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それでも、入学させられるハメになったのは・・
受験日の1週間前に、中学校の廊下で、親友のN子にすれ違った際に
呼び止められて、「ねぇ、一緒に付き合いなよ」
私「どこへ、トイレならさっき行ったばかりだせ」
N子「とぼけないでよ、仲間で皆で新設校を受けるんだから、
あんた一人、抜け駆けは許さないからね」
私「そんなこと言ったって、受験手続してねぇもん、無理だよ」
N子「そう言うだろうと思ってさ、これあんたの受験票だよ」
私「なんでだよ、頼んでねぇよ。あんなご隠居のところは、
死んでも御免だよ、世話が大変だもん」
N子「あんたはそういったって、アタシ達は、
そこしか手続きして無いんだから、あんたが一緒に行かなきゃ、
病気になったとき、アタシ達の急患を誰が観てくれるのよ
皆で相談して、お小遣い出し合って、あんたの分の受験申請の
手続きしたんだから、受け無いなんていったら、皆で怒るわよ
あんたの首に縄つけてでも、連れてくから覚悟しなさいね」
私「怖っかねぇなぁ、仲間達に確認しよう」
親友の男子、「俺も仲間も、皆で小遣い叩いたんだから
お前えが付き合わないのならば、学校一のサボり魔をバラすぞ」
私「ひぇ〜、ヤバイ、しゃーねぇ、受験するだけなら付き合うよ」
でも、受験勉強は、行く気が無いから、全くやる訳が無し(笑)
受験日の前日の夜の8時頃まで、私は毎日ラーメン屋で働いてたのです。
これはクラスメートの女子が、戦前から中国内戦の迫害を逃れて
日本へやってきた、親戚の中華店で住み込みで働いてた夫妻が、
戦後になって、二人の姉妹を抱えて、進学の為の入学金を工面の為に
奮起して、独立開業に漕ぎ着けたものの、当時の中華は、日本人の
好みに下味が合ず、厨房の熱気と心労でタウンしてしまったので、
見かねて私が手伝い出して、味まで全て日本人好みに手直しして、
焼き餃子も加えて、行列が出来る店にして、繁盛させてしまった為に
毎日、午後の3時からは厨房に立つハメになってしまったのでした。
┌(。Д。)┐ あはは♪
そして、夏休み中の午前中〜2時までは、ノコギリ持参して、
新設校用の駅のホームの延長分を、校長との約束通りに、
仮設の木造で、大工仲間の応援とで、きちんと仕上げて行きました。
だから、午後の3時以降は、ラーメン屋で夜9時過ぎまで働いてたのです。
そして、中3の年末にまでに、クラスメートの進学費用も
何とか工面できました。
そのラーメン屋に、その女子が受験する先の、県立鎌倉高校の教職員達が
ラーメンを食べにやって来たので、私が店の娘の女子を紹介して、
他人の悪口、陰口は一切言わない姉妹の姉なので、面談させて、
人柄も分かって貰い、順調に合格できたのです。
無論、学力は、トップクラスの女子だった為です。
そんなことも受験先の校長の耳にも伝わってたので、
私が仲間と受験する日の前日の深夜8時過ぎに、いきなり尋ねてきて、
校長「ワシの囲碁の相手をせい」
私、唖然として
「これから帰ろうという時に、また、邪魔しに来たのかよ。
外はどんどん、ドカ雪になってるというのに・・」
「校長の家は、ここの店から目と鼻の先の近場だから、
構わないのだろうけど、こっちは、働きどうしで、
まだ夕飯すら食って無いんだよ」
校長「ならラーメン、ワシも食うから、一緒に食いなから相手せい」
私「奥さん、角出して怒るよ」
校長「バカモン、暮れも節分もとっくに過ぎ取る」
私は、お店の閉店作業を、中華店のご主人に任せて
私の父親が営んでた、囲碁会所で、碁盤に向き合いながら、
校長とで、手製のラーメンを食べて始めてたら、そこへ校長仲間の
数学専攻のベテランの、湘南高校の後任の校長がやって来て
校長仲間
「お前、明日は受験だろう、ここ半年間、お前が勉強したの見たこと無い。
毎日、ラーメン屋でずっと働いてて、明日受験なのに、
こんなところで囲碁の相手して、油を売ってる生徒なんて見たことないぞ」
「お前、特待生や奨学金手続き申請したのかよ。」
私「この校長のところへは、全く行く気無いから、そんなのしてないさ」
「だったら、どうするんだ、落ちたら、親が困るだう」
私「落ちる気もゼロだから、その心配も無用だけど、既に理系の電子科は
親に黙って受けて、合格してるから、そっちへ行くまでのことさ」
校長「そうはさせんぞ、ワシのところで、どうでも引っ張り込んで、
しごいてやるから覚悟しとけ」
私「やだね〜」
校長仲間「お前、受験して、何点ぐらい取れる自信あるのか」
私「全科目、満点か、ドジっても、−2点以内かな・・」
校長仲間「大きく出たな、それなら、俺のところで欲しいぐらいだ、
なぜ来んのだ!!」
「この校長が、画一マスプロ教育のところじゃ、
将来の日本は必ずダメになるぞと、
一つだけ、まともなことを言ったから、画一教育でない学校を探して、
この校長のところも危なっかしいので、それで理系の自由研究がやれる
電子科の専門校を受けたのさ。」
校長仲間「結果は、どうだったのか」
「ダントツの一位だったらしい、解答用紙に、好きなことを書けと
あったから、高校じゃ習わない、ニュートリノ、電子、ミュー、タウ粒子
などの素粒子論まで書いちゃったから・・驚いてたらしい」
50年前にして、ここまで書いてたってことは、
タイムマシン的に脳が働く、その実証であったのかも・・
校長仲間「お前、明日は酷く寒いぞ、仕度は出来ているのか、不安はないのか」
「無いと言ったら、ウソになる、一つだけ、凄く気になってることがあるのさ」
校長仲間「それはなんだ!!」
「この校長、やっはり校舎の完成が間に合わなくてさ、
受験会場を新設校舎でなくて、姉妹校の茅ヶ崎高校の、
戦前からの老朽校舎で、廃校が決まってるボロ校舎を借りて、
受験することになったんだけど、下見に行ったときに、
校舎が傾いてて、廊下には穴が幾つも空いてるわ、窓はあちこち割れてるわ、
雨漏りするし、寒風は吹き込むし、
机の上に鉛筆を置くと転がって落ちちゃうほどなので、
明日はドカ雪の重さで、きっと、校舎は潰れるよ」
「国道が傍だから、走るダンプの振動で受験生ごと倒壊に遭って、
雪の中で凍死する、命日になるんじゃあと・・
それが一番の心配事だ♪」(〜^^)〜
校長「何を抜かすのか、ワシの片腕のベテラン達が、張り付いて、
