兼業主夫日誌

思えば兼業主夫歴11年。同じ境遇の男性が増えるとうれしいです。

海外生活1ーーーーーースペイン編

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筆者である[自分]の波瀾万丈兼業主夫日誌。フツーのサラリーマンがなせ海外生活をするようになったのか。その動機と行動記録を綴ります。その第一章スペイン編。
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ヤフーブログさんからコンテンツをアメブロに移行作業を初めてはや3週間。

やっとすべての投稿と画像がアメブロに移りました。

今までヤフーブログの「よだかのほし」兼業主夫日誌をご覧頂いていた皆様、お待たせしました。

http://ameblo.jp/yohkite/

↑にてすべてのコンテンツがご覧頂けます。もちろん新しいお話も随時アップ!新作はW君の保育園話。

ぜひぜひ訪問下さい。

それでは

よだかのほし

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もう歩きたくないよー!(といっても家からまだ45メートル。散歩なのに。)
(本文とはまだまだ関係のない今のオスロの風景です)

物語の最初から読みたい方はこちら[ http://blogs.yahoo.co.jp/yohkite/6466071.html ] へ。

 カフェ・バル・プルリン(Caf?? Bar Purl??n)は地元のサラマンカ人が集う普通のバル。午前中は朝食の時間を過ぎるとお客さんもまばらなのですが、そこに休み時間になると語学学校の生徒と先生がなだれ込んで賑やかになります。お昼ご飯前の13時から14時頃には、お昼の長い休みの前にちょっと一杯やりに来た近所の老若男女で込み合う。皆カニャかワインでちょっとタパスをつまみ、バルに集ういつものメンバーとおしゃべり。その後めいめい自分の家に帰り昼ご飯。スペインでは昼食が正餐です。ほとんどの人が家に戻り家族全員で食事をしまが、マドリッドの様な都会ではそのような食事光景はなかなか見られなくなったと聞きます。昼時はメニュー・デル・ディア(Men?? del d??a)昼の定食を目当てに学生や独身者が集まります。ある日の定食はプリメロ・プラトにシンプルな野菜サラダ、セグンドに豚のロモ(Lomo)フィレ鉄板焼きとフライドポテト、デザートにナティージャ(Natilla)クリーム。これにパンがついて600円ぐらい。スペインの定食にしては結構美味しいんです。

 15時過ぎからは家で食事をした人たちが仕事前にカフェを飲みにくる。一方通行の道を挟んで小学校があるので学校が終わった小学生がアイスクリームを買いに来たり、マノロに水道の水をもらいに来たり。夕方の時間はゆっくり流れて17時を過ぎると待ちきれない人たちがまた一杯飲みに来る。20時になると仕事帰りの人たちも合流して夕食前のひとときをまたカニャかビーノを飲みながらおしゃべり。22時頃が夕食の時間なのでその前後が一番賑わう。その後はフットボールの試合がある時はスクリーンが降りて大画面で応援する人で盛り上がるし、試合がない時はやはりいつものメンバーでおしゃべり。毎日同じ仲間と同じ話題で盛り上がっている。寒い日は扉を閉じて中で、暖かい日はテラスで。その仲間にじわじわと浸るようになりスペイン人の友人がたくさん出来るようになりました。

 バルに入り浸ってこそ初めてスペインで生活している気がしてきました。(2010年5月15日了)

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Jaga Jazzistのコンサートに行ってきました。最高だったよ!
(ノルウェー語の発音ではでヤーガ・ヤシストと読みます)
(本文とはまだまだ関係のない今のオスロの風景です)

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 12月になるとサラマンカの街はナビダ(Navidad)ご生誕、つまりキリストの誕生、いわゆるクリスマス、これ一色に染まります。いつもは重厚な石造りのルア通りもクリスマスの電飾で飾られ、プラサ・マジョールには大きなツリーが。最近購入した14インチのテレビをつけるとフレシネ(Freixenet)スペインのスパークリングワイン、カバ(Cava)の大メーカーが超長い3分間CMを流します。Mの大好きなアレハンドロ・サンツ、通称アレ様の歌が流れてロマンチック。自分なんかはこれを見るだけでもう何杯かフレシネを飲んでお腹いっぱいの気分になります。

 その頃自分はちょっと壁にぶち当たっていました。今の学校は授業は有益で面白いけど、勉強ばかりでつまらない。本当まじめなドイツ人が多いんです。みんな宿題をちゃんとやってきてる。ドイツ人が悪い訳でなく学校が出す宿題が多すぎ。宿題ばかりでスペイン語が流暢になるんだろうか。せっかくスペインにいるのに対スペイン人にスペイン語を使う機会がない。落ちこぼれはいやだと言う訳ではないけれど、せっかくのスペイン暮らしを楽しまなきゃね。無理矢理に理由を作ってちょっと雰囲気の違う学校に行ってみる事に。いくつかある語学学校の内で優秀な文法の先生がいてしっかり授業もしてくれる、そして授業以外の活動も盛んな事で評判のアカデミア・イスラ(Academia Isla)イスラはスペイン語で「島」の意味、に移ることにしました。ドイツ人とイギリス人カップルが経営するこの学校はスペイン人ではあまり気づかない様な部分に気配りがあるのが最初の印象。授業の合間に皆で目の前の広場の角にあるバルでカフェを飲みながら休むのだけど、天気が良い日(たいてい天気がよい)はテラスで太陽を浴びながら先生や同じクラスの外国人とゆったり過ごす。それにそのバルのカマレロのお兄さん、マノロがとても感じがいい。外国人のたどたどしいスペイン語にもついてきてくれるし、面白いし、働き者。

