ここから本文です
創作BL小説を書いています。

書庫全体表示

 ただ、内田教授の権限を一部委譲されていた長岡先生だったので、沈黙の怒りを湛えた内田教授が「妹さんを勝手に殺した設定にした」という――祐樹が把握していたのは「心筋梗塞で岩松氏の病院に運ばれた」ということ自体がウソだったという件のみだったが、それを立証するために彼女も呼んだのかも知れない。
 最愛の人も――仕事面では全幅の信頼を、プライベートでは困った妹的な扱いをしている人だし――内田教授は仕事面の彼女しか知らないだろうが自科の准教授よりも「権限の委譲」という、ある意味通称香川外科では有り得ない待遇を与えているだけに信頼出来る人間だと見做しているのだろう。内田教授は医局内クーデターを見事に完遂した後に医局のみならず病院内改革を医師の立場から行う「革命の闘士」でもあるので病院長も一目置いているし、医局内でも「独裁者」に近い立ち位置だと聞いていたので、香川外科のように――年齢的な面を勘案して役付けを貰っていない祐樹はあくまでも一介の医局員なので影に回ってしか最愛の人の手助けしか出来ないし、女房役としての黒木准教授が教授代行を執り行うという、病院のシステムに忠実だが、内田内科は異なるらしい。
「私立病院にも岩松氏が手を回すと言うことですか、長岡先生」
 プライベートの時は考えもつかない突飛なことをやらかして泣きそうな感じで祐樹最愛の人に電話を掛けて来ることも有ったと聞いてはいたが、彼女の決然とした声は戦いの女神とか勝利の女神のような落ち着いた声だった。
『もちろんです。だって私、怒っておりますもの。
 香川教授の――仕事では、ですが――何よりも大切になさっている奇跡のような手をそんな目に遭わされて黙って見ているなどということは、私には出来ません。
 かと言って、教授のマンションに伺っても何も出来ませんもの。精神科でとても優秀だった呉先生がいらっしゃいますし、何よりも田中先生が付いて下さっているので……』
 長岡先生も二人の真の関係を知っているので慎重に言葉を選んでいる感じだったが、言外に祐樹へとエールを送ってくれていることだけは分かった。
 粉々に砕けた魂がほんの一部分ではあったものの、元に戻ったような気がした。まだ、99%は砕けて痛かったが。
『私、いえ私達に出来ることはこれくらいしか有りませんが、岩松と付き合いの有る病院での採用は絶対に阻止してみせます。
 尊敬する上司がどんな目に遭わされたのか分かった今、その程度の報復はさせて戴くのはむしろ義務です。当然岩松も同じ気持ちですわ』
 長岡先生の穏やかな声が逆に凄味を帯びて聞こえる。「尊敬する上司」でもある上にプライベートでは「頼れる兄」のように慕っている彼女からしてみても今回の事件は看過出来ないようだった。まあ、それが人間としては正しいのかも知れない。
 長岡先生の婚約者は日本では知らない人の方が珍しい私立の総合病院の次期院長が確定している人なだけに、有名私立病院関係の人脈も幅広いし名誉職にも就いているだけに私立病院には戸田教授のこれまでのようなポジションは与えられないだろう。狂気の研修医を飼っていてその狂気が見破れなかったのは外科医なので当然かも知れないが、「人間扱いされないハズの研修医」が好き勝手に振る舞えた責任は重いのである意味当然だったが。
 細やかではあるが意趣返しは出来た点は喜ばしいが、井藤の狂気の犯行の方が今の祐樹にとっては最大の懸念だった。
「……呉先生の意見なのですが、明日一日での回復は難しいのではないかとのことです。
 いえ、これは未だご本人には伝えておりませんが……」
 暗澹たる思いで声を振り絞るように出した。
 あと、伝えるべきことは那須とかいう医師の件だけだと考えを巡らしていると、先方――何人いるかは祐樹には見えないので分からない――も重い沈黙に支配されているようだった。祐樹の粉々に砕け散った魂の欠片にも静謐な「月」の光にも似た最愛の人の「日常」がどれだけ重要だったか、そしてその「月」の不在の大きさに――守りきれなかった祐樹が悪いのだが――打ちひしがれているのと同じく、海千山千のハズの斉藤病院長すら怒りの余りの絶句と沈黙が却って不気味な――ただ、諸悪の根源であるアイツに関しても、斉藤病院長も病院長の祐樹の知る限りの「病院長権限」を越えての「剛腕ぶり」を発揮した戸田教授への処分を聞いた今はその行動力や政治力とか華麗なる人脈に期待するしかないのだが。
「……そうか。しかし、教授ご本人が『オペはする』と言っているわけだろう?要は精神的ショックだけが――いや、そちらも大変心配しているが――問題で、呉先生の投薬と後は教授の精神力に賭けるしかない。
 今、精神科の真殿教授とも相談していたところで……必要な薬剤が有れば病院から持って行かせる」
 真殿教授は呉先生と喧嘩して呉先生が不定愁訴外来を立ち上げたという、いわく因縁のある教授だったし、呉先生が――大学病院からではない移動式点滴台などを持ちこんだことを考えると薬剤の確保もウチの病院からでない可能性が高い。
「真殿教授ですか?呉先生から薬剤の報告をして貰った上で、教授に異論がお有りになるようでしたら薬剤の追加をお願いいたします」
 真殿教授と聞いて呉先生の細い眉が戦闘的な感じで吊り上がった。まあ、過去の因縁が有るのでその気持ちは痛いほど分かったが。
「真殿教授がそこにいらっしゃるようでしたら、オレのスマホからも斉藤病院長の電話番号に掛けても良いか聞いて下さい」
