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創作BL小説を書いています。

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「今日の予約患者様は午後二時からなので、それまではゆっくりして下さって構いませんよ。同居人ももう先に来ている時間帯ですので」
 旧館の古い由緒のある建築様式に暗澹とした心が少し落ち着いていく。
 機能重視の新館とか知らない人が見たら宇宙船のようなAiセンターとは空気の色も異なるようだし、むしろ祐樹の勤務先はそういう場所だったので、束の間の別世界のようだった。
「看護師さんはいらっしゃるのですよね?」
 精神科の教授と大喧嘩した呉先生が立ち上げた小さな城には、医師一人、看護師一人というこじんまりとしたシロモノで、普段祐樹や最愛の彼が呉先生の城を訪れる時は日勤看護師の勤務時間が終了しているので滅多に顔を合わせないが、この時間なら勤務時間のハズだった。
「彼女は午前の予約患者さんがいらっしゃらないので、半休を取得しています。だから午後からしか出勤しませんよ」
 呉先生の可憐に動く唇を何気なく見詰めながら、人に聞かれる心配はないことにも安堵した。
 病院内のウワサの伝播力は凄まじいモノがあることは知悉しているので。
「田中先生、お疲れ様です」
 ドアを開いて室内に入ると、森技官が当然のような涼しげな顔をして呉先生のデスクに陣取っていた。まあ、森技官の傍若無人振りは今に始まったことではないが。
「いえ、森技官こそ、今回の件では全面的に協力戴き誠に有難う御座います。しかも麻薬取締官だけでなく、警察まで動かして下さるとは……」
 「コーヒーを淹れますね」と小声で囁いた呉先生は祐樹に弁護士の件を話せと言う感じの目配せをして水回りの方へと静かに歩み去った。
「いえ、私は国のために働いていますので。
 香川教授は病院の至宝でいらっしゃいますが、我が国の医療界――これは当省の管轄です――に取っても余人を以て替え難しという、いわば国の宝でも有ります。そのような肩をお守りするのは当然の務めです」
 また壮大なタテマエというか綺麗事を……と内心呆れてしまっていたが、良く考えてみると、森技官が「個人的」な――つまり、今コーヒーの良い匂いをさせている呉先生の心と身体を自分のモノにする「目的」で――でっち上げた最愛の彼の手術ミスの画像は、祐樹だけではなく通称香川外科所属の医師の誰もが捏造に気付くレベルの杜撰さだった。知り合った当初は反発しか覚えなかったため、深くは考えていなかったが、呉先生の外科アレルギーを前以て知っていれば――いや用意周到な森技官なので当然調べたに違いない――手術の画像を疑うことなしに信じるのは呉先生一人だけだろう。実際に、被害は最小限に絞られている。祐樹はでっち上げの画像を見て逆上したものの――他の医局員も同様の反応を示すだろうが――最愛の彼は笑ってスルーしていた。自分が実際に手技でミスをしていないから別に構わないというスタンスだったのだろうが、もしかしたら最愛の彼の性格まで事前に調査して読み切っていたのかも知れない。
 それに厚労省の(当時の)ナンバー2が最愛の彼の唇に乱暴狼藉を働いた時も森技官は活き活きと追い落としの――最初は渋ってはいたものの、あれも彼のポーズかも知れない――作戦を練ってくれたし、実際成功していた。あれだって考えようによっては厚労省の上部の人間の不始末をあれ以上拡大させないようにという目論見が有ったような気もする。
 ああいう「特殊な上に特殊な性癖」を持つ人間――しかも国家権力まで握っている――は放逐するに越したことがないのは、祐樹の病院から井藤を何とかして排除しようとしている取り組みに似ていなくもない。現在は戸田教授や脳外科の医局が混迷の度を深めて正直上手く行っていないのは計算外だったが。
 森技官が本当のことを言わないのは彼の腹に一物どころか何物もある性格上ありがち過ぎて本音は分からないものの、意外と「国のため」というのは本音かも知れない。
「井藤達也の父親の指図と思しき『烏丸弁護士事務所』の角松弁護士という人が、東京に私立病院を建てるとのことで」
 呉先生も森技官からの電話を受けていたのである程度のことは報告しているだろう。
「その件は承っています。岩松氏からもウラを取りましたし事実でしょう。警察を動かすのは当省としても割と簡単なのですよ。
 省の歴史上の役割とか上下関係とかは厳然として残っていますので。
 もともと内務省だったので、国の内部のことは管轄内ですし、警察庁は『省』ではなく『庁』ですから、上位下達の融通は利きます。まあ、独立した省庁なので多少の軋轢は有りますが、そういう垣根を円滑に取り外すのも私達の仕事の一部ですのでお気になさらず」
