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創作BL小説を書いています。

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「宜しければこれを羽織って下さい。問題なのはあの豪華そうなエントランスホールだけですよね。同居人から大まかなことを聞いて慌てて用意したので、香川教授の趣味には合わないかと思いますが、その場しのぎということで……」
 呉先生が差し出してくれた夏用のゆったりとしたカーデガンだった。多分森技官の服だろうが、このサイズなら最愛の人の膝の辺りまで隠してくれるだろう。
「有難う御座います。ご厚意とご機転に感謝します」
 呉先生はベンツの開け放った窓から祐樹にカーデガンを手渡した。
「教授がご自分で着られるかどうか、確認した方が良いです」
 祐樹にだけ聞こえる声で、可憐な野のスミレの唇を動かした。精神科医の呉先生にとっては重要な観察ポイントなのだろう。感謝の頷きを返して最愛の人に向き直って、強いて笑いを浮かべながらなるべく明るい声を出すように心の準備をした。
「部屋に上がりましょう。その前にジャケットではなくて、呉先生の有り難い差し入れに着替えて下さいませんか?」
 祐樹の膝から上半身を起こした最愛の人は、祐樹が差し出した大きめのカーデガンを震える手で受け取って袖を通し始めたが、比較的大きめなボタンにも関わらず留めることは出来ない感じだった。
 呉先生の細い眉が痛ましそうに微かに寄っているのは、その状態を強く懸念したからだろう。手伝いたいのはやまやまだったが、呉先生の「診察」は既に始まっているようだったのでかろうじて自制した。
 島田警視正が井藤の悪趣味な寝室から拾い集めてくれた未だ無事な衣類一式を紙袋に入れて差し出してくれる。
「では私は各方面に指示を出しますので、これで失礼します。この土日は通常業務以外にも人遣いの荒い――いや、相手を人間とも思ってなさそうな、と言った方が正解かもしれませんが――森からの無理難題も聞かなくてはなりませんので。
 どうかお大事になさって下さい」
 車から降りた最愛の人に同情めいた眼差しを向けて、祐樹にも一礼をしてベンツを発車させた。
「歩けますか?もし無理なら……抱いて運びますが」
 結局カーデガンのボタンを留めないままで――といっても季節は夏なのでそんなに不自然ではないし、出血跡も布地に隠れて見えない状態だし受付嬢の目に殊更不自然には見えないだろうが――震える肢体に祐樹の心に激痛が走ったような感情を抱く。
「大丈夫だ、多分歩ける……。
 ただ、呉先生以外の人が見ていないところでは右手を繋いでくれないか?」
 島田警視正から手渡された荷物一式は呉先生の大荷物――何が入っているのかは分からないが、多分必要だと思われるものを用意して来てくれたのだろう――の一部に加わっている。
「右手だけで良いのですか?肩に凭れかかって下さっても構いませんよ。というか、その方が私も嬉しいです。
 この時間は酔って帰宅する住人も多いのでそんなに不自然ではありませんし……」
 蒼褪めて震える唇に笑みの欠片を浮かべて祐樹を見上げる最愛の人の姿に心が引きちぎられるように痛かった。左手には例の名刺入れをお守りのように固く握りしめているのも。
「最悪の場合はそうさせて貰うので……」
 マンションのエントランスに足を踏み入れると、最愛の人も安堵めいた小さなため息を零して普段の怜悧かつ端整な表情――蒼褪めてはいたものの、先程よりは随分とマシになってはいる――を浮かべて普段よりも慎重かつゆっくりした足取りで歩み始めた。
 その横に呉先生が物珍しそうに周囲を大袈裟な感じで見回している。呉先生の邸宅と呼ぶに相応しい――そして井藤のおぞましい隠れ家の成金めいた悪趣味さは皆無な――家に住んでいるので実際にこのマンションの内部は珍しいのだろうが、それよりも最愛の人の表情とか全体の感じなどをさり気なく診ているような感じを受けた。
 空気を読む訓練でも受けたのかもともとそういう人が選ばれているのだろうが、受付嬢は普段とは異なる雰囲気を察したらしく「お帰りなさいませ」と言ったきり、手元の書類に目を落とすフリをしてくれた。
「彼女に呉先生がいらした時には無条件で上がって貰うように頼んでも良いでしょうか?」
 震える右手を祐樹の手で励ますように握っている最愛の人の許可を取り付けようとした。このマンションは受付嬢に話を通しておけばたいていのことに対応してくれるので。
「ああ、それは全く構わないが」
 エレベーターで三人きりになると、呉先生は可憐な瞳に驚きめいた煌めきを宿して――多分、これも「診察」の一部なのだろうが――祐樹の方を見ながら最愛の人も視界に入れている。
