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創作BL小説を書いています。

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「お疲れ様。田中先生少し良いか?救急救命室勤務の前に」
 柏木先生は今日、医局の宿直だったが、「医局を挙げて香川教授を狂気の研修医井藤から守る」という裏の使命が文字通り暗礁に乗り上げている苛立ちと憔悴で肉体的な疲労とは異なった感じの押し殺した声だった。
 祐樹もそれは同様で、予想以上に事態は膠着状態のままだったので余計に気持ちがささくれ立っている。
 絶対にミスをしてはならない仕事なので、職務中は気を張ってはいるものの医局勤務が定時上がりに終わって一息ついた時間などは特に精神的疲労が肩に大きくのしかかってくるし、胸の中も暗雲が立ち込めているような、そして闇雲に走り出したい気持ちを抑えるのが精一杯だった。
 最愛の恋人とも、祐樹の勤務時間の関係で顔を見る程度しか出来ていなかった。お互い務めて明るく何もないように振る舞っているのが分かるだけに余計に気持ちが落ち込んでしまう。
 森技官の尽力で井藤を警察が探しているのに、当の井藤はずっと雲隠れしたままだったし――多分どこかにある自宅というか隠れ家で出来損ないのモグラみたいに息を潜めているに違いない――内田教授は白河准教授に付きっきりで医局内クーデターの参謀役を最優先してくれているのは長岡先生がずっと内田教授の教授職委譲を継続している上に内田教授からも長岡先生からも例のサイトには書けないので、連絡は密接に取り合っていた。
 戸田教授も「妹さんの容態が悪い」というタテマエで雲隠れしたまま――井伊玲子さんがどの病院にも入院していないことは私立病院関係を岩松氏が、国公立病院では森技官が突き止めていて、今日の教授会では内田教授が糾弾予定だった。
 井藤達也及びその父親の井藤幸一の資産隠しの一件も税務署員が着々と内偵を進めてはいるものの「こういう調査は一朝一夕に成果の出るものではない」との森技官の言葉通り「待ち」の状態だったし、そういう「何も出来ない自分」への苛立たしさも募ってしまう。
 私立病院設立許可が認可されたかどうかもまだ分からないという体たらくだったので。
 ただ、こういうコトには時間が必要なことも理性では分かってはいるものの、逸る感情の制御をタバコで紛らせるしかないのがもどかしい。
「はい。どこか人の居ないところに行きましょうか?」
 柏木先生は無理に作った感じの笑顔を浮かべている。柏木先生がこう言いだしたからには何か人には聞かれたくない話をする積もりだろうから。
「田中先生の隠れ家が良いな。
 救急救命室勤務の時、フッと姿を眩ますだろう?どこに行っているのか何となく知りたいとずっと思っていた」
 祐樹も強いて笑いを浮かべた。
「タバコを心置きなく吸える場所ですよ。ご存知の通り院内は全て禁煙ですから」
 医局の当直予定の柏木先生は仕方なさそうに肩を竦めている。救急救命室と新館にある医局とではかなり距離が有ったので。
「へえ、こんな場所に神社が有ったのか?それは知らなかった。
 タバコ、一本くれないか?」
 病院内では人の耳が有るので患者さんの話とか、他愛のない世間話しか出来ないがここなら誰も来ないことは祐樹が身を以て知っていた。
「吸うんですか?」
 ポケットからタバコとライターを取り出していると非喫煙者の柏木先生が言い出したので意外に思ったが。
「昔は、な。キッパリ止めた積もりだったが、こんな事態なので吸いたくなった」
 その気持ちは痛いほど分かったのでタバコとライターを手渡す。祐樹もこの数日間で喫煙量が大幅に増えていたので。
「そう言えば、教授のボディガードに久米先生を使わないのはどうしてですか?」
 久米先生からはアクアマリン姫こと岡田看護師をエサに井藤の所持していた車――祐樹の予想通り赤いフェラーリだったが――などを聞き出すだけで例のサイトの閲覧権限は与えられていなかった。ただ、久米先生も救急救命室勤務もあって多忙は多忙だったが。
「ああ、久米先生は教授と根本的な性格というか、危機的な状況判断能力が似ているような気がして……」
 手技のセンスの話ではなさそうだ。多分、ある程度までは優秀な判断力が働くのに、一定量のレベルを超えると途端に処理不能になってしまう点が最愛の彼に有ることは知っていたが、柏木先生は医局長として医局を束ねているからか、それとも人間観察を祐樹以上にしているからか、あるいはその両方かも知れないが久米先生の限界まで見切っているようだった。
「ああ、なるほど。それは気付きませんでした。流石ですね」
