ここから本文です
創作BL小説を書いています。

書庫全体表示

 ふと、凝った装丁が施された専門書に埋まった本棚の中に妙に安っぽい装丁の――まあ、いわば内部文書なだけに斉藤病院長でなくともそうそうお金を掛けるとは誰も思わないだろうが――「職員規定」が目に留まった。祐樹などはこの病院に勤務が決まった時に貰った覚えがあるが、その後どこに埋もれてしまったのかすら分からない類の本だったが、内田教授のは、付箋がびっしり貼ってあるし、見るからに読み込んでいるのが分かる。
 事務局――事務長はアメリカの有名大学で経営学修士号まで取得した経営のプロだが、病院という特殊な、赤字でも存続理由の有る科も抱えているので一般企業とは異なる――医師や医療従事者の視点で病院改革に燃えている「革命の闘士」には相応しい。
「明文化で禁止されていませんし、ウチなどの内科でも稀に有ることなのですが患者様がこっそりと『寸志』を現金で手渡して下さる機会も有るでしょう。
 私などは何気なく受け取ってしまって一万円札の量に内心ひどく驚いた記憶すらあります。慌てて返しましたが。
 香川教授は一切お受け取りにならないというのは患者様を含め病院内で知らない人間はいないかと思いますが、戸田教授はそういうウワサを聞いたことは有りません。
 だったら、井藤研修医から立場上マズい金品の授受を受けるより、患者様から分厚い封筒を受け取って――何しろ領収書なしですし、黙っていれば分かりませんよね?――それを貯めておけば奥様に内緒のへそくりであったとしても莫大な金額になると思うのですが――院内政治にもそう熱心ではなかった方なので『工作費』というか『懐柔費』というかそういうお金も必要ないでしょうから、奥様のクレジットカードの浪費程度は簡単に『へそくり』で埋められそうな気がするのです。その点が不可解で……」
 最愛の彼が凱旋帰国を果たす前は教授執刀ともなると患者様からの現金授受が当たり前のように行われていた、という話しは研修医だった祐樹にも聞こえてくるほど有名だったし、患者さんも税務署に申告出来ないお金だし確かに黙っていれば分からないだろう。
「ああ、内田教授のご指摘は御尤もですね、言われてみれば……。給料は奥さんが普通は管理しますが、患者さんから現金入りの封筒を受け取ったことまでは流石に把握出来ませんから。こっそり貯めるにはもってこいかと存じます。ただ戸田教授は何故そのお金を遣えなかったのかというのは盲点でした」
 何か秘密でもあるのだろうか?奥さんに隠れて浪費せざるを得ないような……。ただ、今は戸田教授の追い込みよりも狂気の研修医井藤に専念したいので、深く追求する気はなかったが。
「病院内で裏工作の費用として遣った形跡は私が把握している限りは有りません。となると脳外科の学会とかそういう全国規模の名誉職でも狙っていたのかも知れません。
 ただ、いわゆるワイロなので現金での授受が基本となりますので、追跡することは厄介でしょう」
 内田教授は医療界の闇の深さにため息を一つ零してから気を取り直したようにキッパリとした笑顔を向けた。
「そうですね。病院内の出世は――年齢的にも斉藤病院長とそう変わらないので――諦めて他の分野に活路を見出そうとしたのかもしれません」
 斉藤病院長はいわゆる清濁併せ呑むタイプだし「原黒タヌキ」とかあだ名を密かに奉られているほどの「政治家」タイプなので内心ではかなり小心者の戸田教授の追い落としが可能な相手とも思えないのだが。
「しかし、過去に患者さんから現金を貰ったことは有りそうですよね。今は何がしかの用途で使い果たして無いにしても……。現金の有難みを知っている人間のハズです。たったら井藤達也から現金で貰えば――いや、肯定しているわけではないのですよ――証拠が残らないことくらいは学習していませんかね?」
 井藤の家は反社会的勢力とも密接な繋がりが有ることは祐樹などには今日分かった事実だが、そういう家なだけに余計に現金で渡しそうな感じがする。
「井藤研修医は、いわば保険のために国内銀行を使った可能性が有りますね。井藤が窮地に陥った時に『これをバラす』と言えば戸田教授の言い逃れが出来ないように」
 井藤が国内銀行を信頼しているとか、最愛の彼や祐樹のように納税の義務をキチンと果たしてどこにも後ろ暗い点がない人間ではないことだけは確かだった。
 狂気の研修医井藤の粘ついた凄味の有る性格を垣間見たようで、何だかナメクジとかそういう気持ちの悪い虫を偶然見てしまった――祐樹は別にナメクジも平気な人間だが――ような後味の悪い気持ちが胸の中にこみ上げてきた。
「ああ、なるほど。要するに戸田教授の弱みを握ったというわけですね。
 本気で対峙しようとする相手がどういう人間かは情報を集めて置くに越したことはないので――精神疾患も含めて、です――つい聞いてみただけなのですが。
 それにしてもこのレポートは良く出来ていますね……。精神科の医師ですか?これを書いたのは?」
 呉先生のアップした部分を感心したような面持ちで眺めている内田教授の言葉に我に返った。
「不定愁訴外来の呉先生です。ふとしたことでご縁が出来まして、私の精神科の知識は学生時代で止まっているものですから、呉先生に相談したのです。ただし、呉先生もご自分で井藤研修医を診られたわけではないという点だけをご留意戴ければと思います」
「了解致しました。しかし香川外科と不定愁訴外来は斉藤病院長の秘密のレポート絡みでも関係がない――ああ、お気になさらず。ただの独り言ですので」
 内田教授の情報量は流石と言うべきだろう。呉先生から厚意で見せられた病院長に報告しているという不定愁訴外来に掛かる入院患者のグラフまで内田教授は掴んでいるようだった。そういえば内田教授の科も不定愁訴外来の患者数はかなり少ない――確かウチの医局の次に少なかったハズだ――のに、良くそんな情報が得られたなと思ってしまう。
 それにおしなべて内科医は割と話が長くなる傾向にあるのに、森技官がアップしてくれた井藤の警察の内部資料と思しき顔写真付きの件などは突っ込んで聞いて来ない点も内科医というより「革命の闘士」として井藤研修医の排除という一点のみに絞られているからに違いなかった。
「では、脳外科のことと、北教授への連絡、そしてウチの長岡先生の件を宜しくお願いいたします」
 そろそろランチタイム――といっても、白河准教授のあのダメダメ過ぎる手術では、予定時刻を大幅に過ぎるだろうし、必然的に午後の手術も後ろ倒しになってしまうので脳外科の医局は更に混乱の度合いを深めるだろうし、内田教授と面会時間が――多分、内田教授が伝家の宝刀とも言うべき「教授権限移譲」を長岡先生に託すというのは、彼女の仕事限定とはいうものの有能さを見込んだ点と、内田教授と常に難しい症例を話し合っているようだったので、現在入院中の患者さんのことも彼女は准教授以上に把握しているからだろう。そしてその実力は准教授もたじろがせるだけのレベルなのだろうが、全く見込めずにいて、本来ならば科は異なるので医局外干渉は病院のタブーの一つだが、教授不在、つまり何が有っても教授に泣き付くことは不可能という異常事態なだけに、准教授の方が呼びつけられる立場になるハズで、そう出来ない理由は「手術を受ける患者さんの迷惑にならないため」だと内田教授も考えたに違いない。だから白河准教授の空いた時間に合わせるという、ある意味病院的には破天荒な荒業を思いついたのだろう。旧弊なヒエラルキー制度がまだまだ根強く残っている病院の中で、教授が准教授に時間を合わせるというのが臨機応変な「革命の闘士」らしい発想だったが。
「いえ、香川教授がいらっしゃらなければ、今の私もありませんのでその細やかな恩返しです。
 井藤研修医はなかなか厄介な相手ですので、田中先生も充分お気をつけて、病院の至宝と言うべき香川教授を守って下さいね。脳外科の医局クーデターの件はお任せください。
 そちらの方は確かに引き受けましたので」
 内科と外科の関係は、外科と精神科よりは密接だし、人的交流も割と活発に行われていることから、内田教授は脳外科の医局の医師達のことも調べ上げているに違いないので、まさに心強い味方を得た気分だった。
「宜しくお願い致します」
 自然と深々と頭が下がってしまう。
「第一の目的は病院の至宝の香川教授を守ることですが、井藤のようなこの病院に居てはならない人間を抱え込んでしまっている脳外科の抜本的な改革も副次的な目標になりました。
 白河准教授は、術者として見どころは有ると認識していたのですが、今日の手術の様子を聞くとまだまだのようですね。その点は北教授に全面的な協力を仰いで何とか致しますので、田中先生は香川教授を守って下さい」
 力強い言葉に背中を押されたような気がしながら一礼して執務室を出た。
 ランチタイムは最愛の彼と過ごす約束をしていたがどうやら無事に果たせそうだった。
 最愛の人の執務室のドアをノックして返事を待つことにする。