チェックしとるから何も心配ありゃせん。
大船に乗ったつもりでいりゃいい」
私「そういう時こそが、また危ないんだよ
親友の兄貴が、そこの校舎を使ってたから、
絶対、このボロ校舎で受けたら、
災難がおこるぞと、忠告してくれてるので、
どうもそれが当たりそうな予感がしてるのさ」
ともかく、受験日の前日の夜中の11時45分に、漸く囲碁を終えて
ドカ雪の中を家に辿り着いたのは12時半を回ってました。
翌日、朝6時起きして、仲間と待ち合わせて、
ドカ雪の中で、約束守って受験しました。
災難が起きたのは、1日目ではなく、2日目のことでした。
2日目のお昼前に英語の試験になり、試験開始から直ぐに、
始まる筈であったリスニングで、教室のスピーカーが
「ブーン」と音を立てたっきり、聴こえ無くなったのです。
出題もリスニング形式で、答えを記入するのもそれを聴いて
筆記する形式であったので、長文そのものと、
問題すら何も聴こえ無きゃ、答案の書きようが無し。
私は、これ幸いだと、これでこんな学校に受からず、
これで親を説得できると、大いに喜んでニコニコ顔でした。
でも、お団子の零点は、かっこ悪いから、できるところは記入して、
解答欄のところは山勘で、適当に書いておいたのです。
この最中、リスニングが全く聴こえ無い為に、泣き出す生徒達は、
女子だけでなく男子達まで、かなりの数に上っていました。
時間が来て、答案用紙を提出したら、即座にN子が駆け寄ってきて、
N子「あんた一人で笑ってるけど、抜け駆けして、逃げる気じゃないの」
私「バレたか!!」
N子「あんたは、理系に行かれるけど、あたしはここしか受けてないんだから、
校長に掛け合って、聴こえ無なかったの何とかしてよ。
周りの皆も泣いてるんだから、校長に急いで、掛け合ってよ。」
「あたしがこのまま落ちたら、自殺して、あんたを恨んでやるから」
私「怖っ・・じゃあ、一緒に、校長のところへ行こうよ」
他の受験生達から
「掛け合ってくれ、聴こえ無かったのは、無効にするよう頼んでくれ。」
別の受験生の女子からは
「あたしは、一生懸命勉強してきて、カンを働かして書いたから
△でもいいから、得点になるようにして欲しいわ」
私「じゃ、両方の願いをちゃんと伝えて、公平な採点になるように
頼んで見ます。ここに校長に来てもらって、皆の声を聞いて貰いながら、
お昼休みに、もう一度、リスニングを放送して貰えるよう頼んでみます。」
こうして N子と2人して、校長のところへ向かったら、
同じ敷地内で、姉妹校のほうを受験してた親友が駆けつけて来てくれて
親友「おーい、どうした、災難が起きたのか!!」
私「当たりだ、英語のリスニングが全く放送されなかったまま、試験が
終わってしまったよ!!」
親友「やはり、俺の兄貴の言ったとおり、アクシデントが起きたんだ
俺のほうは、新校舎だからちゃんと聴こえて、無事に出来たから、
兄貴の言うとおり、姉妹校のほうを受けて良かったけど、お前達が
災難だな。」
「校長に掛け合うのなら、俺も付いていって、
兄貴の忠告を証言してやるよ」
私「持つべきは親友だな。感謝するよ、よし三人で掛け合おう」
これで、校長室へ三人で、駆け込んだ。
校長は、姉妹校の教員たちと談笑してたので、
私「校長、談笑してる場合じゃない、大変な災難が起きちゃったよ。
受験生達が泣きじゃくるほど、大騒ぎになってます。」
校長「何が起きたんだ。」
親友「俺の兄貴が、卒業する前に、ここの生徒だったので、
その兄貴が忠告してくれた通り、ボロ校舎の方で、英語の
リスニングが放送されなかったとのことです。」
校長「何だと、それは本当か」
私「本当のことさ、受験生が泣いてるから、教室へ行って、
その目と耳で、事実を確認してよ。」
そのとき、姉妹校の教員から
「あの実は、校舎が古すぎて、我々が教えてる時にも
時々、起きてたことなんです。」
校長「なんだと、それをなぜ、前もって、
ちゃんと知らせてくれなかったのか」
姉妹校の職員
「新校舎の完成が間に合わないので、
ウチのボロ校舎を使わしてくれと、
依頼を受けたのが、12月の末だったので
ボロ校舎の不備を理由して、お断りするのも、
時間的に間に合わないだろうと思い、
不備を隠したまま、聴こえることもあったので、
そのまま黙ってお貸しした結果、
こんなことになってしまい、申し訳ありませんでした。」
「私達に出来ることがあれば、お手伝いさせていただきます。」
校長「弱ったなぁ、とりあえず、手分けして、受験生達の生の声を
聞いて、不公平にならないように、急ぎ検討会をして、本日中に
どうするか伝えよう。」
これで校長と教員達で、聴こえなかった教室へ出向いて貰い、
事実確認と、生徒達の要望を聞いてもらいました。
その後、校長が私に、「聞こえん訳を知りたい、放送室へ行くので、
お前、電子科がダントツならば、原因が解かるじゃろ教えてくれ」
私「また、尻り拭いが回ってきたか〜、ゞ(_。_)ゞ パタリッ
やれやれ、ご隠居のワカラン人に、放送室へお付き合だ」
校長「何を〜ッ」 (ノ^^ )ノ(ノ^^ )ノ
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妖怪予知ダス中学編
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戦後、空前規模の大衝突
実弾発砲の雨と、妖怪小僧の戦い 全5話-その5 最終章 完結編
翌日の朝、朝食へしっかり食べてから
再び、縁日の2日目へ出向いた。(爆)
現場に到着すると、東電の兄ちゃんは
既に来ていて、さっそく準備に取り掛かっててくれた。
その少し横で、警察官たちと顔見知りの刑事さんとが
なにやら地面を、あちこち調べていたので、声を掛けた。
私、「おはよう、刑事さん、落し物でもしちゃったの??」(笑)
刑事「おお、お前か、落し物じゃなくて、昨日の夕刻ごろ
「ここで、中学生が襲われて、乱闘があったと署に通報が
あってな、お前は何か知ってないか。」
私、「それって、おいらのことだよ。」
刑事「なにおーー!!、ああ、お前は中学生になったんか。
ワシは、もうろくしたんか。まだ小学生だとばかり思ってた。」
「灯台下暗しじゃった。」と笑いながら、
「歳月が経つのは、光陰矢の如しじゃ、あっという間だなぁ!!
