心の色と風の色

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あの日

昨秋、仕事で仙台に行った際に、レンタカーを借りて宮城県の被災地を見て回りました。

あの日から2年半経って、すっかり報道されることも減った、あの地はどうなっているのか。
物見遊山ではないと自分に言い聞かせて。

雨の高速道路を飛ばして、登米から東に山を越えて、まず入った先は志津川、南三陸町。
雨が降っているせいか視界は悪く、プレハブコンビニを過ぎて海が見えてくると
その海は鉛色で、直接見ていない「海が膨れ上がって襲ってくる姿」が頭をよぎって、なんだか恐ろしいものに感じました。
道なりに北上。
波の遡上高を示す看板が想像を絶する高さに掲げられている箇所を過ぎ
自らも震災被害を受けながら、住人の避難所として、震災後数か月の生活の拠点として活躍したホテルを過ぎ、車は再び海面の高さまで下りていきます。
一面の荒れ地。
破損した水門。
取り壊されずに残っている典礼会館。

再建された水産加工会社まで行ってから折り返しました。
地盤沈下と雨で泥濘となった道路。荒れ地。
防波堤の壊れた所から陸に食い込んだままの海。

やがて、あまりにも有名なあの建物の骨組みが見えてきました。


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体調不良 ケータイ投稿記事

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目眩と言うか身体のふらつきが治らない。
起き上がった時、歩き出した時、歩いている時、身体が真っ直ぐにならなくて傾く。
脳神経外科でMRIを撮ったが脳の異常はないらしい。
何ヵ月も忙しくて私生活でも色々あって疲れているんだろうか?
週明けからまた忙しくなるけど、ふらつきが続くなら心療内科に行ってみようかな…

防犯のジレンマ ケータイ投稿記事

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最近海が近い市街地を歩くと、ついつい「今津波が来たら何処に逃げようか」と考えて、周囲を確認する癖がついた。

そこで分かったこと。
市街地のマンションは、意外なことに駆け込みの避難場所にならない。
なぜなら大抵のマンションは玄関=オートロック、非常階段=施錠となっているから。

住人の誰かが開放してくれない限り、ガラスを叩き割ったり柵を乗り越える体力が無いお年寄りや女子には咄嗟の避難場所にならないかも…と感じた。

震災時、テレビ取材スタッフ(レポーター+カメラ)がタクシー運転手と津波が迫る市街地を逃げ回り、最後はマンション住人の呼び掛けで他の避難者と共に開放された非常階段を登って難を逃れる映像を見た方もあるだろう。
もしあそこで施錠されていたら(オートロックは停電で動かない)皆水に飲まれていただろう。

海が近い地域では、万が一の避難場所として高層マンション を組み込んだ防災計画が必用ではないかと感じました。
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前にも書いたが、日本は輸出が駄目になり経済が悪化する。
また最初からやり直すつもりになるしかない。と思ってる。

そこで気になって大雑把に歴史を振り替えると〜
ひとつ前の「一から出直し」は1945年の敗戦。全国焼け野原、産業壊滅。なんか似てないですか?
戦時体制開始を含めて大体今から70年位前の出来事。
そこから更に70年位遡ると…明示維新のあたり。幕藩体制の崩壊。

そこから更に〜を繰り返すと、天変地異や経済行き詰まり時の改革にあたる。
もっと前は1600年頃、戦国時代の終焉。
誤差を入れたら鎌倉の武家政権確立も。

なんと言うか、この国は人の人生位の間隔でやり直しや大きな変革を迎えてきてるみたい。

そう考えたらまた今度もやり直せる気になりません?
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見知らぬ明日がやって来て、私たちは否応なしに未知の世界(The undiscovered country)を生きる事になった。
3月11日より前と後、私たちの世界は大きく変わり、もう元には戻らない。

地震と津波の被害に同情と支援の手を差し伸べてくれている外国も、やがては「自らの不手際で被曝してしまった国」として見る日が来るかも知れない。
ブランドだった日本製の品々は、それが日本製だと言うだけで輸出を拒否されるかも知れない。
海外の空港に降り立った日本人旅行者にはガイガーカウンターが突き付けられ隔離される日が来るかも知れない。
日本への観光客は激減するかも知れない。

おそらく今以上に景気は悪化しこの先10年、日本は世界の中で相対的に地位を下げていくだろう。

更には遷都や人の大移動を伴う最悪のケースもあるかも知れない。

まさに未知の世界が始まった。

しかし、私たちはそれでも生きていかなければならない。
私たちには守り育てて行かなければならない次の世代がある。
伝えて行かなければならない大事なものがある。

既に私たちは、その大事なものを体現した人たちを今度の災害を通して見た。
水に飲まれる寸前まで避難を呼びかけた若い女性
小さいものを守る姿のまま息耐えた老婆
避難所で配給品を、取りにこれない乳飲み子を抱えた母たちと分け合う茶髪の女の子たち
気前よくポケットの中身を差し出す経営者や企業
助けあおうとする人々

そして、人間の欲の発露、困窮する人たちから利益を貪り、それを賢いことであるとを豪語する唾棄すべき人間たちの姿も見た。

私たちは何としても未来を繋ぎ、見たものを伝えていかなければならない。
そして自らの手で見たものを捌こう。

振り返れば私たちは先の大戦後に先人たちが血と汗と涙で作り上げて来たものを消費しながら生きてきた。
顔も知らない未来の誰かを豊かにするために、色々なものを犠牲にしてきた人たちが先払いしたレストランで好き放題飲み食いしてきた。

未知の世界は昏くそして酷しいものになるだろう。

しかし私たちは、今こそ、今からつくり直していこう。
子供たち、子孫の為に
この国と世界に何かを残そう

未知の世界の今を生きて行こう。
前を向いて行こう。

何かを考えていこう。

未知の世界を少しでも良いものに。

我らそう願う。


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