珍日本奇行

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足が向いた所、様々な場所の一口レポート

筑豊編は、大昔に某巨大掲示板に嘘紀行文を書いてた内容を
再録してコメント補完しています。
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地上の星

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岸壁一面に網に掛った海の星たちが散らばっていました。

お土産にお一ついかがですか?
※但し完全に乾燥させないと臭いが・・・

間違い?探し

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実写版あしたのジョーが公開されましたが、そこでは丹下ジムや泪橋がそっくり再現されているみたいですね。
でも現実の泪橋は、ただの交差点です。
山谷には簡易宿泊所の替わりに格安で小奇麗なビジネスホテルが立ち並び(バストイレ共同、平均して3畳間、一泊3500円前後)、東京に遊びに来た若者や外国人、出張費節約の会社員の姿が朝夕見られるようになりました。もちろん昔の山谷の人たちも沢山たむろしています。
そんな交差点にあるパブ。
さて、この看板どこがおかしいでしょうか?

ある武将の墓

1月最初の大雪の日、長野を旅していた。
朝早くに、小さくて古いけどとっても心地の良いホテルを出て、長野電鉄で小布施へ。
小布施駅はすっかり雪に埋もれて下車したのは私だけ。
開館と同時に北斎館やその周囲の史跡を見て、最後に向かったのは岩松院。
山際に立つ寺で、本道の天井一杯に書かれた北斎の図が有名。
そこでの目当てはもう一つあった。

豊臣時代に秀吉の子飼いの猛将として知られた福島正則の墓。

石田三成との確執から家康に近づき
関が原では黒田長政に唆されて東軍支持を真っ先に表明し
毛利に代わって安芸と備後を手に入れたものの
ジリ貧の豊臣家の姿に悩み
徳川家との板ばさみで苦しみ
名古屋城築城で愚痴っては加藤清正に窘められ
酒のせいで名槍日本号を母里太兵衛に取られ
家康の死に目にも政治利用され
最後は広島城を幕府に無断で修理したの罪で
50万石の太守から雪深い信州5万石に減封され
跡継ぎにも先立たれ、程なく信濃で死んでしまう。
しかも、亡骸を家臣が幕府の検視官に無断で火葬したとして改易。

若い頃の豪快さと、人生後半の零落さの対比があまりにも痛々しい武将。

「あの時西軍に組していれば」と思い返す事果てしなかったと伝わっている。
そんな武将の墓が、ここにある。

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小布施駅から約2キロ。冬季は待ち巡りバスも走らないので歩くしかない。
雪道を歩く事20分(私は歩くのがとても早い)。雪に埋もれた山門が見える。
門を潜り、見ている間に雪が積もっていく石段を上がると本堂。

凍って良く滑る本堂の軒を右に廻ると拝観受付の自動販売機がある。
わ、風情が無い

中に入ると数名の先客。
昔は座敷に寝転がって天井を見た記憶があるのだが、今は並べられた椅子に座って上を仰ぎ見る。
とってもでかい北斎の絵。(本題ではないのでこの話はここで終了)

受付を出て本堂の反対側に廻ると、そこから先は雪の海。
福島正則廟所に向かう石段があるはずだが、はっきり言って見渡す限り雪の小山。
それでも思い切って雪の海に飛び込むと、太ももまで埋まる。
そのままラッセルして向かいの雪山にたどり着く。よく見ると少しだけ傾斜がゆるい。
これがきっと階段だと目安をつけて上りだす。膝で雪を漕ぐようにしながら墓地の門にたどり着くと
目の前に雪に埋もれた数々の墓石と、正面の高みに雪に埋もれたお堂が見える。
今日初めての参拝者。
僕の前に道は無い、僕の後に道は出来るとつぶやきながらまっすぐラッセル。
やっとの事でお堂にたどり着いた。
靴を脱いで雪を掻き出し、お堂の戸をあけて中に入る。
お参りと言うより雪から逃れるように
お堂の中は冷え切っている。
音が無い
天井には金網が張ってあり、蛇の抜け殻が引っかかっている。
壁には唯一つ、昭和18年に出征した兵士の武運長久を願う奉納。

正面には金網越しに、大きな石の塔が安置されている。

この人に何を語ろう。
しばし悩む。

寒いですね?
冬は来客が少なくて寂しくありませんか?
私も酒が大好きなんです。

そうそう、最近は若い女子も歴史に興味持ってるし、武将を美形で若々しく描くのが流行っているので、きっと女子の訪問者も多くなりますよ

不本意な人生だったかもしれないけど、あなたの事、皆が覚えてますよ。

冷たい板の間に座ってしばらく過ごす。

戸を閉めて雪に煙る小布施の町を眺める。
春は山門周囲の桜、遠い山並みの残雪と緑が綺麗だろう。

靴を履きなおし、雪の斜面をキックステップで降りていく。

下まで来て振り返るお堂には、しんしんと雪が降り、私がラッセルした後もすぐにかき消されていくだろう。

なんとなく重苦しさとすがすがしさが同居したおかしな気分で寺を後にする。

途中、気がついた。
しまった、昨日買った酒を置いてくれば良かった。

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おでんまだあります。

別府竹瓦界隈をぶらり歩く。
季節は春でも別府湾からの夜風はまだ少し肌寒いこの季節。酔い冷めしかけた体に美味しそうな匂いが。

少し開けた所にそのお店はありました。
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近寄ると暖かそうな具がことことと煮えている。
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一瞬、饅頭に見えた丸い物体はゆで卵。となりにはお握りも。
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定番の具を目一杯選んで数百円。
一泊3000円素泊まりのホテル(でも立派な温泉大浴場がついている)でのほっとできる夜食になりました。

大ワニ小ワニ

別府と言えば地獄。
生きながらにして地獄を廻る事ができると言う稀有な場所。
実際は活火山登録されている鶴見岳、伽藍岳を背後に控えた別府の地熱地帯で熱泉や噴気を地獄になぞらえているわけですが。

子供の頃に訪れたときは、ものすごく広大で湯気もうもうの壮絶な場所だった記憶があるのですが
大人になって再訪して見ると「え、こんな小さなところだったっけ」と拍子抜けしてしまう。
坊主地獄や血の池地獄は怖かったなあ。
もう一つ怖かったのがワニ地獄。もとい鬼山地獄。
温泉を使ってたくさんのワニを飼っているのだが、園路の金網の下にはバス程もあろうかと言う巨大なワニが(子供心にですよ)居たと言う記憶がある。
幼稚園のお絵かきの時間に怪獣のように巨大なワニの絵を描いたような・・・気もする。
数十年ぶりに再訪したのが一昨年。
その時にはやはり「ああ、こんなに(イメージよりは)狭かったんだ。」と感慨しきりでした。
かって見た巨大ワニ(一郎君と言う名前だったそうです)はすでに故人になっており、その剥製がマレーシアより移築した(東南アジアつながりで)民家の中に飾ってありました。
いや、やはり大きい。少なく見積もっても6メートル以上ありそう。
幼稚園の子供からすれば怪物だったなあ。生存当時(飼育では)世界最大と言われていたのも頷ける。
今では二代目(二代目だけど一郎)のワニがコンクリのプールの中にいるが、大きさではまだまだ届かない。
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そんな鬼山地獄の入り口で見かけた看板
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大鰐小鰐がどんぶらこ〜と歌いたくなってしまいそう。

二代目一郎君も立派に大きくなっているだろうか
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