お前と知り合ったときは、まだこんなに背が小さかったのに、
ワシはあと半年で、定年退職じゃ、いろいろなことが、
走馬灯の如く、いろいろ思い出されてくる。
感慨無量じゃ・・」と、ちょっと涙目!!
そこへ調書を持った警官が来て
警官「中学生って、この子のことですか。」
刑事「お前、どこも怪我しとらんか。ぐるり回ってみろ!!」
私、「おいらは、どこも何ともないよ、この通り!!」
警官「信じられませんなぁ、こんなことってあるんでしょうか?」
刑事「事実は小説より、奇異なりじゃ、
お前、昨日のこと説明できるか。」
私、「うん、いいよ、刑事さん、そこの石段の一番上の、
大石に、ちょっと用心して、近付いて観てよ。」
刑事「この大きな石のことか。」と近付く
私、「その近辺に、まだ血のりが沢山、残ってるでしょ!!」
刑事「うむ、残っておるな!!」
私、「そしたら、その血のりを踏まないようにして、
そっと、大石の上に、足を乗せてみてよ。」
刑事「よし、こうか。」と身を乗せた途端に、
大石がグラり揺れて、刑事が石段から転げ落ちそうに
なったので、瞬時に支えて、落ちずに済んだ。
刑事「こりゃ、危ない、縁日で誰かが乗ったら、転げ落ちて
大怪我するぞ、和尚に言って、直させなきゃいかん」
私、「今日は、取り合えず、ロープを張って立ち入り禁止にしてよ。」
刑事「良し、そうしょう。・・で、この大石と、乱闘とどう関わりがあるのか。」
私、「おいらは、昨日、この石段を、刀を持った奴らに追われて
和尚のところへ、逃げようと駆け上がってきたのさ。
刑事さんも知っての通り、子供の体重は軽いので、
この大石に乗っかっても、転げ落ちずにすんだけどさ。
追っ手の、親分は大人だから、この大石に乗った途端に
重さでバランス崩して、後ろへ倒れ掛かったのさ。」
この時、傍で、話を聞いてた、縁日の屋台の仕度をしてた
的屋衆の古参格が
古参格「デカの旦那、あっしらとて、本当は真っ当になりてぇんでさぁ!!」
「でも、あっしらは、生まれつきなのか、育つ途中でなのかは
分からねぇんですが、とにかく、祭りの太鼓の音を聞くと、
体が浮かれちゃって、興奮しちまうタチなんでさぁ!!」
「うちの親分も兄いも、その点は同じだけど、親分は人一倍、
半月前から、やたら張り切っちまって、あっしらが傍から観てても
そんな前から、張り切っちまえば、イザ、本番の時にまで
疲れちまうのに、いくら止めても興奮しちまって、眠れねぇもんだから
アルコールに手を出して、祭りの前日には、浴びるほど兄いと
2人で、飲んじまってたんでさぁ。」
「そこへ、祭りの日に、この子が現れたもんだから、
駅前の一件での敵討ちとばかりに、追いかけ回して、
そこの石段を、駆け足で親分と兄いが続いて、
駆け上がったんでさぁ。」
「そしたら、足場が悪りぃもんだから、ぐらっとなったら
刀を振り上げたまま、後ろ向きに、兄いのほうへ
振り下ろすように、倒れちまったんでさぁ。
兄いも、居合いの達人だから、とっさに防戦して
気付いた時には、同士討ちでさぁ!!」
刑事「・・ということは、仲間同士での、偶発的な、相打ちなんだな!!」
古参格「へい、その通りでさぁ!!」
刑事が、調書を持つ警官に
「これで、どう処理したら良いか、判るな!!」
警官「ハイ、私も警官の端くれですから、その位のことは、直ぐに判ります。
事件調書ではなくて、被害者と加害者が、同じと言うことで、
空発的な事故として、事故調書で、一件落着ということで宜しいでしょうか。」
本当の真実と、裁判での真実とは
刑事「その通りじゃ、この一件は、仮に、ありのままの本当のことを
包み隠さず、事件調書にして、書類送検したとしよう。」
「そしたら、本訴で、裁判官、検察ともに、我々の警察の調書の
内容を、信じられると思うか。」
刑事「戦中の陸軍精鋭部隊が、銃剣所持して、丸腰の中学生に
総力戦で挑んで、丸腰の子供に、壊滅しただなんて、
誰が、そんな、ありのままの調書だろうが、信じられるのか。」
警官「信じられませんねぇ〜」
刑事「裁判所は、国の威信を背負った公の裁判所だ。
そして報道するマスコミもまた、公の威信を背負った、
報道機関であることを考えると、素人の国民大衆とて、
陸軍精鋭部隊が、たった1人の丸腰の子に、壊滅しただ
なんてことは、歴史上、誰も信じないだろう。」
刑事「世の中は、事実とは小説よりも奇異なりを、地で行くことも
良くあることだが、人間という生き物は、学問や、見識を身に付けた者達ほど、
理論の理詰めで筋道を立てようとするあまり、本当の真実が、通らないことは
常に起ることを、承知しておく必要がある。」
「それよりも、この子の説明の通り、誰にも分かり易く、筋が通ることのほうが
世の中には通るのだと、いうことも、心得ておく必要がある。」
「本当の事実は、決して唯一つでは無い。ということも