 当然ながら斉藤病院長の携帯番号を知っている病院関係者は――教授職はどうだか知らないが――ごく少数なので呉先生も知らないらしい。
「呉先生が病院長経由で真殿教授と話したがっていらっしゃるようですので、そちらの電話番号に掛けるか、それとも真殿教授の電話に直接掛けても良いか、その点は病院長にお任せ致します」
 精神科の場合は患者――とは思いたくないが、今の最愛の人の状況ではそう呼ばれても仕方ない――の症状に合わせた薬の選択のみが重要だし、精神科医との信頼関係がかなりのウエイトを占める。呉先生は最愛の人とも「友人」として付き合っている上に真殿教授とは教授会で顔を合わせる程度で話したこともないのではないだろうか?少なくとも祐樹が聞いている限り真殿教授の話題が出たことは一度もないので。
「呉先生には真殿教授の電話番号を伝えるので、そちらで専門家同士の話をして欲しい」
 斉藤病院長も精神科のことは門外漢なので得意の丸投げをする積もりらしい。
 呉先生に病院長から聞いた真殿教授の携帯番号をメモして手渡したら、呉先生が蒼い炎を纏ったような戦闘的な雰囲気を醸し出していた。惚れた弱みが有るとはいえ、森技官ですら呉先生に頭が上がらないそうなので口での戦闘力はそれなりに有る――見た目の優しげで風にも耐えない可憐な感じとは異なって――祐樹の助太刀は必要ないだろうし、こちらは最愛の彼のことで手一杯だった。
 呉先生が薬剤の具体名と思しき祐樹の知らない単語を混ぜながら機関銃のようにまくしたてているのを――どうせ聴いても分からない――横目に見ながら斉藤病院長との話を続けた。
 那須医師と井藤との金銭的授受とその切っ掛けとなった怪しげなキャバ嬢――多分反社会的勢力の息が掛かった店に勤めているに違いない、その女性がどこまで知っているかは知らないが――の件を報告すると、斉藤病院長は怒りを通り越して呆れた感じで『那須医師にも然るべき措置を取る』とだけ言ってくれた。
『香川教授の月曜日の手術の件だがね、黒木准教授もオペ室に入って――講義は休講にして――くれるそうだ。執刀医は香川教授、第一助手は田中先生だがイザとなれば替わって欲しい。その時の教授の精神状態で黒木准教授が田中先生に指示を出す。それで問題はないハズだ』
 黒木准教授も手技の腕はともかくとして経験は誰よりも豊富だし、全体を把握して的確なアドバイスをする役目としては打ってつけだろう。柏木先生からの第一報が入って定時上がりだったハズの黒木准教授は慌てて病院に引き返してくれたに違いない。何といっても医局の「実質的な」責任者だし、教授の女房役というか縁の下の力持ちを誠実にこなしてくれる温厚な人柄だったので。
「有難う御座います。それにしても真殿教授まで呼び出して下さったことにも驚きましたが」
 黒木准教授は病院長に言われなくとも柏木先生からの連絡――同じ医局なので携帯番号はお互い知っている――で病院に戻ってくれることは祐樹も想定内だったが、斉藤病院長がこの件とは無関係な精神科の真殿教授まで呼び出したことだけは意外だったのでつい口が滑ってしまった。
『黒木准教授から井藤研修医についてのレポートが提出されて――ああ、温和な彼にしては珍しく怒っていたな、まあ当然だろうが――それで餅は餅屋だと真殿教授を呼び出したわけだ。病院でも珍しい一枚岩の香川外科だし、香川教授が脳外科の『井藤』に拉致された件で医局内は騒然としたらしい、まあそれはある意味当たり前のことだろうが』
 顔面擦過傷の久米先生の「駆け込み訴え」は祐樹が指示したことなので医局内が騒ぎになることは想定内だったが「黒木准教授の井藤のレポート」というのは祐樹も初耳だったので思わず目を見開いてしまったが。黒木准教授は今回の件には巻き込んではいなかったので。











どのバナーが効くかも分からないのですが(泣)貼っておきます。気が向いたらポチッとお願いします!!

季節の変わり目のせいか、体調が思わしくなくて更新がままならないことをお許し下さい。
【本日は一話のみ】の更新となりますことをお許しください。


最後まで読んで下さって有難う御座います。
               こうやま みか拝

この記事に

  • おはようございます。更新ありがとうございました。

    関係者の皆さん、怒ってらっしゃいますね。
    当然だと思います。私も怒ってますから。
    ただ、長岡先生は戸田ヘタレ教授に「脳外科医として手術をすること」は許して差し上げるようですが、彼も香川教授程ではないにしろ「脳外科医としての自分」をプライドの根源にしているように思えます。
    無責任でプライドを持つに相応しい重圧に堪える努力もしない男に、プライドの根源を残してやる優しさは不必要かと。
    腐れゴミ虫を絞め殺したいくらい憎いのは当然として、脳外科のヘタレ共にも神の無慈悲な鉄槌を喰らわせて欲しいと心から願います。

    [ ルナ ]

    2017/10/5(木) 午前 10:01

    返信する

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
  • 名前
  • パスワード
  • ブログ

開くトラックバック(0)

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事