どのバナーが効くかも分からないのですが(泣)貼っておきます。気が向いたらポチッとお願いします!!

今日は、体力と気力が保てばもう一話更新を目論んでいますが、私もあまり自信はないので更新が無ければ申し訳なく思います。


最後まで読んで下さって有難う御座います。
                              こうやま みか拝
 

この記事に

  • こんばんは。更新ありがとうございました。

    確かに!
    そうですよね。戸田ヘタレ教授だってオペの腕【だけ】は一流の名医と呼ばれる人です(人格とかは全く伴いませんが)。
    オペを受けた患者からの現金入り封筒を貰うことも多かったと思いますし、国内ではトップクラスの名声を誇っていることも事実なので、政財界の名士(や、その家族も)が患者であることも珍しくはなかったでしょう。
    腐れ雑巾の財力に頼らなくても、オペの礼金だけで浪費家の妻の後始末くらい出来たでしょうに、ね。
    まぁ、私にはヘタレ教授の考えていることなんか分かりませんし、分かろうとも思いませんが。
    それより、祐樹先生が教授とのランチタイムを潰されなくて良かったねとか思います!
    祐樹先生、昨日からずっとサイコなプレッシャーと闘いながら頑張ってるんですから、束の間の安らぎを与えて差し上げたいです。

    [ ルナ ]

    2017/9/14(木) 午前 1:11

    返信する

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
  • 名前
  • パスワード
  • ブログ

開くトラックバック(0)

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事