋っている時にでもさっさと電話をしておけばと心の底から後悔した。
『で、どうだね……香川教授の容態は?どうも気に掛かってしまってね。真殿教授の制止を押し切って掛けてしまったよ……』
 真殿教授は呉先生と大喧嘩した精神科の教授だし、祐樹も全く縁がないので知らない人だが、斉藤病院長は精神科医の判断ではなく――元外科医なだけに短気なのだろうが――自分の職務を優先したのだろう。病院長の立場にある以上間違ってはいないし、それを責める積もりもなかったが余りのタイミングの悪さに唇を噛みしめた。
「呉先生の努力も相俟ってお蔭様で一進一退です。快復しつつあるものの……万全ではないですね」
 「一退」させたのはお前の電話のせいだ!と言いたくても言えない。
「祐樹……電話を替わって欲しい」
 繋いだ手はそのままで電話に出たので当然なのだが、祐樹の空いた耳へと最愛の人の張りつめた囁きが氷点下の冷たさのようだったのも、砕けた心の欠片が魂を突き刺して鋭い痛みを伴っている。
 一瞬躊躇したものの、律義で真面目な最愛の人の性格は良く知っていたので仕方なく頷きを返した。
「今、教授ご本人と替わります。ええ強い御要望で……。しばらくお待ちください」
 携帯電話を手渡した指先が痛々しく震えているのを見て燦々と降り注ぐ日光の下に居ながらも心は漆黒の闇の中にいるような錯覚を覚える。
「香川です。ご心配をお掛けして誠に申し訳ありません。病院長を始めとして皆様に本当にご迷惑をお掛けしたことをお詫び申し上げます」
 先程の涼やかな瞳の煌めきとはまるで異なった昏い深淵を覗きこむような鈍い光しか湛えていない眼差しとか祐樹の携帯を掴む指先の痛々しい震えを目の当たりにして背筋に冷たい汗が滴り落ちる。
「え?いえ……それは……。ご配慮には感謝致しますが……ただその件は現場の判断に委ねて頂きたいです」
 よりいっそう震えが激しくなった長い指や昏さを増した表情で何を言われているのか分かってしまう。
 アイツの隠し資産の件を森技官が斉藤病院長に教えたのだろう。それは想定内だったが斉藤病院長は多分「病院に損はないので、手術を休め」と「厚意」でアドバイスしたに違いない。
 患者さんの迷惑にならないという大前提があるものの、最愛の人の矜持の根源は「手技」なので出来れば取り上げて欲しくはなかった。
 斉藤病院長と最愛の人は価値観の根底が異なるので分かり合えないのも無理はないのだが。
 祐樹としては繋いだ手を深く強く絡めて力付けるようにエールを送ることと藤棚に早く着けるように足を速めるしか思いつけないのが自分でももどかしい。
「いえ、有給休暇の問題ではなくてですね。お気遣いは大変有り難いのですが……」
 斉藤病院長は「善意」で言ってくれているのだろうが、最愛の人の性格を全く分かっていない。良い意味で「政治家」の病院長とは異なってフライドの根源がある意味特殊な最愛の人のことを理解出来るのは手術職人と異名を取る桜木先生だけなのかもしれない。
 指の震えがこれ以上酷くならないうちにと携帯電話を半ば無理やり手に戻した。
「詳細は呉先生のスマホからお掛けいたしますので、数分お待ちください」
 返事も聞かず通話を終了させた。
「病院長は手術を休むようにと……。有給休暇を使っても良いので職務から離れろと……しかし、私は……」
 蒼褪めて震える唇や、なまじ整っているだけに却って精巧な人形のような無機的な綺麗さが周りの温度と湿度を下げていく。
「分かっています。貴方の精緻極まりない手技をどれだけ誇りにしているのか、貴方のお気持ちは痛いほど。だから、黒木准教授に手術室に入って貰って、彼が無理だと判断したら私が貴方の手の代わりをします。
 ただ、ギリギリの時間になるまで二人で一緒に足掻きましょう。恰好悪くても良いではありませんか?
 貴方の手技だって他人から見れば称賛の念しか抱かないでしょうが、学生時代からずっと血のにじむような努力の成果ですよね。私は貴方のそういう陰の努力も分かっている積もりです。孤独な研鑚ではなくて……二人で一緒に支え合えばきっと更なる高みを目指すことが出来ますよ。