こうして、この子は学びながら、育つように天が仕組んだとしか
言いようが無い。なぜそうなのかは、今は知る良しも無いが
後世の歴史上では、役立つ時が来るのかも知れん。」
警官「世の中の真実とは、まさに、公の側からのものと
現実に、我々が観ているものと、二つあるということですね。」
刑事「それをどう判断するのかによって、もっと無数通りの真実が、
この世にはあるのかも知れん。
我々は、今の法規に照らして、役目を果すのみじゃ!!」
「後のことは、この子の世代に託すとしよう。」
警官「全く、その通りですな!!」
私、「んじゃ、おいらは、和尚さんにご挨拶して、兄ちゃんのことを手伝って
その後、一旦、お昼を食べに帰って、また夕方、ここに来るから
祭りに、またもめ事が起らないように、警察官たちに、ところどころに
立って、女衆や子供達が、安心して楽しめるように、見張り番と
誘導係りやってよ。」
刑事「良し、そうさせよう。」
これで、和尚さんと、東電の兄ちゃんところへ、挨拶と手伝いをしに行き
その後、一旦、お昼を食べに帰って、夕方、再びやって来た。
縁日の賑やかさは、照明が一段と明るくなったことで、女衆と子供達も
口コミで、大勢集まって来てた。
そこで、昨日の姉妹と、無事に再会した。
姉妹「昨日は、お寺の外に連れ出された直後は、
もうダメだ、助からない。涙顔だった。」と語りました。
「でも、10分経っても、まだ発砲音が続いてて、
周りの大人達は、『まだ、音がしてる』
15分経っても『まだ銃声が鳴ってるってことは、生きて戦ってるんだ。』
20分経ると、続々と担架で、外へ運ばれて来たのは、
『ヤクザ達ばかりだ。子供はどうした。』
『まだ銃声は、続いてる。まだ、生きてるって証しだ。』」
姉妹は、「ならば、絶対に生きてる。」と祈り続けて
30分しても、まだ銃声は続いてて、
「そのうち、漸く、音がしなくなったと思ったら、
担架で、担がれて来たのは、親分達のほうだった。」
「これなら、きっと無事だから、明日会えると確信持てた。」
と語ってくれました。
私、「心配掛けちゃって、御免ね。」
「お侘びに、綿菓子をご馳走しよう。」
的屋のオヤジに、
「綿菓子、三本、タダにしてよ。
「三人で、賑やかしの呼び込みやるからさ!!」
これで、昨晩、頭に負傷させた、的屋のオヤジから
タダで、戦利品の綿菓子をゲットして、
姉妹と三人で、
「格別に(タダは)美味しいね。」「うん、とても美味しい。」と、爆笑!!
そこへ、昨晩の一般衆の男たちがやって来て
A「おい、あの子だ、なんともねぇじゃねぇか。」
B「なんでたよ、俺は、襲われてんのを確かに、この目で見たぜ。」
C「なんで、子供が無事で、あいつら玄人のほうが、
担架で担ぎ出され続けたんだ。」
A「それによ、包帯巻いてる目の敵が、傍に居るのに、
今日は、なんにも起きてねぇぞ!!」
B「不思議なこともあるもんだ。俺たちはきっと
縁日のおキツネ様に、化かされて夢を観てたんじゃねぇか。」
C「俺たち三人とも、同じ夢で化かされたのかも、行いが悪いんか」
「世の中は、信じられねぇことが、起るもんだなぁ。」
私、「おいらは、キツネよりも、尻尾はタヌキかも」と振り返って
姉妹に「シッポは、見えてるかい。」
姉妹「今は見えないけど、そのうち、生えてくるかもよ。」
爆笑でした。
盆踊りの準備が始まったので、
そこへ三人で移動したら
姉御と女衆が、仕度をしてたので、
「昨日、お騒がせしちゃったので、手伝いに来ました。」と挨拶したら
姉御
「アンタ達なんだ。丁度いい、盆踊りの、子供用の浴衣が余ってるから
それを羽織って、一緒に踊ってよ。」と、姉妹とお揃いの浴衣を着て
女衆の踊りの輪に参加!!
この頃の時代は、美空ひばりの全盛期なので、
ひばりの花笠音頭などで、踊ってました。
そして、帰りは、その浴衣姿に化粧顔のまま、家に帰りました。(爆)
その翌々日、岡村元大将と落ち合って、縁日の稼ぎがどうだったのかを
尋ねたら、
大将「全く、お前ってやつは、信じられネェ、とんでもねぇ化け物野郎だ!!」
「最後の1日だけで、前年の稼ぎの3倍を越えちまったよ。」
私、「やっぱり、『ニセのイザリ』(戦後に、戦犯級の上級将校達は
傷痍軍人のフリして、街角の傷病兵を装って生活するしか立つ瀬が
無い敗戦の将であったので、『ニセのイザリ』の異名がついてました。)
と、『坂下の薮医者(手荒な荒療治の外科医の元軍医の異名)』と、
『クソ坊主』(寺の和尚で、闇の顔を持つ、代々公儀密偵を支援の大僧正)
に、妖怪小僧の役者が揃ろうと、そういうことになるんだねぇ!!」
と、豪快笑いをしてました。
この稼ぎは、恵まれない戦争孤児、貧しい子供達への生活費の支援と
学費支援に使われていました。
そのお金を、届ける役目も、私は担ってたので、民生委員達と共に
戦後の底辺の建て直しに使われてたのです。
ワ〜イ!\(^^\)(/^^)/ワ〜イ!