「同居人から話には聞いていましたが、受付嬢のいるマンションなんて生まれて初めて足を踏み入れました。
 エントランスの中に入って待とうかとも思ったのですが、気後れしてしまって。
 それに免許書の提示を求められるのですね。持っていて良かったです。忘れたら入れないんでしょうね……」
 薔薇園付きの邸宅に住んでいる呉先生でも気後れすることがあるのかと思うと――もしかすると最愛の人とか祐樹の気分を引き立てるために言っただけかもしれなかったが――何だか可笑しかった。ただ、呉先生は多くの人間がそうしているように財布に免許書を入れていたので財布ごと忘れれば話しは別だが、そんなに格別なことでもなく、多分気を遣って言っているのか、それとも診ているのかだろう。
 玄関のドアを開けると「お邪魔します」と呉先生はキャスターの付いたバッグを重そうに運んでいた。普段の祐樹なら代わりに運ぶと申し出るが、今はそれどころではなかったために呉先生に泣いて貰うしかないだろう。
「教授を浴室に連れて行って、お身体の状況を診察して下さい。私はその間に食事の準備をします。冷蔵庫を勝手に開けても構いませんか?」
 早口に囁く呉先生に感謝の頷きを返して、浴室へと手を繋いだまま向かった。
 脱衣室で二人きりになった瞬間、最愛の人の蒼褪めて震える肢体を強く強く抱き締めた。
「貴方と早くこうしたかったです。私の腕の中に戻って来て下さって有難う御座います」
 言葉を慎重に選びながら抱き締めた手で愛情を伝えるように努力した。祐樹の腕の中で震える肢体はほんの少し温まってきたようだったが。
「怖かった……」
 戦慄く唇と同じくらい蒼褪めた言葉を紡がれて、己の無力さに苛まれてしまう。ただ強く抱き締めることしか出来ない祐樹の魂が引きちぎられるように痛かった。普段から言葉数は少ない人だが、この言葉に万感の思いが凝縮しているようで。
「……ただ、祐樹が必ず助けに来てくれることだけは分かったから、それだけを願っていた」
 怜悧な声も唇と同じく蒼褪めて震えている。
 謝罪の言葉も紡げないままで、最愛の人をもう一度強い力で抱きしめて身体を離した。
「消毒の前にまず怪我の具合を診たいですし、それにさぞかしご不快でしょうからシャワーを浴びましょうか?もちろん私が手助けします」
 「シャワー」と言った時に――先程もボタンを留められないほどの手の震えを彼自身も気にしているのだろう、切れ長の目が悲しそうな感じで祐樹を見上げたので。
「ついでに髪も洗って差し上げますね。最近は多忙に紛れてしまって、聡のお好きな――もちろん私も大好きな作業ですが――ことをして差し上げられないことを気に病んでいましたから」
 カーデガンを始めとする最愛の人の着衣を脱がせていく。普段なら心ときめく動作だったものの、今回だけは心が沈んでいくのは仕方のないことだろう。
 メスで切り裂かれた無残なシャツを床に落として出血の跡も生々しい蒼褪めた肌を心の痛みを務めて隠しつつ怪我の具合を注意深く診た。
 ある法則性にめいたものに気付いて、森技官のアドバイスのせいだろうかと内心思いながら、下半身も露わにした。
 白い双丘の間を祐樹も震える心でを最愛の人に気取られないように努めて事務的に開く。どんな無残なコトになっていても決して動揺はしないように内心で決意をしながら。













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季節の変わり目のせいか、体調が思わしくなくて更新がままならないことをお許し下さい。
一日一話は(多分)更新出来そうですが、二話は難しそうです。「夏」更新後二時間を目途に更新が無ければ「力尽きたな」と判断下されば嬉しいです。
他の話を楽しみにして下さっている方には誠に申し訳ないのですが、その点ご容赦下さいませ。



最後まで読んで下さって有難う御座います。
                    こうやま みか拝

この記事に

  • 指が震えてカーディガンのボタンも留められないなんて…。祐樹先生以外のことで手が震えている教授なんて初めてです(T^T)
    心が氷の手で鷲掴みにされたような気持ちです。
    邪悪な嵐に蹂躙された幼い魂を、どうか祐樹先生の大きな手で癒して差し上げて下さい。
    祐樹先生の愛で包んで差し上げて下さい。
    教授の震えが止まるまで、私の涙も止まりません…。

    [ ルナ ]

    2017/9/28(木) 午前 7:41

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