 貴方はもう一人きりではないのです。ずっと私が付いていますので。公私に亘って」
 気持ち全部を伝えきれないもどかしさの余り震える指を更に強く握った。
 蒼褪めて強張った表情は今にも割れそうなほど張りつめているのも魂が鋭い痛みを伴いつつも内心を押し隠して無理に励ますような笑みを浮かべた。
 今回の諸悪の根源でもあるアイツ――とその家族――は資産を誇りにしていたような感じだし実際の社会でも資産の有無は世間の評価も異なるだろう。銀行だって土地などの担保か有る場合とない場合だと金利すら異なるので多くの人は幻惑されているようだが。ただ最愛の人の場合、アメリカ時代に築いた莫大な資産を仮に全部失ったとしてもこんな精神状態にはならないだろう。人によって弱点が異なるのは当たり前だし「資産」に重きを置く方が一般的かもしれない。その点斉藤病院長の価値観が普遍的で、最愛の人が特殊なのかもしれないが、そういう点を含めて大好きだし守りたいと思った。果たされなかったのは祐樹の未熟さと読みの甘さだったが。
 森技官もアイツ――とその家族――が資産を大切にしているからこそ、まずそこを削ることに奔走しているわけで「あの」森技官なら弱点が他に有ると判断した場合は即座にそちらに照準を合わせるだろう。
 休日に二人で観た映画「タイタニック」でヒロインの婚約者かつ敵役の成金富豪は、恋人をヒーローに取られて逆上はしたものの、自分の命の方が大切で結局はそれを優先した。しかし、世界大恐慌が起こって資産が無くなった時に自殺したとヒロインが新聞で読んだというくだりがあって「財産なんてまた築けば良いのに」と不思議そうな笑みを浮かべていた最愛の人の綺麗な笑みを思い出してしまう。ただ、あれほどヒットした映画なので一般的な価値観ではそちらの方が正しいのかもしれない。
 第一線の外科医という矜持の方が遥かに大切だろうし――それに混濁した意識で口走った最愛の人のもう一つの弱点である「性的経験値の低さ」に対する密かな劣等感も精神に打撃を与えてしまっているようだが、そちらに関しては祐樹が今後フォローに回るしかない――実際外科医としての確かな手技さえあれば別に生活水準を落とさなくても充分豊かに暮らせるだけの収入は得ているので別に痛手ではないのだろう。
 アイツの場合は――狙ったわけではないにしろ――結果的には最愛の人の弱点を的確に衝いてしまったのでタチが悪すぎた。
 それに斉藤病院長の電話も「善意ある悪意」としか思えないタイミングだったし。
 舌打ちしそうになって慌てて表情を取り繕った。
「どうかなさいましたか?
 私に話して気が軽くなるようでしたら、どんなことでも承りますよ」
 呉先生がスミレ色の笑みに怪訝な煌めきを加えて穏やかな口調で迎えてくれた。二人の表情とかただならぬ雰囲気は精神科医でなくとも分かっただろうが。
 最愛の人の震える指先を見て細い眉を気遣わしそうに微かに顰めていたが。











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◇◇◇


少し前に読書が趣味(腐った本もそうでない本も含めて)とか書きましたが、最近はBLゲームにもハマっています!
小説書くのも趣味ですけれど、他人様が書いたモノの方が新鮮味も有って面白いのです。
コメやブログ記事、そしてランキングクリックがなければ多分そちらの誘惑に負けてしまいそうです〜!!こちらに引き止めて下さって有難う御座います。
少し暖かくなってとても嬉しいのですが、早く春にならないかなと。
明日も寒くなりそうですね。お身体くれぐれもご自愛下さい。




最後まで読んで下さいまして有難う御座います。

        こうやま みか拝

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