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創作BL小説を書いています。

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「ま、アイツはオレ達と違う人種だと本能的に感じたな。香川教授の身辺を守ってやってくれ。
 あんな」
 恐る恐るといった感じで入室して来たのは呉先生だった。桜木先生は「アイツじゃなかった」という安堵感めいた感じを滲ませて、無精ひげに手をやって大きな画面の方を傲岸そうな顔を向けた。
 第一手術室の全景が映っているモニターには、祐樹が心の底から守りたいと思っている人が流れる水よりも鮮やかで繊細極まる手技を披露している。
「あの手を、そしてあの存在はオレにとっても憧れの的だし、あんな井藤達也ごときにどうかされるなんて有ってはならないことだろ?
 ま、だからこそ、今日のオペの助手の座を蹴ってまで、田中先生がここに出張って来たのだろうが、よ」
 桜木先生の意見は多分病院の総意のハズだった。
「ちなみに、何故井藤の名前をお知りになられたのですか?」
 桜木先生も優秀な――院内政治などには全く興味を示さない病院内という特殊な空間では変わり者扱いをされているが――外科医なので、興味のないことには一切の関わりを持たない傾向が強い。外科医にはありがちなことだったが。
「そりゃ、あんな変態チックな目で香川教授の手技ばかり見ているヘンな――ま、オレにヘンと呼ばれると皆が怒るだろうが――ヤツがいたら誰だって警戒心を覚えてIDカードくらい見るさ。脳下の研修医と書いてあったでいっそう不審感を抱いた。心臓外科医だったら、まだ話は分かるんだが。香川教授の医局じゃなくても、外部の医師が見学に訪れることだって良くある話だし。
 まあ、病院長様直々にそういうVIPを連れて来た時に、井藤と良く似た感じで眺める人間も、稀とはいえ存在することは事実だからな」
 桜木先生の話は祐樹にとっても初耳のことも多かった。病院の看板教授でもあり、世界的水準の手術を見学したいと、病院長に言って来る国内外のそれなりの地位に居る医師が存在することは知っていたし、そういう人間が医局の有能な部下を連れて見学に来るというのも至極尤もな話だった。
 最愛の彼は確かな実績と名声が高まるにつれ――海外では既に有名だったし、心臓外科医の間では周知の名前だったが、普通の仕事に就いている日本人にまで浸透していたわけではない――手術希望者が国内外から殺到しているので、一日に二人から三人の手術が「普通」で、しかもそれが殊更「苦」とも「特別」とも思っていないのが彼らしいが――祐樹も最愛の彼に付いて厚労省に行って他の大学病院の心臓外科の手術の回数を聞いて「そんなに少ないのか」と思ったことはあった。
 だから、手術のない日に出張扱いで見に来る心臓外科医が居ても全くおかしくはなかった。そして井藤が見るような目で手技を見る医師が「稀に」とはいえ存在することは初めて知った。
 ただ、そういう「病院長に筋を通して見学に来る」というごくごく普通の手段を行使したのだったら、所属している国立か私立かの大学病院とか、大病院の看板心臓外科医としての矜持や背負っている――下手をすれば、ウチの病院だけでなく厚労省まで敵に回すことになるのは皆織り込み済みだろう――ので無闇なことは出来ないハズだ。森技官と最愛の彼の水面下での交渉内容が「医局の慰安旅行」という極めて細やかかつごくごく私的な目的だったことは森技官を除けば祐樹しか知らない事実だったが、厚労省の招聘を頑なに断り続けていた最愛の彼が厚労省に定期的に顔を出していることを知らないような心臓外科医は一流とは目されないので「手技に淫」している目で見たとしても、自分の立場を弁えて行動するだろうし、それに皆が皆井藤のように狂気に満ちているとは考えにくい。
「あちらは、後何時間くらいかかりそうですか?」
