|
2011年3月
千葉県流山市、東葛病院 副院長、外科、大野義一郎ヤブ医者が、 術前抗がん剤を始めた たいした検査もせず、、 細胞をとったのは、、1度めの抗がん剤をした後、 2度目の抗がん剤の点滴の後から血管痛が酷く、痛みで腕を伸ばすことが出来なくなった 大野ヤブ医者からは、 足から抗がん剤を打ち続けるかと問われたが、 母が、歩けなくなっては困ると心配してくれたので ポートを入れることにした 2011年9月末に全摘手術を決めるまでの6クール、ポートからの術前抗がん剤を続けた 全く、腫瘍マーカーは下がらなかった それに対しての説明も無かった 食欲は全く無くなり、体力、精神力、最悪になっていった、、 ガンも小さくならないまま術前抗がん剤6クールが終わり 当然、全摘手術を希望するしか無かった 手術前に、全く腫瘍マーカーも下がっていない、 ガンも小さくなっていないと知り、何のためにこんなに辛い副作用を耐えていたのか、、と、大野ヤブ医者に言ったら、 抗がん剤をしていなかったら、ガンがもっと大きくなっていたかもしれない、 、、と返された、、 トリプルネガティブだったことは、 自分で調べてわかった 千葉県流山市、東葛病院の大野義一郎ヤブ医者は、言わなかった 知らなかったんじゃないか、、 2011年3月から術前抗がん剤を始めると同時に、 ホルモン抑制剤の服薬も開始した 1ヶ月程して、子宮ガンへのデメリットを大野義一郎ヤブ医者に言ったら、 子宮ガンになったら、切ればいいと、言われた、 わたしは、ホルモン受容体はマイナスだと知った、 ホルモン受容体マイナスなのに、リスクのあるホルモン抑制剤を飲むのは、おかしい、と、自ら、やめたいと言い、やめた、 それきり、有無を言わさず、生理は無くなり、強制更年期になった 41歳だった 全く効果が出ない、術前抗がん剤を、 変えることも、検討することもなく、 ただ6クール続けられた、 副作用ばかり、酷かった、、 何の知識も無いヤブ医者大野に任せたわたしの失敗、、 誰でもできる、下手くそな全摘手術を2011年9月に、大野義一郎ヤブ医者にされた後、 自ら、ハーセプチンを希望して、一年半、ハーセプチン治療をした その後、昨年2018年3月に転移がわかるまで、 2ヶ月に一度、東葛病院、大野義一郎ヤブ医者の元へ通院し続けた 年に一度ペット検査もしていた 他の検査も 自分で希望していた そのたび、大野義一郎ヤブ医者は、クリア、クリア、と言っていた、、 腫瘍マーカーは、どんどん上がっていたのに、、 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- ブログバトン





なんか読んでるとヨギちゃんの怒りが良く分かってきたし、ありえない病院だなぁ。。トリプルネガティヴにしてもホルモンに関してもあまりに無知なのか信じられないはなしだね、自分で調べてわかるだなんていやありえないとおもうけどなぁ。。
2019/1/26(土) 午後 3:31
空ママさん
ありがとう
全部、、書いて残しておきたくて
怒りしかなくて、、訴えたりは、出来ないかもしれないけれど、
残してはおきたくて
まだまだ全部を書いておこうと思っているの
今は、
心から信頼できる先生の元へ
やっと行くことができているから
何の不安も無くなったの
まだまだ記録していくの。。
お目汚しごめんなさい
2019/1/26(土) 午後 5:56 [ 夜汽車 ]
内緒さん
お久しぶりです^_^
ありがとうございます
お元気に穏やかな暮らしを続けていらっしゃいますか。。
わたし、、嫌な思いしか、残っていないヤブ医者の事、まだまだ書き残しておくつもりです
お目汚しでごめんなさい、、だけれど、ゆるしてくれてありがとう^_^
2019/2/9(土) 午後 10:20 [ 夜汽車 ]