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ヤフーブログさんからコンテンツをアメブロに移行作業を初めてはや3週間。
やっとすべての投稿と画像がアメブロに移りました。 今までヤフーブログの「よだかのほし」兼業主夫日誌をご覧頂いていた皆様、お待たせしました。 http://ameblo.jp/yohkite/ ↑にてすべてのコンテンツがご覧頂けます。もちろん新しいお話も随時アップ!新作はW君の保育園話。 ぜひぜひ訪問下さい。 それでは よだかのほし |
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訪問してくれた皆様、ファンの皆様へ ちょっと体調が優れなかったり、旅行後忙しかったりでなかなかブログの更新が出来ませんでした。ごめんなさいです。あともう一つ理由が。 最近、Yahooの利用規約(http://docs.yahoo.co.jp/docs/info/terms/chapter1.html#cf3rd)を見てみたら、第1編基本ガイドライン、第1章総則、10番に ****以下抜粋**** お客様のデータおよびコンテンツの取扱い お客様が当社の管理するサーバーに保存しているデータについて、当社ではバックアップの義務を負わないものとし、お客様ご自身においてバックアップを行っていただくものとします。 なお、当社のサービスの保守や改良などの必要が生じた場合には、当社はお客様が当社の管理するサーバーに保存しているデータを、サービスの保守や改良などに必要な範囲で複製等することができるものとします。 また、電子掲示板など、不特定または多数のお客様がアクセスできるサービスに対してお客様が投稿などをしたコンテンツについては、お客様または当該コンテンツの著作権者に著作権が帰属します。当該コンテンツについて、お客様は当社に対して、日本の国内外で無償かつ非独占的に利用(複製、上映、公衆送信、展示、頒布、譲渡、貸与、翻訳、翻案、出版を含みます)する権利を期限の定めなく許諾(サブライセンス権を含みます)したものとみなします。なお、お客様は著作者人格権を行使しないものとします。 ****抜粋おわり**** とありました。著作権が文章を書いた人に帰属するのは当然として、その次の文章、「当該コンテンツについて、お客様は当社に対して、日本の国内外で無償かつ非独占的に利用(複製、上映、公衆送信、展示、頒布、譲渡、貸与、翻訳、翻案、出版を含みます)する権利を期限の定めなく許諾(サブライセンス権を含みます)したものとみなします。」これって何?ヤフーさんが著作を無償で利用出来るって?そんなあ。 他のブログサービスではここまでずるくありません。良心的です。せいぜいブログの宣伝のためにコンテンツを利用することがある、それぐらい。 ということで、ヤフーさんへの抗議の意味も含め、よだかのほしの兼業主夫日誌はアメブロに引っ越します。 皆様どうか訪問してくださいませ。コメント、読者登録、お待ちしています。URLはこちら。 それでは よだかのほし
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もう歩きたくないよー!(といっても家からまだ45メートル。散歩なのに。) (本文とはまだまだ関係のない今のオスロの風景です) 物語の最初から読みたい方はこちら[ http://blogs.yahoo.co.jp/yohkite/6466071.html ] へ。 カフェ・バル・プルリン(Caf?? Bar Purl??n)は地元のサラマンカ人が集う普通のバル。午前中は朝食の時間を過ぎるとお客さんもまばらなのですが、そこに休み時間になると語学学校の生徒と先生がなだれ込んで賑やかになります。お昼ご飯前の13時から14時頃には、お昼の長い休みの前にちょっと一杯やりに来た近所の老若男女で込み合う。皆カニャかワインでちょっとタパスをつまみ、バルに集ういつものメンバーとおしゃべり。その後めいめい自分の家に帰り昼ご飯。スペインでは昼食が正餐です。ほとんどの人が家に戻り家族全員で食事をしまが、マドリッドの様な都会ではそのような食事光景はなかなか見られなくなったと聞きます。昼時はメニュー・デル・ディア(Men?? del d??a)昼の定食を目当てに学生や独身者が集まります。ある日の定食はプリメロ・プラトにシンプルな野菜サラダ、セグンドに豚のロモ(Lomo)フィレ鉄板焼きとフライドポテト、デザートにナティージャ(Natilla)クリーム。これにパンがついて600円ぐらい。スペインの定食にしては結構美味しいんです。 15時過ぎからは家で食事をした人たちが仕事前にカフェを飲みにくる。一方通行の道を挟んで小学校があるので学校が終わった小学生がアイスクリームを買いに来たり、マノロに水道の水をもらいに来たり。夕方の時間はゆっくり流れて17時を過ぎると待ちきれない人たちがまた一杯飲みに来る。20時になると仕事帰りの人たちも合流して夕食前のひとときをまたカニャかビーノを飲みながらおしゃべり。22時頃が夕食の時間なのでその前後が一番賑わう。その後はフットボールの試合がある時はスクリーンが降りて大画面で応援する人で盛り上がるし、試合がない時はやはりいつものメンバーでおしゃべり。毎日同じ仲間と同じ話題で盛り上がっている。寒い日は扉を閉じて中で、暖かい日はテラスで。その仲間にじわじわと浸るようになりスペイン人の友人がたくさん出来るようになりました。 バルに入り浸ってこそ初めてスペインで生活している気がしてきました。(2010年5月15日了)
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懐かしの愛車 93' Volvo 240 GLE (亡くなった伯父さんの形見です) 2008年12月にはもう方針を決定しました。また外国に行くのです。旅行ではなく移住です。決めては三つ。一つ目は行き先が分かっている事。普通は会社の人事の都合で赴任先は決められてしまいます。行き先の希望が通ることは稀なんです。北欧は行った事がないし言葉も分からないけど、けどその中でもノルウェーはヨーロッパ中で最も犯罪が少なく安全な国の一つ。平均寿命が日本並みに高く、人間開発指数が最も高い。小さな子供達が安全な環境で過ごすことができる、これが大きな要因でした。二つ目は、自分から見てMが仕事に復帰したくてうずうずしていた事。産休育休に入って約1年ですから、もうそろそろ前倒して復帰したいと言い出すのではないかと言う予感がありました。 最後は自分の仕事。次から次に来るクライアントからのリクエスト、ますます大きく発展していく会社。技術コンサルタントとしても充足感のある毎日でしたし、営業職としても張り合いのある結果を毎年出し続けて幸せ。会社も自分をとても良くしてくれました。誰が聞いても今会社を辞めるのはもったいない。状況は10年前に会社を辞めたときと同等かそれ以上。でも、もしも自分がこの会社でもっと責任のある職に就いていたら、こういう決断はしなかったかも。でもそうはならなかった。自分でその立場を望まなかったのが半分、無理にでもその立場に引き上げる人がいなかったのが半分か。もちろん自分にその器量がないと判断されたのかもしれませんけどね。自分の性に合った会社、将来性が非常に高い仕事を辞める事に未練はある。それでもその未練に勝る、像が定まらない何かが自分の中で渦巻いていたのです。 上司である日本支社長には単刀直入に話しました。Hさんはちらりと顔ををゆがめてから、でもすぐに笑顔で、今自分に去られるのは辛いけど新しい目標に向かってがんばってください、とおっしゃっていただきました。自分は物事を一瞬で判断できる、Hさんのそういうところが好きです。普段ちゃんと考えていないとすぐには選択、決断、行動出来ませんものね。(2010年5月13日了)
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日本を出てから丸1年過ぎたW君(5才)。ノルウェーの保育園にも慣れたし、ノルウェー語も家族で一番うまくなりました。でもちょっとホームシック?になるときもあるみたい。夜寝る前の母による創作寝物語シリーズ(第1編)が終わった頃の話し。 |