 そうそうこの感じ。Mとはどうせレベルが違いすぎるし、彼女は来年から大学院だし、しばらく違う学校で学生生活を楽しもうっと。(2010年5月11日了)

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これがヤイトオスト!(Gjetost:ヤイトがヤギで、オストがチーズ。甘くてねっとり。おいしいです)
(本文とはまだまだ関係のない今のオスロの風景です)

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 日程を1日縮めてサラマンカに帰ってきて、ばあばを連れてサラマンカをもう一度案内しました。この街は小さいながらもさすが世界遺産に登録されているだけあって見所がいくつもあります。まずは旧市街の中心プラサ・マイヨール(Plaza Mayor)中央広場。1218年に設立されたファザードが有名なサラマンカ大学。貝の家。そしてカテドラル。12世紀にロマネスク様式で建てられ(旧カテドラル)増築によってゴシック様式がつながった(新カテドラル)巨大な石造りの建物です。家のアパートからは徒歩1分で着く、と言うか街に出るときは必ずその脇を通らなければいけないんですが、そこがいつもすごい風。ビル風ではなく大聖堂風?寒いときはいつもここで凍えてました。夏は日陰で涼しい。中は荘厳な雰囲気でとても広く、ここだけ現代と切り離された中世カトリシズムの世界。もう少し西に行くと修道院。ちょっと南に下ってトルメス川が見える城壁沿いにはアールヌーボー・アールデコの小さな美術館、カサ・リス(Casa Lis)。川沿いに東に数百メートル行くとローマ時代に建てられ、現在見られるのは17世紀に改築されたプエンテ・ロマノ(Puente Romano)ローマ橋。この橋を渡り街を振り返ってみると城壁に囲まれた丘の上に街が広がり新旧カテドラルがそびえ立っている。夜はライトアップされとても美しい。そして自分たちのアパートがばっちり見えます。やはりサラマンカは自分たちが住んでいるせいもあるけど旧市街の南側が好きです。

 ばあばは3週間のサラマンカ滞在をとっても満喫して帰国の途につきます。Mの妹はヨーロッパをちょっと回ってから帰るそう。マドリッドのバラハス空港まで一緒に行き、そこからはばあば一人。イベリアでロンドンのヒースローまで行きANAに乗り換えて成田へ。80近いばあばを一人帰国させるのはちょっとかわいそうですが、気丈なばあばはマイペースでだいじょぶよと言って出発ゲートをくぐって行ってしまいました。

 明日からは普段の生活に戻ります。スペイン語の勉強がんばろ。(2010年4月23日了)

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初めてのクロスカントリースキー 湖の氷も溶けかかっています
(本文とはまだまだ関係のない今のオスロの風景です)

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 メインのフルータス・デル・マル、海の幸盛り合わせがどーんとやってきました。お盆ぐらいの巨大な銀色のお皿に茹でたランゴスタ(Langosta)いわゆる伊勢エビと名前が分からないカニ、ホタテ、そしてペルセベス(Percebes)烏帽子貝と訳されているけど青森で言うつぼ貝とも違うけど味は似ている。フジツボみたいに荒波がかぶる岩にくっついていて採取するのがとっても大変らしい。味は貝とカニとウニを足して3で割った様な珍味です。自分は大好き。リアス式海岸の本家の味わい。Mにはちょっとグロテスクだったかも。甲殻類を食べているみんなは集中して殻を剥いているので皆無言です。パンとオリーブの実が実に良く合う。一通り食べ終わりほっとしたところで、やっぱり一番最初に食べた牡蠣が一番美味しかったね、と言う話しになりました。おなかにまだまだ余裕のある自分はもちろん賛成。もう一皿牡蠣を頼む事に。やってきた牡蠣は最初の感動こそないものの、十分美味しくて、自分はまた5個平らげました。ワインも3本空きました。ばあばとMの妹はほとんど飲まないから、Mと自分が飲み干した様なものです。デザートにフラン(Flan)自家製プリンを食べて、いい気持ちで宿に帰り、満腹でベッドに吸い込まれるように寝ました。

 朝目をさますとMが見当たらない。トイレにしばらくこもった後にげっそりした顔で出てきて、なんかあたったみたいだって。ばあばと妹の部屋に電話してみると二人とも同じ様な症状との事。ばあばが何か食べ物でおなかを壊すなんてとても珍しい。食べてすぐもどす訳でもなく、下す訳でもなく、何だかどよどよする感じらしい。自分は全く大丈夫なので、食べた牡蠣のどれかに弱い貝毒を持っている個体があったのでしょう。自分は計10個も食べたのに平気でしたけど。やっぱり最後に頼んだ一皿がよけいだったのかも。

 午後の海岸線クルーズは船酔いなのかおなかの調子なのか、女性陣3人は冴えない感じで全然楽しめない様でした。(2010年4月21日了)

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