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さてもう一回だけ
私の希望とこのブログ内でのスタンスについて説明したい。
前項で‘二次元スタンス’‘三次元スタンス’について説明したが、
今回は‘四次元スタンス’について。
もうご想像がつく方も多と思いますが、‘四次元スタンス’とは
「全ての物事を立体として認識し、常に色々な角度から観察しようと努力する」三次元スタンスに
『時間軸』を加えた視野のこと。
言い換えれば、
「全ての物事は立体という性質に加え、時間の流れによる環境の変化と共に変化している」
と言うことを認識するまたは認識できる視野・スタンスである。
もっと簡単に言うと、
1時間前にテーブルの上に見て‘旨そうだ’と思ったさばの刺身を、
さっきと同じ状態だと思って簡単に口に入れる行為は四次元スタンスとは言えない。
せめて、‘クンクン’ぐらいはしてみるべきであり、
さばの刺身が
‘旨そう’であるという一面の他に‘脚が速い’と言う面も持っているという三次元スタンスさえも踏み外している。
逆に言えば、日常生活の中で全ての人が四次元スタンスを使っているのだ。
しかし、常にこのスタンスを保つと言うことは非常に難しい。
難しいが、その割合を高めていく努力はする価値があると思う。
また、四次元スタンスを保ち続けることができたら
『人生がどれほど楽に、楽しくなることか』
ここで、楽しくない一例を・・・
菅政権と自民党の話し、
与謝野氏が菅政権に入閣し、自民党は与謝野氏を『節操のない者』『裏切り者』のように見ているようだ。
確かにその気持ちはわかるのだが、
まず一つは、自民党から離脱して(何党だっけ?)後のことであるのだから裏切り者ではないと私は想う。
今ひとつ大切な点は、自民党時代の与謝野氏とは
『時間の経過による環境の変化』
『自民党に所属していた経験による心境の変化』
を経た点で氏自身が変化しているということ。
この事をふまえると、
「国のためを思い、かつての敵と手を結ぶ」事は大いに“有り”だと想うのだ。
(菅氏と与謝野氏の心中・本心は解らないが、「国のため」と信じたい)
しかるに、その点を論点として国会で“なんやかんや”するとは、なんともはや・・・
もう少し、自身、自派、自党からのみの視点(二次元)から脱すれば自ずと道は見えてくると想うのだが、
要は、「覚悟を決められるかどうか」かな?
民主党も同じだけどね、
もっと楽にかまえようよ
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当ブログのスタンス
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私のスタンスと、このブログの目的をもう少し知って頂く必要がある。
これから先、“二次元スタンス” “三次元スタンス” という言葉が多々現れてくる事になる。
『二次元スタンス』とは、或る事象を
「自分の現在視ている角度からしか認識出来ない」もしくは「認識しようとしない」スタンスの事。
言い換えれば、「物事を一面(平面)からしか捉える事が出来ない視野」のことである。
『三次元スタンス』とは、事象を観察する時、
「現在見えている面意外にも多くの面が存在する事を常に認識している」もしくは「認識出来る」スタンスの事。
言い換えれば、
「物事は多面的(立体)であり、視る角度によっては全く見え方が違う事もあると許容出来る視野」のこと。
ブログの世界で、【喧々囂々】をやらかすのは、たいていが二次元の人だ。
自論と相対する意見が出てきた時、『そのような視方もある』という事が許容出来ず、
自論の正当性を主張し、証明しようと議論になる。
だが、もともと立体的な視野を持っていないので、
議論を仕掛けている相手の視ているモノが自分の視ているモノと同じ物だとはどうしても認識出来ないのだ。
例えば、各面色の揃った『ルービックキューブ』を視ている二人がいるとする。
Aさんは『キューブ』が 立体である事を認識している。
Bさんは 立体である事が認識出来ていない。
Aさんが「これって正方形の中に同じ大きさの正方形が九つあるね」というと、
Bさんは「そうそう、その通りだね僕たち同じ物を視ているん(意見)だね」と嬉しそうに賛同する。
A:「これって黄色だね」
B:「えー赤だよ」
A:「あれー?おかしいなーどう見ても黄色だけどなー」
B:「赤だよ!!じゃあ何かい?君は僕の目がおかしいとでも言うのかい!!」
A:「いやいや違う世そんな事言ってないよ、あれ?もしかしてボクと君、違う面を視ているのかな」
B:「????」
さあ、どうでしょう。
この場合、Aさんが‘三次元人’なのでもしかすると穏便に収まるかもしれません。
しかし、Aさんまでもが‘二次元人’であったなら・・・・
ご想像の通りです。
もう一つ、二次元スタンスの人の特徴として、『白黒つけたがる』という傾向があると想われます。
そこがまた厄介で、‘二次元人’同士の議論は最早議論と呼べるモノではなく‘不毛’なのはご存じの通り。
でもね、普段‘三次元人’の人も体調や環境などにより、一時的に‘二次元人’になる事も多々ある。
また、‘二次元人’が常に‘二次元人’だというわけでもない。
とすると、ブログの中でたまたま‘二次元スタンス’になっている人同士の視角が違ったら、
【喧々囂々】は避けられないのか?