「戦後、空前規模の大衝突」の5話は、これで完結です。 |

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戦後、空前規模の大衝突
実弾発砲の雨と、妖怪小僧の戦い 全5話-その4 私は姉御へ
「今までは、お祭りにしても、灯りが暗すぎて、
子供の目から見ても、お化けが出てきそうな、そんな暗さだから、
女子供の一人歩きすら許されない、大人の男衆が威張ってられる、
男尊女卑の世の中でも、仕方が無かったけど、
明日からは、照明の明るさを、倍以上に明るく出来ると思うので、
ちょっと東電の兄ちゃん宅へ、祭りの明るさの件を頼んで見るから、
10分ほど電話を切って、その間に相談して、また電話を掛けなおすので、
少し、そのまま電話の傍で待機しててよ。」
そういって、一旦電話を切って、ズボンの後ろポケットから手帳を取り出して
メモしている、東電の福祉課担当の若い担当者へ電話を入れました。
(この頃、電話は交換手の時代から、直通に切り替わった時だったので、
あちこちから、電話での頼まれ事も多くなっていたので、
常にメモを持ち歩いてたのです)
でも、この時は、すでに仕事場は、閉まってる夜だったので、
メモしてある自宅へ、更に電話を入れました。
直ぐに、若い担当者が電話口に出てくれて、
私、「あ、おいらだけどさ、夜分に電話入れちゃって、失礼かもしれないけど
明日の祭りのことで、頼みごとがあるので、ちょっと相談していいかな。」
担当者「おおいいよ。どういう相談だ。」
私、「祭りの照明電球が暗すぎちゃってさ。電球の口金がE26ならば、
兄ちゃんは、60ワットまでOKだと言ってたよね。
今のは、10ワットしか使ってないようなので、同じ口金ならば、
60ワット球へ、交換して貰えないかな。」
(E26の口金とは、ねじ込み式照明電球や、今日のLED家庭用照明電球で
使われてる、ねじ込みソケットの差込み直径の表記号のことで
60ワットまでの、適合規格のことです。)
担当者「そんなことなら、お安い御用だ、明日の朝一番で、夕方の祭りの時刻までに
間に合うようにしてやるよ。ついでに、雨が降っても大丈夫な、屋外用の
もっと明るい奴も、福祉予算が余ってるので、それで取り付けてやるよ。
お前、明日は何時にそこに居る??」
私、「さすが兄ちゃんだけのことはあるね。みんな、明日はびっくりして大喜びだよ!!
その明るさなら、女の子まで足元が明るくなるので、安心して祭りが楽しめるように
なるから、みんなの分まで、ありがとうだよ。
明日は、おいらも、お腹すかないように、朝食をしっかり食べてから、
行くので、9時半までに、和尚さんのところで落ち合おうよ。」
担当者「よし、分かった、俺は職場に寄って、道具を持って行くので、その時間なら
OKだ、明日、また会おう。」
私、「イザってときは、兄ちゃんは、頼りになるな〜♪、じゃあ、また明日、おやすみなさい」
これで、直ぐに姉御に、再び電話を入れた。
私、「おいらだけど、東電の兄ちゃんが、明日の祭りは、何倍も明るくしてやるからって
夜の祭りの時間までに、全部の照明電球を取り替えてくれるそうなんだ。
そうすれば、女衆も、子供達の足元も明るくなって、お盆の盆踊りまで
盛大に踊れるじゃん。そういって、町中に呼びかければ、じゃんじゃん
女衆の口込みで、どんどん人が集まって来て、きっと稼ぎもずっと増えると
思うよ。」
姉御「そんなら、女衆の口コミの威力で、じゃんじゃん集められるわ。
歌も踊りも、歌えるのなら、ノド自慢の女たちはいくらでも
かき集められるから、女の底力が、どんだけ凄いか、見せてやろうじゃん。」
「すごく明日が、楽しみだわ!!」
私、「そんなら、おいらも景気付けに、客寄せやるよ。任しといて・・じゃ祭りの場で
落ち合うことにするから、今日は電話を切りま〜す。失礼しました。」
・・こう言って電話を切った後、
幹事親分と実弟に
私、「明日は、祭りの照明をずっと明るく出来るので、女衆の口コミで
盆踊りへの参加を呼びかけてくれるので、じゃんじゃん人が集まるから
大船に乗ったつもりで、ベッドの上で、上がりの達成を祈っててよ。」
幹事親分
「今まで俺は、女なんて、便りにならねぇとばかり思ってきたけど、
今日ばかりは、本当に救いの神、弁天様に思えてきた。
心を入れ替えて、今は祈るしかねぇ。」
私、「じゃ、話は着いたね。子供達が、きちんと食べてかれるように
してやっから、明日は任しとして。」
「じゃあ、院長先生、看護師さん、これで、おいとまします。
夜分、お騒がせして申し訳ありませんでした。失礼します。」 めでたしの、最終章へ続く ワイッ(^^*))((*^^)ワイッ |

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戦後、空前規模の大衝突
実弾発砲の雨と、妖怪小僧の戦い 全5話-その3
この戦いの後、私は時間を見計らって、夜の7時半頃に
坂下の外科医の病院へ、斬られた親分と実弟に対して
走って、見舞いに行きました。
外科医の入り口で
私、「こんばんは、おいらだけど、手術終わったかな!!」
看護師「なにー、今の騒ぎは、アンタだったの!!」
私、「そう。おいらだよ。」
外科医「お前のほうは、怪我しとらんのか。」
私、「全然、どこもなんとも無いよ。」
看護師「ちょっと、あんたの手を見せなさい。」
「えーっ、ヤケドの後が無い、消えてる。」
「先生、これ観てください。
あれだけの大ヤケドして、5本の指が
全部、くっついてしまったのに、
治らない大ヤケドが、跡形も無いほど
消えて治っちゃってます。」
「どういうことなの、こんなことって
あるのかしら。」
外科医「信じられんことだが、
ワシの目が老化して、おかしくなったんじゃなければ
この子は、そういう子なのだろう。
お前、どうやって治ったのか、説明できるか。」
