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創作BL小説を書いています。

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「ったく、もうこんな時に電話を掛けて来て……。家から叩き出してやるっ」
 呉先生が忌々しそうに、ただ若干嬉しそうにディスプレイを見ている。多分森技官からで――「傍若無人」を絵に描いたような人だが、状況を読む程度のことは「彼なり」に可能なハズで多分緊急の用事だろう。
「少し席を外します。様子はちゃんと窺っていますので、何か問題が有れば即座に戻って来ますね。ご存知かと思いますが、聴覚が一番敏感なので否定的なことを仰ったり――元来が悲観的なタイプの方のようですから――絶望的なことを口走られたりした時には強い言葉で否定なさって下さい」
 流石に呉先生は良く観察しているなと半ば感心しつつ頷いた。
 呉先生が携帯を片手に席を外したのも気付かない様子の最愛の人は薬が効いて来たのだろう。
「祐樹はさぞかし心配しているだろうな……。いや、きっと必死に探してくれているハズで。
 こんなに心配を掛けてしまって本当に申し訳ない。嫌だっ!そこは祐樹だけに許している場所で他の人間にはっ」
 薬のせいだろう、幾分呂律の回っていない声が寝室――普段は安らぎと静寂に満たされた空間に点滴のスタンドだけが異質さを放っている――も青く染めていくようだった。
 照明は点いているにも関わらず。
「大丈夫ですよ。聡が拒み通したことは分かっています。そんな聡のことを愛して……そして誇りに思います」
 意識が混濁した人間がどうなるか程度のことは祐樹も多数診てきたので知っている。時系列はバラバラになるし、日頃から心の奥に封印してあるような「知られたくない」と思い込んでいることなども口走るようになる。
「私の手っ、動かなくなったら私の存在価値が無くなるっ!それだけは止めて欲しいっ!」
 握りしめた右の手が激しく震えた。多分メスを当てられた時のことを記憶の中で追体験しているのだろう。
「聡の存在価値はそんなことではなくなりませんよ。私の生涯のパートナーでしょう?
 聡の存在自体そのものが私には必要不可欠なのです。手もきっと大丈夫です。震えは必ず治まりますよ!」
 彼の耳に入ったかどうかは分からない。ただ激しく震える右の手を両手で包み込んだ。 
 若干震えがマシになったようだったが。
「ずっと憧れていた祐樹の恋人になれて……、もうっ、関わる人間を不幸にしない人間になったかと思っていたのにっ……。その祐樹を不幸にさせてしまって。私がこの男に殺されたら、祐樹はきっと悲しむっ……いや、自分を責めるだろう、一生。それだけは嫌だっ
もう一度祐樹に逢いたいっ。逢って抱き締められたいっ
 祐樹と叫んだらあの男が、淫売とか、不感症とか……喘ぎ声も出せない役立たずとか言ってきて……祐樹もそんな風に内心は思っているのだろうか?
 満足していたのは私だけなのか……」
 眦から涙の雫が止め処なく溢れ出ていた。アイツは――祐樹が大学生の時付き合いで観た「そういう」画像しか――観たことがなくて合意がない性行為でも相手が派手な喘ぎ声を出すものだと思い込んでいるに違いない。そんなモノを真に受ける人間が存在するとは思えなかったが、どうやらアイツは妄想――「神の手」と世界中の外科医から称賛される最愛の人の腕を切ったら自分が「神の手」を持てると思い込んでいたヤツなだけに充分あり得る――の中で、森技官が送ってくれた最愛の人と祐樹のデート現場の画像を見て自分が祐樹にでもなった積もりだったのかも知れない。
 理解したくもないし、しようとも思わなかったが。
 ただ、守りきれなかった最愛の人に対して罪悪感で粉々になった魂の痛みが心と身体を責め苛んでいく。
 これは完全に祐樹の痛恨のミスだ。もっと最愛の人を厳重に守りきれなかったせいで、こんな精神状態にまで追い込んでしまった。
 強そうでいて実は弱い人なことを知りながらアイツに――想定以上の品物であるスタンガンとかクロロホルムとかまで用意していたとはいえ――拉致を許してしまった、祐樹の。
「不幸になど、なっていません。私の腕の中に帰って来て下さったのですから私は充分幸せです。
 私の腕の中にいる時の幸福感とか、愛の行為の時の聡の艶やかな小さな喘ぎ声が大好きですよ。最初の夜から私を『感じて』乱れて下さって、心の底から嬉しかったのです。
 聡は不感症などではありません。それは私が責任を持って保証します。むしろ感じやすい敏感な肢体の持ち主です、しかも極上に綺麗な……
