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創作BL小説を書いています。

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 当たり前と言えばそうなのだろうが、電話越しの救急車のサイレン音がひどく禍々しい音で緊急事態を知らせている。
「そこに田中先生は居るか?居ないなら彼に伝えて欲しい。香川教授が連れ去られた。犯人は脳外科の井藤研修医で、車はベンツのシルバーメタリックでナンバーは」
 救急救命室の空気が凍りついた。この救急救命室の責任者でもある北教授は、当たり前だがこの電話のシステムがどのようになっているか知悉している。
 祐樹の電話――医局から移動してきたばかりで着替えてもいなかったのでポケットに入っているが――よりも、こちらの電話の方が祐樹の耳に入るのが早いと咄嗟に判断したのだろう。
 まだスーツ姿のままの祐樹の背中に冷や汗が伝っていく。胃を冷たい手で鷲掴みにされたような表現不可能な嫌な気分に襲われた。
「いらっしゃいます。直ぐに変わるわ。それよりも北教授のご容態は……?大丈夫なんですかっ?」
 杉田師長のキンキン声が凍った空間の空気を切り裂くように響いた。
「私は大丈夫だ。スタンガンだと思われるが、それを当てられてしまって情けなく気絶しているところを通行人に発見されて救急車を呼ばれた」
 スタンガンなら命に別状はないだろう。それにしても咄嗟の判断力は流石としか言いようがなかった。携帯電話だと一人の人間にしか伝わらないが、救急車のホットラインを使えば、救急救命室全体の人間に伝わる。それに、救急隊員の中に「救急救命室の北教授」を知らない人間も居ない――直接見たことのある人間は少なそうだが――ので唯々諾々と従ったのだろう。深呼吸をしてから杉田師長から受話器を受け取った。
「もしもし、電話替わりました、田中です。で、香川を連れ去ったのは井藤研修医で間違いないのですね?何分前で、場所はどこですか?」
 北教授の身も案じられるが、こうして話せるので大丈夫なのだろう。それよりも守りきれなかった最愛の人のことの方が気に掛かるのは当然だ。
「約二十分前で、教授のマンションのエントランスから300メートルほど離れた場所だ。
 井藤達也の顔ははっきり見たので間違いはない。スタンガンを当てられた時に香川教授は相当抵抗していたが……。それっきり意識が途絶えたので……。
 ナンバーは――だ」
 そのナンバーは先程柏木先生から貰ったメモと一致していた。
 北教授にも例のサイトのパスワードを内田教授経由で知らせてあったので、凶行に走った狂気の研修医井藤の顔も覚えていてくれたのだろう。
 二十分前……。マンションのエントランスから300メートル。大学病院からの帰途なので方向的に考えて最も人通りが絶える場所だったので、通行人の発見が遅れたのも仕方ないと唇を噛みしめた。
「北教授、教授会で内田教授の提出した議題は可決されましたか?」
 森技官から指摘された職員規定の一部変更の文言は、最愛の人を対象にしたシロモノだったが、北教授にも適用されることに咄嗟に気付いて確かめた。
「ああ、もちろん。私は何をすればいい?」
 スタンガンの威力は一時的なモノなので、北教授の落ち着いた声には乱れはなかった、硬い声ではあったが。
「内田教授と連絡を取って即座に斉藤病院長に『被害状況』を報告して下さい。それで井藤はこの病院と縁もゆかりもなくなるハズです」
 杉田師長が息を殺して二人の会話を聞いている。
「了解した。力及ばずで申し訳ない」
 スタンガンの威力は聞き及んでいるので、どの医師が付いていたとしても結果は同じだっただろうが。
「いえ、その状況では仕方のなかったことだと存じます。そのまま救急車で病院に来て戴いて治療がてらに内田教授と連絡を取って下さい。杉田師長、それで良いですよね?」
 救急救命室の鬼とも天使とも呼ばれる名物師長なだけに、彼女の許可を取ることは一種の不文律になっていた。
「もちろん。とっとと運んでもらって頂戴。まあ、治療の必要はないだろうけど……」
 救急車からのホットライン――どうせ救急車に乗っている消防署のスタッフも聞いているハズだ。
 ポケットを探って自分の携帯を取り出して森技官の番号を呼び出す。
「田中です。香川教授が拉致されました。犯人は井藤達也、車は先程メールした通りのモノです。二十分前に」
 森技官も一瞬息を呑んだ感じだった。
「了解。直ぐに島田に連絡を取ります。香川教授のGPSは……」