私、「うん、いいよ。半年間、火事を防ぐ為に、
ベンジンが燃えた瓶を持って、砂場まで高熱に
耐えて運んでさ、指の皮膚まで溶けて、五本の指が
全部くっ付いちゃって、先生の手当てを受けた後、
子供は遊ぶのが職業だからと、先生が遊ぶの
禁止したのを無視して、帰って、遊んでたら、
汗で、ヤケドの手当てした包帯が、臭くって
家の風呂場で、包帯の上から、石鹸で洗ったけど
臭いのが落ちなくってさ」
「腐敗菌を、お風呂(木製の風呂)の子風呂で
滅菌すれば、臭いのが取れるかと思って、
包帯巻いてて、皮膚は死んでるから
熱さはあんまり感じないだろうと、
熱湯の中に、腕ごと突っ込んで、
時計で、15分ほど我慢して様子見たら
皮膚が、ぶよぶよなっちゃって、臭いのは余計に
臭くなっちゃった。」
「こりゃ、汗が皮膚の下に、溜まってるんだと、
包帯を解いて見たら、黄色い汗がたっぷり溜まってたので、
死んだ皮膚を、ハサミで切り裂いたら
臭いのは、やっと取り除けたけど、
その下に、綺麗な皮膚が、ちゃんと出来てるじゃん。
それじゃ、もっと子風呂でふやかして、
全部、剥いてしまえと、熱湯にまたつけて
十分にふやかして、手の皮を野球のグローブのように、
硬く引っ付いたのを、丸ごとすッポ抜いたら、
五本の指が、全部、元に戻っちゃったんだ。」(爆)
「外科医の、薮医者の手術なんか受けるよりも、
自分で、ふやかしたほうが、治るってことを学んだよ〜♪」
看護師
「あんたって子は、どうしてそう我慢強いの!!」
地元衆で、負傷した診療ベッドで寝ている、担ぎ込まれたヤクザ達に
看護師「大の男が、そのぐらいの怪我で、痛てえだの
麻酔を多く打ってくれだのと、泣きわめいてたけど
あんたたちよりも、よほど大ヤケドの重症だった
この子は、一言も泣き叫ばず、他の軽症な患者さんに
先に診察までゆずって、じっと我慢してた子なのよ。」
外科医
「全く、この子には、麻酔も手術も必要ない、
ほったらかしておいても、自然に元通りに
治ってしまう、そういう子なんだ。」
幹事親分
「信じられねぇ、大親分(大将)も、命を救われたって
いってやしたけど、そりゃ本当ですけぇ。」
外科医
「本当じゃ、ワシが手術を担当したが、
運ばれてきた時は、首から腹まで斬られて、
瀕死の血だらけだったので、出来る限り
大急ぎで、縫い合わせたが、本来ならば
助かるまいと思ってた。」
「しかし、この子が、2日2晩、徹夜で看病に張り付いて
ノドの乾きや、水枕の取替えも、手を抜かずに
きちんと、やり通してくれたことで、
命の危機から脱することが出来たんじゃ。」
看護師
「アタシも、他の患者さん達の世話もあって、手が
抜けないので、手が足りず困ってたけど
その間、この子がちゃんと手当てを欠かさなかった
ので、命が救えたのよ。」
幹事親分
「なんてことだ、そんな子に、俺はヤイバ(刃)を向けて
切りつけちまったんか、そんで、バチが当たったんだ。」
「俺は、人間の屑だ、もう生きていく価値もねぇ、
情けねぇけど、産んでくれたお袋に合わす顔がねぇ!」と号泣!
私、「ところで、明日の祭りは、もう1日あるけど、どうすんのさ!!」
「皆が、楽しみしてた祭りなんだから、潰す訳には行かないじゃん」
幹事親分
「それを言ってくれるな。俺たちは、上がりが達成できねぇと
更なる仕置きを受けなきゃ、ならねぇのが掟なんでぇ!
どの道にせよ、俺たち兄弟には、生きられる道はもうねぇ。」
私、「奥さんや、子供だっているんだろ!!」
幹事親分
「俺は人間の屑だ、何もしてやれねぇ、ダメな野郎だ。」
実弟
「俺もだ、ノルマが達成できネェと、俺たちの業界じゃ、
どこへ行っても、屑扱いで、首を斬られて死ぬか、
逃げたところで、追われて、のたれ死ぬしかねぇ」
私、「んじゃ、腕を切り落としちゃった侘びに、おいらが代わって
明日で挽回してやっから、姉さんとこの陣屋の電話番号を
教えなよ。」
幹事親分
「いくらお前が凄くても、そればっかりは無理難題だ。
明日1日で、2日分の祭りの上がりを回復させることなんぞ
玄人の俺たちだって、出来たことはねえ。」
私、「そう悲観しなさんな、名案があるから、姉さんとこの
電話番号を教えなよ。お寺の和尚さんだって、縁日の稼ぎが
入らなきゃ、大いに困っちゃうだろうから、その分まで
取り返してやるから、任せときなってば。」
幹事親分
「そこまでいうなら、教えてやるわ。」
私は、それを聞きながら、
病院の電話の受話器を取って、陣屋へ電話をかけた。
呼び出し音が鳴って、直ぐに、女性の声で
姉御「もしもし、どなた。」
私、「今しがた大喧嘩しちゃって、親分の利き腕を切り落としちゃったんだけど
御免なさい。」
姉御「あんた、その声は、子供なの。」
私、「そう、中一の11歳、半年前まで小学生です。」
姉御「エーっ、半年前の一件も、あんたなの。」
私、「そう、おいらだよ。」
姉御「あんたのほうは、怪我して無いの。」
私、「全く、どこも怪我無しで、無事です。」
姉御「ふーっ、でも、子供のあんたが無事なら、そのほうが良かったわ。」
「アイツも、腕を失ったのなら、これでアタシを殴ることも、
もうできやしない。アタシにとってもアンタは恩人だわ。」
姉御「アイツは、若いときは、さんざ頼りなさそうで、
アタシを慕ってくれたから、気を許して一緒になったけど、
子供が出来たら、途端に豹変して、水商売に出ろだとか、
他の男の相手をしろとか、生まれた子供を人質にとって
女を金儲けの道具扱いするばかりで
逃げようとしたら、殴る蹴るの暴力ばっかりで、
毎日が子供抱えて、生きた心地が無かったのよ。」
注)戦後の日本は、精神まで荒廃してた時代でした。
的屋やヤクザに限らず、一般社会の男達まで、
食べて行くのに困ると、女の癖によけいなこというな・・
と、殴る蹴るは、当たり前に横行してた、男尊女卑の弊害が
色濃かった時代でした。