 私の腕の中に戻って来て下さって有難うございます」
 点滴のラインは確保したままベッドの上に上がってバスローブに包まれた身体を薄い羽毛布団の上で重ねた。
「祐樹っ……祐樹の温もりと重さと匂いだ……。ここは天国なのか?そして私は夢を見ているのかも……」
 薬のせいとはいえ呂律が更に回らなくなって、むしろ無垢な分だけ痛切な感じの幼い魂の叫びの声が耳を切り裂くようだった。
 通話を終えた呉先生が静かな足取りで戻って来ていたことに気付いた。細い眉根が寄せられて身体のどこかが痛むような眼差しを最愛の人に向けている。
「田中先生、だいぶ取り乱していらっしゃるようなので、注射をお勧めします。点滴の薬剤も変えた方が良いでしょう。
 鎮静作用が含まれている薬を混ぜましょう」
 呉先生がどこから聞いていたのかは分からないものの、確かに最愛の人の憔悴振りとか精神的打撃は祐樹にも身を切られた方がマシなレベルだったので素直に頷いた。
 呉先生という、祐樹や最愛の人の真実の関係を知った上で性格までもある程度把握している人を差し向けてくれた森技官には心の底から感謝していた。呉先生なら男性同士の性行為についても理解も実践も有る人なので。
「香川教授、注射を打ちます。少しチクッとしますよ」
 祐樹に深刻そうに囁いていた時とは異なる穏やかな声と物静かでいながらテキパキとした感じで蒼褪めて震える肌に注射針を突き立てた。
「祐樹……眠るまで手を繋いで……」
 呉先生の声は聞こえたからの最愛の人の言葉だろうが、何時もなら呉先生にお礼を言う律義な人がそれを言わないのも、魂の欠片が心臓に突き刺さったように痛かった。
「ええ、ずっと繋いでいます。何も考えずに眠って下さい。愛しています。そして、戻って来て下さって本当に有難うございます」
 呉先生の華奢な指が注射器を空にした瞬間に、青褪めて震える唇が僅かに微笑んだような気がした。
「祐樹……、セミの羽化とカブトムシを探すデート……楽しみにしていた」
 夢見るような遠い声に、手を繋ぐのを中止して抱き締めようかと咄嗟に思ったが辛うじて自制して手を繋ぎ続けた。
「セミもカブトムシも逃げません、よ。必ずお連れしますから」
 点滴の中の薬剤パックに何か――鎮静剤の一種だろうが――を慣れた感じで差し込みながら呉先生の目は目を閉じた最愛の人の様子を注意深く窺っている。
「もう大丈夫でしょう。ただ、半減期も早い薬なので一晩中寝室にいらした方が良いと思いますが、ひとまずはキッチンに移動しましょうか?
 同居人の伝言とか、診断書や事情聴取書作成業務もありますので。
 それに、田中先生もかなり心身ともにお疲れのようですので、一息入れた方が良いですよ」
 安らかな寝息を立てる最愛の人の唇に触れるだけのキスを落としてゆっくりと手を放した。
 こめかみと右手の止血用のテープの上から接吻を落としてから、思いついた枕の周りにも祈るような口づけを落とした。
 先程までは快活さを装っていた野のスミレが、今は冬の雨に打たれた風情で弱弱しく微笑んでいた。
 今は不定愁訴外来という一ブランチの長だが、その前は精神科に所属していたので祐樹などよりも精神病の患者さんを診てきた過去が有るのだから、そういう意味では患者――という言い方はしたくなかったものの、現実的にはそうだ――の精神状態に引き摺られることはないハズの呉先生までもが痛々しそうな風情で悄然と佇んでいるのを見て、逆に何とか快活さを取り戻さなくてはならないという使命感を抱いてしまう。
 粉々に砕けた魂の欠片が心臓を責めるように突き刺す痛みに耐えながらも。












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季節の変わり目のせいか、体調が思わしくなくて更新がままならないことをお許し下さい。
一日一話は(多分)更新出来そうですが、二話は難しそうです。「夏」更新後二時間を目途に更新が無ければ「力尽きたな」と判断下されば嬉しいです。
しかも更新時間がマチマチになるという体たらくでして……。
他の話を楽しみにして下さっている方には誠に申し訳ないのですが、その点ご容赦下さいませ。

この記事が更新されている頃は、私の誕生日です。もういい年なので余り目出度くはないのですが(笑)

最後まで読んで下さって有難う御座います。
                  こうやま みか拝

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