 電話越しにパソコンのキーボードを素晴らしい速さで叩く音と共に、「この電話番号に即座に繋いで下さい」という誰かに指示をする声が電話越しに聞こえた。
「香川教授のGPSの電波発信場所は――です。移動している様子はないですね」
 思わず舌打ちをしてしまう。森技官の伝えてくれた住所はマンションの程近い場所で、多分北教授も被害に遭ったと思しき所だった。
「その場所は、たった今救急救命室の香川に同行していて被害に巻き込まれた北教授が伝えてくれた住所です。あっ、一旦電話を切ります」
 変事も聞かずに通話を終了させる。最愛の人は抵抗していたという北教授の話を思い出してタイピンが取れてしまった程度のことは容易に予測が付いた。
 そして名前も告げなかった麻薬取締官から祐樹が貰って携帯電話に登録済みのGPSの画面を立ち上げた。
 額に流れる冷や汗を拭いながら。ガラケーの画面が早く切り替わらないかと焦燥感で胸を掻き毟りたくなった。
「すみません、電話をお借りします」
 先ほどのバイク事故の患者さんが救急搬送されてきたが、いつもなら真っ先に飛び出していく杉田師長は、唇を引き結んだまま祐樹の傍で仁王立ちをしたままで指示を下すのみだった。
 ガラケーのGPS機能――祐樹が最愛の人にも気づかれずに手渡したモノ――は無事だったようで、物凄い勢いで所在地を変えている。多分高速道路をスピード違反無視で走行中なのだろう。
「田中です。戴いたGPSの方は生きているようで、今は大阪市内を疾走中です。私も直ぐに向かいます。杉田師長、それで良いですね」
 救急救命室の固定電話を使って森技官の番号に具体的な地名を告げながら、杉田師長に許可を貰おうとした。
「直ぐに向かいなさいと言いたいトコだけど、移動手段はどうする積もり?」
 杉田師長も大まかなコトは知っているので話が早いと思ったのだが、根ほり葉ほり聞いて来られたのは正直意外だった。
「大阪なら話は早いです。その方向だと恐らくは目的地はN――市の井藤の息が掛かった住宅ですね。田中先生の移動手段は何ですか?」
 電話越しの森技官と杉田師長の二人に話すことになった。
「自宅に戻って、私の車で大阪まで」
 祐樹としてはごく真っ当な計画を述べた積もりが電話越しと直接のダブルパンチで駄目出しをされる。
「京都の町で車を使うなんて、渋滞のこととか考えないの?
 あれもこれもしようとしない!使えるものは何でも使うのよっ!ほらサイレンが聞こえるでしょう?」
 北教授の乗った――病院とマンションの位置から考えると徒歩でも所要時間はそんなに変わらないハズだ――救急車のサイレンが聞こえてきた。
「……田中先生、聞いていますか?車では効率が悪すぎます。京都駅に行って発車が一番早い『のぞみ』号に乗って下さい。ああ、指定席は買わなくて良いです。どうせ10分程度ですので。新幹線の乗務員が通りかかっても事情を話せば大丈夫です。そして新大阪駅に着いたら、二階が自動車用になっていますので、黒いベンツの上に警察用の車両だと分かる非常灯を載せた車を用意させておきますので、直ぐに分かるかと思います」
 新幹線利用とは――京都大阪間という近い距離なだけに考え付かなかった。汗で滑る手で受話器を持って復唱した。
「新幹線を使うのねっ、なら行先は当然、京都駅だわね……」
 杉田師長が決然とした面持ちで「付いてらっしゃい」と目まぐるしく思考を巡らす祐樹を救急車の専用スペースへと足早に導いた。救急車の赤い回転灯とサイレンの音が禍々しさしか感じなかったが、一体杉田師長は何をする積もりなのだろうか。
 一刻も早く京都駅に向かわねばならなかったのに。











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最後まで読んで下さって有難う御座います。
                                  こうやま みか拝

この記事に

  • キーーーッッ!!
    スタンガンで北教授を倒すとはなりふり構わずって感じですね!
    おのれ腐れ雑巾!どうしてくれようか!!
    愛梨ちゃん(だったか?)の名前を使ったGPSは生きてるようで何よりです!
    早く!早く教授を救出に向かって下さいっ!
    杉田師長が救急車を強奪してくれるはずですからっ!
    腐れ雑巾なんてこの手で絞め殺してやりたい!!

    [ ルナ ]

    2017/9/18(月) 午前 0:47

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