子供が、みかねて口答えしようものなら、
食事は抜きが当たり前で、張り倒されるのも当たり前で
無理に罪を着せられて、売り飛ばされたり、
親が食べて行く為には、子供が犠牲になるのが
日常茶飯事の、歪みきった時代でした。
国が敗戦で、
経済不況に陥り、貧乏になるということは、大人達すら、栄養欠乏症に
陥って、理性が働かなくなり、力ずくの暴力支配と、利権の損得だけで
物事の是非を判断するようになります。
武力を握る者達が蔓延って、麻薬やアヘン、ヒロポン中毒へと、
精神を病んだ者達が、苦痛の緩和を求めて、薬物依存に陥り
社会全体までもが、正常に機能しなくなるのが、不況が続いた、
どん底社会の特徴であるのです。
今日の長く続いた不況下でも、これに近い状況が指摘できます。
要するに、「理性が無い」「判断力が足りない」と即断するだけでは
何の解決策にもならず、重罰と体罰を強化すれば、尚更に栄養欠乏症
が進行して行く、男尊女卑の武力依存に陥り、
腕力支配が、社会全体に蔓延りだし
イタチゴッコの悪循環社会に、行き着くことになります。
病理医学、精神医学、人体のバランス栄養学までを心得た、社会修復の
目で、こういう状況悪化を、切り抜けさせる実践力が培われて行か無いと、
過保護で育った、満たされた日本国であったほど、繁栄の時代から転落へ
転がり始めたら、もう大半の大人達は、自分たちでは止められなくなり
生活苦が続出し、子供たちのイジメ犯罪、無差別の市民テロまで
多発し続ける、悪循環の連鎖に陥ります。
今の日本社会、中国社会、中東やアフリカ社会は、こういう精神荒廃の
悪循環の連鎖にあり、重罰と体罰強化では、解決できず、
更に栄養バランスが欠けた
悪循環の連鎖に陥ることになります。
では、私は、どうやって、一気に挽回させてしまったのか。
それを、次頁に記して行くことにします。
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戦後、空前規模の大衝突
実弾発砲の雨と、妖怪小僧の戦い
全5頁-その2
客人衆「地元衆、この際に及んで、俺たちまで、殺す気か、
応戦するぞ、応戦するぞ・・」と、口々に言った。
地元衆の幹事親分
「すまねぇ、誤射だ、侘びは、いかようにもするが、
今は、このカギを片付けるほうが先決だ。
協力してくれ。頼む。」
私は、そんなことお構いなしに、既に地元衆、客人衆に向って
忍法のサスケの術で、空中を飛び交いながら、
飛礫を放ち続けてました。
サスケの術とは
飛び上ったら、地面に一切下りないで、土塀から土塀や石垣を
高速で蹴って、空中移動しながら左右、八方向に飛礫を放ち続けて、
空中で、宙返りしながら、方向を変えながら、飛礫を四方に放ち、
一瞬で地面の小砂利を掬い補給しながら、
兵隊ヤクザの真後ろに降り立って、瞬間に一撃しながら、
次へ飛んでしまう、一種の瞬間移動と同じ技の連続技のことです。
目の前の味方が、一瞬で倒されたヤクザ達や青年将校達は、
反射的に抜刀を振り回したり、小銃を発射するので、味方を斬るか、
味方を撃ってしまう状況に陥る、能率の良い戦い方が忍法術の極意です。
なぜ、私が撃ち殺されないのかは、
人間の目で見て、小銃の引き金を引くまでに
鍛練された射撃手や、兵隊達でも0.1〜0.2秒を要します。
百メートルを10秒で移動すると、0.1秒で10m移動できます。
ところがサスケの術は、その2倍〜4倍の峻速で動き続けられる技です。
しかも30分経ても、疲れないのが忍法の上忍技なので、
人間の目で見て脳に伝わった位置には、
私は、常に居無いのです。
従って、そこを幾ら狙っても、同士討ち、同士撃ちになって、
バタバタと、共倒れが続出することになります。
見た目では、瞬間移動してることになるので、分身の術と言われて、
どこが本物か、見分けられない間に、次々と倒されてしまうことになります。
しかも、闇夜の如く薄暗い中で、この俊敏さでは、忍者のほうが断然に目が
有利なので、青年将校達は、小銃発砲は、30分ほど長く続いたけど、
私に全員倒されて、壊滅でした。
この間、私は物陰に隠れたり、静止したりは、一切ありません。
銃撃で包囲されてる状態で、静止状態は、即座に死を意味する為です。
地元衆も、客人衆の青年将校達は、的屋の屋台に隠れながら撃ってきます。
でも、私は、戦いの最中に、時間の経過とともに、敵を倒せる弱点の
観察もしながらであったので、的屋の屋台のおでんの湯が、煮立つタイミングを
見計らって、左右の屋台を相次いで、猛スピードで屋台ごと蹴り倒して、
隠れてる兵隊ヤクザ達の背中へ、屋台の重量と熱湯を浴びせたのです。
「ぎゃー」の悲鳴が沸き起こり、周囲の連中が助けに動き
中門の警護らが、それに気を取られた一瞬に、中門の警備兵を倒して
突破し、やれやれと駆け抜けて、和尚の住まいまで行こうと近付いた時に
戦いが去って、更に次なる、上級将校達との遭遇へ
前方に、上級将校の一団が、「何奴だ!!」の一言で 用心棒の青年将校達とは、比較にならない、雲泥の差の見事さで
一瞬にして、専守防衛の陣構えを整えました。
両側には、灯りを確保する為の、松明(たいまつ)が燃やされてました。
これも、戦った者で無いと、上級将校達のもの凄い、見事な一瞬の早業は
知ることは出来無かったでしょう。
それすらも「突破すっかな」と思った瞬間に、必要無しと判断しました。
そして「おいらだよ」と、叫んで、両手で、バンバンと叩いて合図しました。
指揮刀で、陣頭指揮してたのが、私の危機管理の師匠の元少将殿だった為で、
「お前か」と驚いた表情で、大将殿「どうされますか。」
私の後ろから、地元衆が負傷しながらも、追いかけて来たので、
両脇でガードしてた、元中将の2人が「止まれ、止らぬと撃つぞ」の大声で
護身用の銃で、たじろがせると
大将「テメェら、ガタガタ騒ぐな!静かにせんか。」と大声で一喝!!