そこのところを、このブログの中で試してみたいと想っている。
一つ、有効なスタンスがある。
それは、
『ブログの世界に“白黒つけなければならない事柄”など一つもない』 というスタンス。
実社会では白黒つけなければならない場合もある事柄も、ブログ上でそんな必要があるモノなどあるのだろうか
じっくり考えてみて欲しい。
私はないと想うのですが、 どう思います?
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インターネット、ブログの世界に私が望む事。
『“自分の角度”以外の“角度”から視た“考え”を知りたい』
とても大きな欲望です。
ネットという世界に興味を持ち、その可能性を想い浮かべた時。
真っ先に想い、その後も消える事のない想いが先の想いです。
しかるに。
現状のブログの世界では、全く空しい想いとなっている。
私と同様の期待をブログに抱いていた方は、少なくないと信じる。
物事を多角的に見つめようとする努力は、私という人間の根幹を成している。
しかし、‘一人の人間’が‘一つの事象’にアプローチする角度には限界がある。
それは、私の性格、気性であり。
それを培ってきた境遇や環境。
そして今この時に‘ある事象’を見つめる私の境遇。
更に言えばその日の体調でさえも。
それら全てが‘想い’や‘思考’に大きく作用する。
それ故に、
その瞬間その時期に、一人の人間がアプローチ出来る角度というモノは自ずと狭められてしまう。
だが、境遇の違う、立場、生い立ち、資質の違う人々は、‘同じ事象’を‘違った角度’から眺めている。
その人々にとれば、‘当たり前の思考経路’であり、何ら珍しい事もない。
だが、私にとっては想いもよらない視角であり、‘未知なる考え’であるはずだ。
それは相手方にとっても同じ事が言えるはずである。
インターネットの世界とは、
‘不特定多数の’‘物理的には不可能な’人々との‘交信’を可能にしてくれる世界。
その世界が有効に使われていない。
失望、落胆、幻滅・・・
様々な表現があるだろう。
そんな想いを持っている人が少なくないと信じたい。
今ブログの世界は、
実社会と同様に、いや、それ以上に皆が‘ビクビク’している。
迂闊な事を書けば、何時?何処から “噛み付かれるかわからない”
そんな想いに“ビクビク”して、
自分の考えを“表現”出来ないでいる人が沢山いるはずだ。
私は
そんな人達の話が聞きたい。
そんな想いを諦めきれずにこのブログを始めてみた。
世の“事象”は平面ではない。
すべからく“三次元”であり、更に“時間軸”が存在する事も確かな事だ。
全ての事柄には、視る角度によって 様々な、全く違った表情を持つ面がある。
その“多面性”“立体性”を認識し、
一つの事象を、『色々な角度から眺める事』 を楽しめる 【場】 になってくれればとても嬉しい。
正直言って、
この『はじめに』何を書こうか?
しばらく迷っていた。
もっと‘クダクダ’とこのブログ内での約束事を決めようかとさえ考えもした。
しかしやめた。
ハッキリと言える確かな事だけを 今 記します。
『私の書き記す事に対してはどのような意見も大歓迎です。噛み付く事は決してしませんので安心してください』
信じるかどうかはあなた次第。
今後、必要が生じれば約束事を【ここ】に追加していきます。
では、はじめてみましょう。
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