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創作BL小説を書いています。

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「井藤達也の精神疾患の場合、執着する対象に対しては――しかもアイツの場合はそれが許されるだけの経済力のバックボーンが有るのは明らかです――とことん凝るかと……。
 だから……新たな車を用意するような気がします。
 田中先生とついでに同居人からもお聞きしたように香川教授用のファイルが革製だったのですよね。普通の店では少なくとも置いていないような高級品をわざわざ用意していますよね?」
 「ついでに同居人」と呉先生が可憐な唇から言葉を紡いだ時に森技官の眉が不本意そうなカーブを描いたが――祐樹なら倍返しどころか十倍返しの反撃を覚悟で心の中で身構えるレベルだ――恋人の呉先生の尻に敷かれているようで、何も言及しないのは森技官が可憐な野のスミレのことを大切に想っているからだろう。
「ああ、なるほど。それならば、京都を中心に外車専門店を当たれば良いのですね。その旨も併せて通達しておきます」
 国家権力の中枢に居る森技官は事もなげに呟いた後に祐樹の唇に挟んでいるタバコに眉を顰めながら一瞥していたものの、心の中で迎撃態勢を取る祐樹には何も言わなかった。
 「タバコの煙がバルサンみたいで嫌なのですか?」程度のことは言ってやろうかと――森技官の冷徹かつ端整な容貌ではなくて、上質の黒いスーツの滑らかな光は高級ブランド店には悪いがゴキブリに見えないこともなかったので――心の準備をしていたというのに。
 事態が悪化の一途を辿っている上に、祐樹自身が出来ることはあまり多くなくて内心の心のわだかまりとか鬱屈感を、もはや恒例行事になってしまっている森技官との他愛のない口ゲンカで紛らわしたかったのも事実だった。
「外車専門店ですか……。まあ、井藤の場合国産車という選択肢はなさそうですからね。
 スポーツカーではなくてセダン型の車を現金でポンと買いそうです。忌々しいことに」
 狂気の研修医井藤が――まだ潜伏先は明らかになっていないものの――隠れ家から這い出て、出来れば警察官が好ましいが人目に止まるような場所に現れて欲しいものだったが。
「井藤にとっては何よりも執着心の濃い香川教授の手術にも現れなかったことから、もう完全に次の段階へとシフトしてしまったのではないかと……考えられます。
 脳外科の医局騒動を察知して、自分が居たら余計な火の粉をかぶるとでも判断したのでしょう」
 呉先生も可憐な口元をキリリと引き結んでいた。
「医局の内通者のことも白河准教授を陰から支援する内科の内田教授には伝えておきます。
 ああ、完璧ですね」
 森技官の手が淀むことなくPCのキーボードや周辺機器を操作し続けていたが、長岡先生の提供してくれた「隠れサイト」に井藤達也の顔写真が無事にアップされたのは流石だったが。
「ウチの医局長の柏木先生にボディガードの人選を一任したので、具体名は分からないのですが彼が信頼する人間にはパスワードを教えて情報を共有します」
 最愛の人の凱旋帰国とそれにまつわる医局騒動の時のことをフト思い出した。あの時は敵の思考方法などは読めたものの、一介の研修医に出来ることは限られていた。
 ただ、あの頃とは異なって最愛の人を守ろうとする人間の数はこんなに増えているし、祐樹自身もそれなりに成長している、精神的にもそして病院内の地位的にも。ただし、狂気の井藤の考えていることが読めないというか理解不能な点が気になったが、呉先生や曲がりなりにも精神科を専攻した森技官のバックアップがあるのは大変心強い。
「森技官にお聞きしたいのですが、井藤の狂気の妄想が、そのう……実行された時に法の裁きを免れる可能性はありますか?」
 杉田弁護士が「精神病院や心療内科に掛かっていたらその点は厄介だ」みたいなことをアドバイスしてくれたことを思い出しながら確認してみた。
「判決と言う名前の結論は裁判官が出すので、100%の断言は出来かねますが『判断能力』や『責任能力』は充分持ち合わせているので――そうでなければ医局クーデターがあわや勃発という日に欠勤なんてしませんよね?判断能力は正常だという傍証にもなります――その点は大丈夫かと思います。
 こちらの動きも多少は強引ではありますが、法律を意識して動いていますので裁判官の心証も悪くはならないでしょう。
 それに私も『厚労省の風雲児』とか『十倍返しの森』とダテに呼ばれているわけでは有りません。色々と心積もりも有りますので、有事に十全に備えております、私なりに。まあ、未然に防ぐのが一番なのですが、万が一コトが起こってしまった際には田中先生にも本来の私の姿をお見せしますので、少しはお心も晴れるかと思います」
 最悪の事態になってしまって――そうならないように使える手は充分に打った積もりだが――法律に問えないならば、今までの苦労は水の泡になってしまいかねなかったし、それこそ最初に森技官が提示した「冤罪をでっち上げて無理やり逮捕」という露見すればこちらにも最悪のダメージを与える核爆弾のような破壊力を行使した方がマシだったので。