 省と庁では偉さが異なるらしい。独立行政法人という公務員に準じる形での勤務をしている祐樹ですらピンと来ないのだから一字違いでも扱いが異なることを知っている人間がどれだけいるのだろうかとか余計なことまで考えてしまう。
「その弁護士事務所は、知人の弁護士曰く『I津小鉄系の反社会的勢力の企業舎弟ではないのか』とのことです」
 呉先生と同様に森技官は黒い瞳を満足そうな色を宿して笑みらしきものを浮かべている。
 相手がそのスジだと祐樹などの「善良な一般人」はドン引きしてしまうと思うのだが、どうやら森技官にとっては良い知らせのようだった。
「一つの突破口を見つけたようで何よりです。井藤研修医の父親の井藤幸一は前科前歴こそ有りませんが、その事務所に出入りしているなら警察庁の組織対策部も動かせます。場合によっては一番警察権力の中枢でもある公安委員会もね。組織対策部では――ここだけの話ですが――Sを飼っている捜査員も多数居ますので井藤幸一の口座番号洗い出すことが簡単になりましたし、何より『反社会的勢力の特別関係人だ』という理由で凍結すら可能です」
 「エスって何ですか?」と素朴な疑問が頭に浮かんだ。
「オレも初めて聞いたのですが、組対ってスパイを遣えるらしいのです。つまり暴力団の内部に潜入捜査をしている人間が情報を上げてくれるそうですよ」
 呉先生がコーヒーの芳香と共に患者さん用の椅子に座っている祐樹の元に歩み寄ってきてそう教えてくれた。
 スパイの略語が「S」らしいが、おとり捜査は麻薬取締官しか許されていないとどこかで読んだ覚えがある。
 ただ、使えるものは何でも使いたいのが今の祐樹の切羽詰まった心情だったし、口座凍結――ただ、井藤の場合は海外の銀行に口座を持っているらしいので日本の銀行とは異なって直ぐに開示とか財務省の凍結指示が出し辛いのではないかとも懸念されたが。
「海外の銀行の場合は、運よく井藤幸一や井藤達也の口座を見つけても口座凍結は難しいのでは?
 森技官のお力を以てしても」
 井藤の最大の武器は有り余る財力なだけに、口座凍結が一番の打撃だろうが戸田教授のように呑気かつ無防備に国内の銀行――実は祐樹も国内の銀行だったが、犯罪性のあるようなことは一切していないので大丈夫だろうが。
「それがそうでもないのですよ。井藤幸一は息子の名義を使って病院設立を企んでいますよね。
 私が見るところ井藤達也が自発的に動いたとも思えませんが、そんな些細なことはこの際どうでも良いのです」
 放し飼いになってしまっている――あれから脳外の岡田看護師からメールは来ていないので狂気の研修医井藤の消息は依然として謎のままだった――井藤の動向が気になって仕方がないものの、目途の付いたものから片づけていくのは手術の場合も同じなので、森技官の冷酷そうな薄い唇を眺めた。
「どうでも良いのですか?それはまた何故です?」
 森技官が意外そうなそして呆れたような表情を浮かべた。彼がこのような表情をする時には必ず機関銃のような勢いで怒涛の口撃が始まるのを経験上良く知っているだけに心の中で身構えていると、呉先生の椅子を我が物顔で占拠していた森技官が祐樹の方へと優雅な足取りで近付いて来て、一枚の写真入りの書類を祐樹の手に渡してくれた。
 見た瞬間、どうしてこんなものが?と心の中で叫びそうになったが。












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◇◇◇
都合により、一日二話しか更新出来ないーーもしくは全く更新出来ないかもーーことをお詫び致します。
最近、体調不良にも泣かされておりまして、更新時間すらバラバラなこともお詫び致します。こまめに覗いて戴くか、ぶろぐ村の新着などをチェックして戴ければばと思います。
 




最後まで読んで下さって有難う御座います。
                            こうやま みか拝

この記事に

  • こんばんは。更新ありがとうございました!

    普段は小面憎い森技官ですが、こういう時には本当に頼もしいです!
    いや、なんか惚れてしまいそう(〃∇〃)
    あ、いや!私は教授一筋ですからっ!!
    その教授を守るために最善の努力をして下さっている森技官を憎く思えるはずありません!
    教授や祐樹先生に迷惑が掛かる可能性のある不法行為は慎んでいただきたいですが、その恐れがないのなら、もうヤッチマイナーって感じです!

    それにしても、写真入りの書類ってなんでしょうか?

    [ ルナ ]

    2017/9/7(木) 午前 1:11

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