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懐かしの愛車 93' Volvo 240 GLE (亡くなった伯父さんの形見です) 2008年12月にはもう方針を決定しました。また外国に行くのです。旅行ではなく移住です。決めては三つ。一つ目は行き先が分かっている事。普通は会社の人事の都合で赴任先は決められてしまいます。行き先の希望が通ることは稀なんです。北欧は行った事がないし言葉も分からないけど、けどその中でもノルウェーはヨーロッパ中で最も犯罪が少なく安全な国の一つ。平均寿命が日本並みに高く、人間開発指数が最も高い。小さな子供達が安全な環境で過ごすことができる、これが大きな要因でした。二つ目は、自分から見てMが仕事に復帰したくてうずうずしていた事。産休育休に入って約1年ですから、もうそろそろ前倒して復帰したいと言い出すのではないかと言う予感がありました。 最後は自分の仕事。次から次に来るクライアントからのリクエスト、ますます大きく発展していく会社。技術コンサルタントとしても充足感のある毎日でしたし、営業職としても張り合いのある結果を毎年出し続けて幸せ。会社も自分をとても良くしてくれました。誰が聞いても今会社を辞めるのはもったいない。状況は10年前に会社を辞めたときと同等かそれ以上。でも、もしも自分がこの会社でもっと責任のある職に就いていたら、こういう決断はしなかったかも。でもそうはならなかった。自分でその立場を望まなかったのが半分、無理にでもその立場に引き上げる人がいなかったのが半分か。もちろん自分にその器量がないと判断されたのかもしれませんけどね。自分の性に合った会社、将来性が非常に高い仕事を辞める事に未練はある。それでもその未練に勝る、像が定まらない何かが自分の中で渦巻いていたのです。 上司である日本支社長には単刀直入に話しました。Hさんはちらりと顔ををゆがめてから、でもすぐに笑顔で、今自分に去られるのは辛いけど新しい目標に向かってがんばってください、とおっしゃっていただきました。自分は物事を一瞬で判断できる、Hさんのそういうところが好きです。普段ちゃんと考えていないとすぐには選択、決断、行動出来ませんものね。(2010年5月13日了)
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海外生活4ーーーーーノルウェー編
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海外生活ー3.東京編
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道場で稽古中のM(K先生と) |
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2008年末、松本の友人宅で(オレンジがW君です) |
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ノルウェーと言ったらムンク 物語の最初から読みたい方はこちら[ http://blogs.yahoo.co.jp/yohkite/6466071.html ] へ。 「ノルウェーに行かないかってオファーが来ているんだけど。」Mからの突然電話で言われたときは、何ふざけてるの?って答えるしかありませんでした。青天の霹靂。2008年11月。自分は出張先で電話を受けて帰りの新幹線の中でその事をずっと考えていました。この選択が大きく異なる結果を招くのは当然ですが、電話をもらって1分後には自分の心の中では答えを既に出していたのかもしれません。Mの仕事を考えるといつかは外に出なくてはいけない。いや自分にとっても外にこそ自分が成さなければいけない事がある。日本に帰ってきてから6年あまり心の隅に存在していた小さな確信と信念はまだ消えていない様でした。でもどうしてあと1年間育休を取っているMに人事部が働きかけている?しかも西語圏、ラテンアメリカやスペインなら分かるけどなぜ北欧のノルウェー?Mがふざけているのではと自分が思ったのも仕方がないと自分で苦笑しながら、もし行く事にしたときの事を想像してみました。今の仕事はどうする? 自分はこの不況時にありながら技術営業コンサルティングとしてノリに乗っている、立ち上げから関わっている会社の居心地もとても良い、上司にも恵まれている、スタッフも増えてきて自分の役割もこれからどんどん増えていく、年収もこのデフレ時に上げていただいている。まさにこれから。立ち上げから今までの人材が慢性的に足りず深夜まで働いた苦労、組織作りとして一番大変な時期は越した感じはありました。これからも楽ではないでしょうが、まさに組織としても自分としても大きく成長できる時期に来ていたのです。苦労して耕して種をまいて水をあげて、刈り取りをせずに去ってしまうなんて。今まで自分を買ってくれていたお客さんに背を向ける?それに次の仕事を決めてからならともかく、当ても何も無しで辞めるなんて。もし当地で仕事が見つからなかったら、日本のサラリーマン社会ではキャリアの分断はメリットにはならない。普通の社会人の考え方で言えばバカな事です。友人は?子供が出来てから夜通し遊ぶ事はめっきり少なくなりましたが、その代わり家族同士で深く付き合う仲間がいます。家族は?自分の両親は悲しむだろうか。いや今でも八戸と東京で年に1、2回会えれば良い方なので状況はあまり変わらない。でもいざと言う時に会いに行かれなくなるか。 1997年に会社を辞めてスペイン行きを決めたときと同じ状況、いや子供が2人いる分さらに大きな決断になるでしょう。(2010年4月19日了)
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