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今日は、まだ寒かったけど、キウイの、剪定をした、
1時頃から、3時過ぎまで掛かった、新芽が出だしたら、もう1度、枯れたのを、落とさなければ。
見て分かる枯れ枝は、切り落としたが、まだ、残って居そうなので?
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こんにちは、ゲストさん
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今日は、まだ寒かったけど、キウイの、剪定をした、
1時頃から、3時過ぎまで掛かった、新芽が出だしたら、もう1度、枯れたのを、落とさなければ。
見て分かる枯れ枝は、切り落としたが、まだ、残って居そうなので?
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ここ、2・〜3日の、冷え込みは、凄いね。
また、冬が、やって来たみたいです。
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朝起きたら、真っ白。
まだまだ、積りそうだ、新潟には、負けるけど、
まだまだ、行きそうです。
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弟が亡くなりました。
12月23日午前4時・45分です。享年63歳でした。
12年前、白血病を発症して、骨髄移植、それから、いろんな病気を、併発。
骨頭壊死にもかかり、両足大たい骨、人工関節、辛い12年だったと、思います。
でも、端の者は、だれも知りませんでした。辛い所は、だれにも見せない弟でした。
弟の家族だけしか、知りませんでした。仕事人間で、倒れるまで、働きました。
19日、日曜日、ぐわいが悪くなり、そのまま、意識が戻らずでした。
死因は、敗血症でした。
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大正六年・六月・六日に、大雨が降りました。
田植えの準備には、良かった。
六月十六日、田植えの準備も、ほとんど、終わって、
明日から、田植えに、かかる様に、なっていた。
今年も、川向こうの、松本の奥さんに、予約しており、
明日から、田植えを、始める旨を、連絡しなければ、ならない。
大島さんの奥さんは、朝食の後、子守の、福江ちゃんに、
和夫ちゃん(五歳)と秀彦ちゃん(三歳)の、子守を、今日も、してもらっていた。
すこし経ってから、子守をしながら、使いを、頼んだ、
「明日から、田植えを、始めますから、お願いします」と、云って来て」
と、頼んで、一銭銅貨を、三枚渡し「松本さんに、行ってから、帰りに、おかしを、買ってたべてね」
「帰りは、とんば(川の真ん中に、大きな石を置いて、それに、両方から、板を、渡しただけの物)
を、渡らないで、引き返して、洗出橋を、渡って帰ってくるのよ」と、念を押して
奥さんは、畦塗りに出かけた。暫くして、福江ちゃんは、秀彦ちゃんを、背負い、
和夫ちゃんの、手を引いて、家を出て、北の方向に、歩いて、行った。
三百メートルほど行くと、左手の、道沿いに、店が有り、お菓子の、ビンが、並んでいるのが見えた。
お菓子のビンを見て、和夫ちやんが、「アネー、飴玉があるよ、買おうね、ねえ、買おうね」と、云うと、
福江ちゃんは、「帰りに買おうね」と云う、「ほしいなー買おうよ」と、ねだる。
背中の、秀彦ちゃんも、「あめ、あめ」と、手足を、バタバタさせて、ほしがる。
「そんなら、買おうね」と、三銭出して、飴玉を買うと、小母さんが、十五個、紙袋入れてくれた。
「ありがとう」と、受け取り、和夫ちゃんに、六個、紙に包んで持たせ、残りを、
福江ちゃんが、持って、一つを、秀彦ちゃんの、口に、含ませ、浦の、谷川の土橋を、わたり、
少し行って、紫川に掛かった洗出橋を渡り、ようやく松本さんの家に、着いた。
都合よく、小母さんが、居たので「明日から、田植えを、始めます、お願いします」と、伝え、
承諾の、言葉を、いただき、松本さん家を出て、川沿いまで来た。
洗出橋に、引き返し、家に帰ろうかと、思ったが、三百メートル位行くと、渡り上がりの、集落が有り、
仲の良い、早苗ちゃん(十歳)が、居る事を、思い出し、農繁期で、学校は休み、家に、居るかもしれない?
早苗ちゃんは、居たので、余念なく、遊んでいた。早苗ちゃんが、「空が曇って来たから降り出すかも、
わからない」と、云い出し、帰る事にした。洗出橋まで行って渡って帰ると、廻り道になる。
雨も降りそうだし、渡り上がりのトンバ橋は、目の前にある。今までに、何度か渡った事がある。
トンバを、渡ろうと決め、トンバへと、歩いた、川端まで行き、背中から下ろした秀彦ちゃんを、座らせ、
「すぐ、引き返すから、じっと待っててね」と、言い置き、和夫ちゃんの手を、しっかり握り、トンバを、渡り、
引き返して、待っていた秀彦ちゃんを、背負って、トンバを、渡り始めた、半分近く来て、
何故か一たん、止まったと、思うったら、ポトンと、濁った川の中に、落ちて、流された。
こちらの岸で見て居た、和夫ちゃんが「わーー」と、泣きだした、近くで、畦塗りを、していた、
集落の木村の小父さんが、気付いて「どうしたんか、どうしたんかな」と、声をかけた。
賢い和夫ちゃんは「アネーが流された、川に落ちて、流れていった」と、泣きながら話した。
「なんなー、そりゃー大変じゃ、大事じゃ」木村の小父さんは、鍬も、投げ捨てて、
「オーーイ、子供が川に流された、子守の娘が、トンバから、川に落ち込んだーー
みんな川に、寄っておくれーー」と、叫んだ。幸い田植え時期で、多くの人が、
水田に出て、働いていた。大島さんは、もしやと思い、畦伝いに、川に向かって走りだした。
トンバから、三百メートル位下流に有る渕に、駆けつけた、少し上流から、見覚えのある、
浴衣地の様な、白地の多い着物を着た娘が、子供を背負って、浮き沈みしながら、流れてきた。
家にいる、子守と二男だー、驚きながら、川に飛び込み、流れて来る子を、捕まえ、
手を、握って引き寄せた、雨で、増水しているので、ともすれば、流されそうになるのを、
必死で耐え、渾身の力で、どうにか、岸に、引き上げ、みると、子守の娘と二男だ、
集まって来た人は、手分けして、火を焚くやら、水を、吐かせたり、止まってる心臓を、
復活させようと、人工呼吸を、したり、医者を、呼びに行ったり、その中に、突然、
「うえーーん」と、二歳の秀彦ちゃんが、泣きだして、生き返った、
しかし、福江ちゃんは、随分と、手を尽くし、駆けつけた医者も、手当を、尽くしたが、
蘇生しなかった。小倉から駆けつけて来て、嘆き、悲しんだ。
大島さん夫婦は「申し訳ない、相済みません」と、詫びるばかり、
人々も慰め様もなかった。
大正八年(1919)事故から、二年後、
石造二連アーチの橋、通称(眼鏡橋)が、完成しました。
今は、北九州の、指定文化財に、成っています。
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