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その日も、当時借りていた市の中心にあるアパートからは歩いていける、ローマ国立美術館の中で、午後を過ごすつもりでいた。
昼食を終えたばかりのこの時刻は、南欧特有の習慣である午睡の時間にあたるので、一時から四時半頃まで、ローマでは町中が眠りに落ちる。
何度もここを訪れている私は、まっすぐに目的の場所へ急ぐ。
中庭をめぐる回廊の一隅に置かれてある古代ギリシャ時代の浮き彫りが、私のお気に入りだからだ。ローマではもっとも静かなこの時刻に、私のヴィーナスとひと時を過ごせることに満足して私はそこに近づいた。
ところが、誰もいないと思っていたその場所に、男が一人いたのである。彼は、濃い緑色のシャツの背中をこちらに向けて、私のヴィーナスの前にたたずんでいる。私は、今までの満足感を台無しにされた思いで、自分勝手な不機嫌さをもてあましながら、じっとその男の背中をにらんでいた。
とその時、男も人の気配を感じたとみえてふり返った。その薄い肩とこわい黒髪とで、私は直感的に日本人だと思った。彼も、私を日本人と見たらしい。ごく自然に、私たちは目礼をかわしたから。
私は、この四十歳近い、物静かな日本の男と、「ルドヴィージのヴィーナス」と呼ばれている、紀元前五世紀に作られた、湯浴みするヴィーナスと彼女に奉仕している女神たちの薄い浮彫り彫刻を見ながら、中庭の回廊の石の柱によりかかって、午後のひとときを過ごしたのである。
彼は話した。2年前から、エジプトのアスワンハイダムの工事を指導するため、日本から派遣されて、エジプトに滞在していたこと。その間に一度だけ、家族に会うために日本へ帰ったこと。
アラブ人を使う仕事はなかなか苦労が多かったが、それでも、海の波のようにうねる砂丘の向こうにピラミッドを見たときは、やはりあれは三角形でなければならず、その形が最も美しく自然にかなっているのだと、感心して眺めてしまったこと。
彼は続けた。どうやら自分は、ダム工事という機械的な仕事をするためにエジプトに来たのだが、二年の滞在期間を過ぎてみると、知らず知らずのうちに、歴史や美術のような人間的なものに魅かれはじめたようだ。
だから、カイロでの仕事が終わった今、すぐにでも日本へ帰れるのだが、自分は、このしばらくの休暇を、自分の発見したもう一つの世界のために捧げようと決めたのだ。ヨーロッパ各地の美術館を回り、ヨーロッパの歴史を味わいながら。
そしてローマがカイロを発った自分にとっては最初のヨーロッパの都市なのだといった。
彼の話を聞きながら、私の不機嫌さはいつのまにか消えていた。そのうえ、彼がカメラを持っていないことが、私の気に入った。この人は写真を撮って記念に残すことよりも、自分自身の眼で見ることのほうをより大切にする人らしい、と感じたのだ。
気づかない間に、時が過ぎていたらしかった。わたしたち二人のほか誰もいなかった中庭にも、二人、三人と、観光客の姿がみえ始めた。近くの教会から、五時を告げる鐘の音も聞こえてきた。また、私も約束があるのを思い出した。
美術館の外へ出た私たちは、エセドラの噴水のある広場までのほんの少しの道を、一緒に歩いていった。広場は、先刻までの静けさとはうって変わって、行きかう人とクルマの群れでごったがえしている。そこには、いつものローマの顔があった。
それから五年が過ぎた一昨年の夏、歴史物語を書き始めていたわたしは、その一ヶ月前に出版した第一作のことで、いくつかの新聞からインタヴューを受けた。そして、その中の一人の記者は、私にこう質問した。
「あなたは、どんな読者を想定して書かれますか」
私は思わず、カイロから来た男のような人、と答えそうになり、あわてて口をつぐんだ。
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