 森技官の凶悪そうな凄味のある笑みがこの際は頼もしくみえてしまう。本来は祐樹だけで対処しないといけないのだろうが、相手が「狂気の研修医」なだけに専門医の助けを借りるしかないのも割り切るしかなかった。
 壁に掛かった時計を見ると内田教授との約束の時間が近づいていた。
「さて、脳外科のクーデターの影の扇動者に戻ります。気は進まないですが」
 祐樹のターゲットはあくまで狂気の研修医井藤だったが、こうなれば乗りかかった船状態なので仕方がない。
「分かりました。こちらでは井藤達也と接触した場合の具体的な対処法など専門的な観点からこのサイトに書いておきますのでお目通し下されば嬉しいです」
 そそくさと席を立つと、森技官がこれ見よがしに呉先生の用意した消臭剤を必要以上にプッシュして空間にばら撒いていた。
「こちらも何か判明すれば即座に田中先生までお知らせしますので。
 院内LANのメールもこれまで以上にチェックして下さい。まあ、田中先生は大学病院の先生方の平均よりもかなりマメにご覧になっているようですから大丈夫だと思いますが」
 森技官は消臭剤のスプレーで微かにミントの香りが漂う空間で案じるような、そして力付けるような強い眼差しを送ってくる。
「有難う御座います。ではまた」
 きびすを返そうとしたら森技官が優雅な眼差しで呼び止めてくる。こういう点は彼の「育ちの良さ」なのだろう。
「私の座右の銘なのですが『悲観的に計画を立案し、楽観的に事態に対処しろ』という言葉があります。今は『悲観的』な時期なので、田中先生のご心労も大きいとは存じますが、この状況を乗り切ればかなり楽になるハズです。協力は惜しみませんので、どうかご無理だけはなさらないで下さいね」
 最後の言葉は呉先生が言いそうな類の言葉で、森技官も呉先生の柳の木のようなしなやかな強さとか相手を思い遣る気持ちを恋人の影響で持ち合わせたような気がした。
 呉先生も笑顔を無理やり浮かべて頷きながら見送ってくれた。
 旧館の廊下を足早に歩きながら長岡先生を内田内科に貸し出すという一件を最愛の人の不審を買わないような上手い言い訳を考えつつ歩んだ。
 医局に一度寄ってみたものの手術終了時間は数分前に既に終わってはいたが、未だ手術スタッフは戻って来ていなかった。そんなに時間はなかったので柏木先生のデスクに走り書きの付箋紙に要点のみ――かつ誰が読んでも大丈夫なように文面は工夫したが――を置いて直ぐに立ち去った。うっかり医局内に居ると、主治医ではない患者さんの容態が急変した場合に捉まってしまいかねないので――普段は気軽に応じてはいるが、今は祐樹にしか出来ない仕事というか任務を抱えている――留まるのは危険だった。
 昼休みには未だ早い教授執務階の高価そうな絨毯の敷かれた廊下に佇みながら、最愛の彼が手術から戻って来ないことを心の中で念じつつ内田教授の部屋をノックした。
「心臓外科の田中です。お呼びにより参上いたしました」
 早く開けてもらわないと、人の気配が全くしない廊下なだけに、祐樹最愛の人がエレベーターを降りて来たら必ず見つけられてしまって、しかも「どうして内田教授の部屋に用が有るのか」と思われるのは必定だったのでエレベーターの方に注意を払いつつ早く入室の許可が下りないかと数秒気を揉んでいた。
「どうぞ。ご足労をお掛けして申し訳ないです」
 内田教授の声も普段とは異なって何だか緊張の度合いを高めている。温和かつ穏健な人柄だったが、内心は病院改革の革命の闘士としての一面も持ち合わせていることは知っていたし、その実行力とか綿密さを内心高く評価していたので実際のところ会えて嬉しかったが。
 エレベーターのチャイムが鳴って扉が開く直前に内田教授の執務室へと滑り込んだ。
 あのエレベーターに祐樹最愛の人が乗っていたかどうかは分からないが。












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最後まで読んで下さって有難う御座います。
                             こうやま みか拝

この記事に

  • こんばんは。更新ありがとうございました。

    何て言うか…空気がどんよりと重いですよね…。
    灰色の低い雲が空全体を覆っているような、そんなカンジ…。
    森技官本来の姿を見たいのは言うまでもないですが(←けっこう期待してたりして)、祐樹先生も弱気にならずに頑張って欲しいです!
    てか、腐れ雑巾に外車なんぞ、宝の持ち腐れです!
    お前なんか、リヤカーで充分だ!
    リヤカーに空き缶と空き瓶積んで引っ張ってろ!とか思います!

    [ ルナ ]

    2017/9/12(火) 午前 0:45

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