 呉先生に視線とジェスジャーで「すみません。あと井藤はいない」と伝えてから脳外科の祐樹が見ても大惨事の手術――医療過誤が起こらなければいいと心配するレベルだ――と、高原の清い流れのせせらぎの音すら聞こえてきそうな見事な手さばきの手技に見惚れながらも無理に視線を大惨事の方へと向けた。
「ん?脳下の方か?事故らなきゃ、後三時間程度だろうな……。ったく、見ていてイライラする」
 祐樹も同感だったので大きく頷いて、各手術の予定表を――もちろん脳外科の執刀医はドタキャンというか雲隠れした戸田教授の「執刀」と表示されている、多分医局は対応に大わらわだったハズで手術室への変更届まで手が回らなかったらしい――見て、眉根を寄せてしまった。
 人間は落ち目の時に本性が出ると何かの本で読んだ覚えがあるが、戸田教授も手技がメインで教授職に就いたので、午後も戸田教授の手術予定が入っている。
 もちろん、白河准教授がピンチヒッターで入るのだろうが、そうなれば医局内クーデターの計画を粛々と練るまではいかないだろう。午前中に終わるべき手術がずれ込んで、午後の手術開始が遅れてしまう――麻酔医や技師、手術室のナースには大迷惑だろうが――のはほぼ確実だった。
 戸田教授に昨夜内に詰め腹を切らせるべきだったのに、と思っても後の祭りだった。他の医局のことを干渉するのは病院のタブーだった――祐樹もバレなければ法律の範囲内で何をしたって構わないとは思っているので、不文律を犯すことに抵抗はあまりなかったが――病院のことを優先して考えた結果、怒り狂っているハズの内田教授に白河准教授の軍師役でも振ろうかと真剣に思ってしまう。何しろ、内田教授の方が圧倒的不利なポジションに居ながら鮮やかな手段で医局内クーデターに圧勝した実績の持ち主なのだから、喜んで手を貸してくれるに違いない。
 ただ、手術予定が入っていることから、白河准教授の行動も自ずから制限されるのは痛すぎる事実だった。
 祐樹が白河准教授のもっと密な相談役を務めた方が良かったかもしれないものの、それをしてしまえば肝心の狂気の研修医井藤を更に野放しにするのと同義で、最愛の彼の身を守るという最も重要なことが後回しになってしまう愚は避けたいところだった。
「有難う御座いました。ではまた」
 桜木先生に礼を言ってきびすを返した。
「井藤は居ないですね。昨日は居たようですが。森技官がそう仰っていましたから事実でしょう」
 森技官だってしれっとウソをつく「良い」性格の持ち主だったが、肝心なことは絶対話してくれるし、この件に関しては祐樹の期待以上に目覚ましい働きぶりを見せてくれているのは有り難い限りだった。
「それはおかしいですね……。あのう、外に出ませんか?重要なお話があるので」
 呉先生の野のスミレのような顔が菫色に蒼褪めているのは手術をモニター越しに見ただけだろうか。呉先生が「重要」と判断した件についても懸念は尽きない。











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大変申し訳ありませんが、今日は一話のみ更新しか出来ません。本当にすみません。



最後まで読んで下さって有難う御座います。
                            こうやま みか拝

この記事に

  • こんばんは。更新ありがとうございました。

    腐れ雑巾の他にも、麗しの教授を邪な目で見ていたアホたれが居たのですか!
    許せん!!
    もう、教授のオペの見学は、事前に精神鑑定を受けることを義務付けた方が良いと思います!
    ヘンタイ医者は地獄へ堕ちろとか思います。
    桜木先生も、そういうことは、もっと早くに教えて下さらなくちゃ!
    まったく手術バカなんだから(;´д`)

    野のスミレが気づいた【重要なこと】って何だろう…?
    気になる…気になる…気になる…
    呉先生!早く喋って!!

    [ ルナ ]

    2017/9/2(土) 午前 1:13

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