 祐樹だって医局の医師の性格の分析とか人間観察は怠りなくしている積もりだったが、柏木先生に指摘されて(なるほどな)と納得してしまった。
「伊達に医局長をしているわけではないからな……。そういう業務も給料の内に含まれているわけだから。
 それはそうと、教授を送っていった連中からシルバーメタリックのAMGがマンションの近くに停まっていたという目撃情報が寄せられている。言って来たのは遠藤先生だが、確かめてみると他の先生も同じ車を目撃しているので、多分井藤研修医の車だろう。違法のハズのスモークを張っていたので乗っている人間の顔までは特定出来なかったとのことだ」
 祐樹もAMGは雑誌で見て知っている。ベンツを正式に改良――というかチェーンアップ――するというある意味大変贅沢な車だった。
「ナンバーは分かりますか?」
 狂気の研修医の井藤はおそらく引きこもっている邸宅だかマンションからAMGを定時に上がる最愛の彼の生活時間まで調べてその時間にスモークで内部を隠した車で移動して、二人の愛の巣のマンション近くの路上に停めて彼がマンションのエントランスホールへ入った瞬間に移動しているのだろう。
 そうでなければ、この付近をパトロールというか内偵中の警察官の目に必ず留まるハズで違法な車――しかもAMGほどの高級車ならなおさらのこと――には職務質問をするだろうから。
「ああ、この番号だ。職業柄数字を覚えるのは慣れ切っているからな、遠藤先生も含めて。
 警察も動いているのだろう。だったらこの情報も早く知らせた方が良いかと思って」
 慣れた仕草でタバコを吸いながらメモを手渡してくれたので早速森技官にメールを送った。
「有難う御座います。これで何か進展が有れば良いのですが。
 今日の教授会さえ乗り切れば強力な助っ人が合流するので少しは気が楽になりますよ」
 祐樹もそうだが、車は車検証が必要なので――と言っても変なところで小賢しい井藤のことなので車の名義人は別人という可能性もあるが―――森技官の大学の同級生とかいう警察キャリア組の階級は不明な島田氏なら何か分かるかも知れない。車のナンバーさえ分かれば車両の名義人は芋づる式に分かるようになっていることは祐樹ですら知っていた。
 祐樹自身道路交通法違反はしていなかったが――車を手に入れてからは最愛の彼を助手席に乗せてのドライブしかしていないので、スピードを下手に出して事故を起こせば最愛の彼に怪我を負わせてしまうことは何としてでも避けたかった。まあ、こちらがいくら気を付けていても事故る時は事故るものであることくらいは知っていた――高速道路でオービスで自動撮影されてしまい、その後警察署に呼び出しを食らったという話しは割と良く聞いていたので。
 柏木先生と別れた後にしばらくタバコを吸いながら束の間の休息を――精神は休まらなかったものの身体はかなり楽になった――満喫して夏の遅い宵闇が迫る予め決められた救急救命室へと向かった。
「バイクの自損事故。大腿部骨折。顔面出血有り。バイタルは安定。受け入れは可能ですか?」
 救急救命室と救急車を繋ぐホットラインで室内に音声が響き渡っているのも何時ものことだった。
「可能よっ」
 杉田師長の割と落ち着いた声が――切羽詰まると怒鳴るので今の精神状態にはかなり痛手だった――応対している。
「はい。こちら京大附属病院救急救命室。え?どうして北教授がこの電話にっ?」
 北教授は教授会が終了すると最愛の人をマンションまで送ってくれているハズで、それが救急車でしか繋がらない電話から連絡を取って来るとは。杉田師長のキンキン声が上ずっている。
 なまじっかなことでは動じない救急救命室のスタッフ達も動揺と驚愕の色を隠せないでいた。
 背筋に冷たい汗が滴るのを他人事のように感じて立ちすくんでいた。
 何時もは全く動じない北教授の声が動揺を滲ませながら救急救命室の中に凶事を告げる。










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最後まで読んで下さって有難う御座います。
                             こうやま みか拝



ID:0ogitt

この記事に

  • 嫌なカンジで胸がドキドキします。
    心臓にクナイを突き立てられてるみたいです。
    北教授は一体何を告げようとしているのか…?
    最悪の予想が心を過ります。

    悪い予感って当たるんですよね。
    次の更新までに私の呼吸が止まってなければ、続きを読みに来ます。
    ………心配でタヒにそうです(T^T)

    [ ルナ ]

    2017/9/17(日) 午前 8:31

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