さすが、大将の貫禄でした。
大将は、私に向って
「よーう、お前か、半年間、見ねぇ間に見違える様になったなぁ!!」
「今日は、賑やかなお供を、ぎょうさん連れてきて、祭り好きのお前らしいや。」
私は、テレ顔で、頭を掻いてました。
大将「今日は、どういうこった。」
私、「ちょいと、自分からは、言い憎いので、地元衆の親分に聞いてよ。」
大将、地元衆の親分に
「おい、どういうこった、訳を話せ。」
地元衆の親分、即座にヤクザの仁義に従って正座して、抜刀を腰の後ろに回して、
両手を地面に着いて、頭をひれ伏しながら、
「この小僧でさぁ、半年前の駅前の一件で、アッシをあっさり倒しやがったので
くやしくて眠れない日が続いてたら、今日、また丁度、見かけやがったので、
飛んで火に入る夏の虫だと、仇討ちしようとしたら、またやられちまって、
この様でさぁ、面目ねぇ」と、頭の傷を指して言った。
更に続けて
「おねげーがあります。今一度、仇討ちをさしてくだせぇ」
地元衆一同、ひれ伏して、「おねげーしやす」「おねげーしやす」
大将「それだけは、ならねぇ、許さん。」
地元衆の親分の表情が、ガラリ豹変して
上体を起こして、抜刀を抜く構えしながら
「いくら大将だからとて、聞き捨てならねぇ、仇討ちは、俺たちの渡世じゃ
たとえ大将でも止めることはできねぇ。それでも止めると言うのなら
力ずくで、戦ってでも、容赦しねぇ。」
戦中は、こういうことが、さんざ多くて、兵隊ヤクザのほうが、殺人慣れしてたので
上官といえども、上級将校といえども「きにくわねえ」で、暗殺された例は多々あるのです。
国民や遺族向けには、名誉の戦死扱いでも、実態は、この戦中の日本語教育で
軍事訓練までマスターした報奨金欲しさで、金持ちの日本軍にはせ参じた、
朝鮮ヤクザ達が実態であったので、恩を仇で切り殺されり、嵌め手の寝返りの罠で
殺されたりしたケースは、戦局が後半になるほど、多々あったのです。
大将「ならば、今一度、手合わせさせても良いが、仇討ちの仕来り通りに、
この子に刀を持たせたら、お前、勝ち目があるのか。」
幹事親分、押し黙ってしまった。
大将「三年前、このワシが、めっぽう強い、腕利きの刺客に襲われて斬られて
瀕死に陥った時に、飛び込んで来て一戦交えて、救ってくれたのがこの子だった。
2度目に襲われた時も、この子が救ってくれたんだ。
お前らが戦後、路頭に迷わずに済むように、縁日の屋台を手配してくれたのも
この子のお陰だ。その大恩人に刃を向けて、切り殺そうなんてことすれば、
お前ら、よってたかって、傷だらけの目じゃねぇか。
そういう天罰の目に遭うことになってるんだ。分かったか。」
この後、幹事親分と実弟は、二度と悪いことが出来ないようにと、
利き腕を、大将に斬り落とされました。
大将、「利き腕を失えば、身にしみて、産みの母親に合わす顔が無いことも
分かるだろうよ。それすらまだ分からねぇのなら、クビを跳ねるまでだ!!」
親分と実弟、「勘弁してくれ、首だけは困る!!」と、泣き叫んだ!!
私、「直ぐに、坂下の外科の先生のところで、切り落とされた腕を繋いでもらうように」と
言いました。
大将「さすがに、物分りが早いや、命の大切さが、どれほど大事なことか
手下どもに支えられて、急いで外科医へ向え、もっと早くだ!!」と命令!!
手下の1人が、切り落とされた腕を、逆さにぶら下げて走って行こうとしたので
大将「バカモーン、産みの母親から授かった血を無駄にする奴があるか。
きちんと、こぼさぬように、抱えて大切に持って行け!!
まごまごせず、全力疾走で一秒でも早く届けろ。急げ、命令だ!!」
この大将とは
岡村寧次・支那派遣軍・元総司令官であり、中国大陸の日本陸軍400万余を、
自決させることなく、戦後まで、生還を可能に導いた人物であり、
非戦闘員に対しての非礼、無礼を固く禁じてた人格者だったので、
支那人からも人望が得られて、東京裁判を免れる計らいを得て、
南京で、国民党軍の形式的な軍事裁判に掛けられ、
国際司法の一事不再理の大原則で
「東京裁判」に掛けられる事無く、戦後まで生き残れた唯一の総司令官でした。
歴史上では、昭和天皇から直々に任命された総司令官であったので、
非戦闘員に対しての非礼、無礼を固く禁じてた人格者であり、
日本陸軍400万余を、自決させることなく、戦後まで、生還を可能に導いたことで
「自決特攻の玉砕賛美主義」とは、毅然と一線を画しており、その点で、
「昭和天皇の戦争責任、戦争法違反なし」を証明できる人物であったことで、
日本陸軍の復活を恐れる者達は、日本国の政官界にもいて、
この人物の存在を、命まで抹殺せんと、歴史教科書に、真実を載せさせず、
暗殺者を送り込んで来て居たのが実態です。
しかし、この人物が居たからこそ、
戦後の日本国の帰還兵たちが、路頭に迷わず、食べてかれるように、
戦後の国力回復の基礎と、日米間の安全保障の基礎を築けることなり、
陸軍400万余の技術力を温存させ、兵隊ヤクザ達にも睨みを利かせていた
影の国の守り神でした。駐留米軍ともパイプを持って、自衛隊の創立へ
戦後の自民党よりも、影響力は絶大であったのが事実なのです。
その岡村寧次元総大将をつけ狙った、腕利きの2人組みにも、私は4戦4勝していて、
どこの誰かも熟知してたので、逃がさず、ついに捕らえてました。
サスケの忍法が無かったら、この人物も暗殺されて、日本の戦後は、
もっと治安は悪く、酷くなっていたのです。
だから、この戦いの後、日本の兵隊ヤクザの親分衆で、
私の存在を知らぬ者は居なかったほど
全国の刑務所の中にまで、妖怪小僧の異彩は轟いて理由でした。 (戦い終わって、更にその後の、祭りの準備の出来事へ、次頁へ続く)
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