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乗車マナーって…

 月に数回ある,夕方からの仕事の日だった。

 地下鉄を降りて改札を出ようとすると、目の前に何かを配りたいオーラを漂わせる女性の一団が。何事かと思っていたら,駅の放送でこれまた珍しく,女性の声でのアナウンス。どうやら,地下鉄のマナー向上のために,近くにある某有名公立高校の生徒が何かを配っていたようだった。

 はっきり言わせてもらえば、福岡の列車の乗車マナーは宮崎と変わりない。街並みは都会ぶっているが、マナーは田舎のままである。
 福岡の町は好きだ。が、一度東京で生活したことがある身としては、降りる人間がまだいるにも関わらず入ってこようとするとか、ドアの“前”に並んでいる、などの光景は、見た瞬間に未だにゲンナリしてしまうのだ。

 もう一ついやなのは、マナー向上を訴える、中高生の描いたポスター。

 あんなポスターを描いたところで、マナーが向上するはずがない。あれを見て、「あ、気をつけなきゃ…」と思うような人は、ポスターがなくてもマナーが良いはずだ。

 もう一つ言えば、あのポスターを描いている方々が、乗車マナーについてどれほど深刻に考えているのか、疑問を感じずにいられない、ということだ。

 訴え方が目新しいだけで、言っていることは「携帯電話使用の自粛」とか「つめて座る」とか「床に座らない」などなど、全く目新しさがない。いわゆる「いい子ちゃん的視点」からしかマナーを見つめていないということだ。

 今から地下鉄で帰るのだが、ポスターが掲示されていないことを切に願うのみ…

季節と生命

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 熱帯魚のことで,命について考えさせられたばかりだったのですが,とあるブログの記事を読んで,もうひとつ考えさせられたので,引き続き書きます。

 秋ですね。秋といえば「紅葉」。うちの近くにある古いお寺の紅葉も,そろそろ色付いてきているようです。

 以前,紅葉がなぜ起こるのか,という説明を何かで読んだのですが,その時に妙に感動したことを思い出しました。

 ほとんどの植物は,「光合成」によって体の材料を作ることができます。ですから,夏の間は強い日差しをいっぱいに浴びて,どんどん成長していきます。ところが,この「光合成」と同時に,生きていくエネルギーを得るために「呼吸」も行われています。「呼吸」のためには栄養分が必要となります。

 光が十分にある状態ならば,「光合成」で得た栄養分で「呼吸」に必要な栄養分をまかなうことができるのですが,光が弱くなると,「呼吸」で使う栄養分のほうが多くなってくるんですね。この状態が長く続くと,植物は栄養失調で死んでしまうわけです。

 そこで,何年も成長を続ける植物が編み出した方法が「落葉」なのだそうです。

 夏の間,栄養分製造工場として働いてくれた葉っぱですが,冬には栄養分を浪費するだけのお荷物になってしまうわけです。そこで,植物(特に樹木)は,冬になる前に葉を全部落とし,少しでも栄養分を消費することを防ごうとしているのです。
 ただし,葉っぱの中には葉緑体など,大事なものが一杯入っているので,それをそのまま落としてしまうのはもったいない。そこで,落とす前に,樹木本体のほうに,まだ使えるものを全部回収してしまうのだそうです!

 要するに,落葉する樹木の葉が,赤や黄色,茶色に色づくのは,葉っぱから葉緑体などの成分が幹に移動してしまうから,ということだったんです。

 それまで,単に「きれいだなぁ」というだけの感動しかなかったのですが,この話を聞いて,散りゆく葉にも,植物の生命の営みを強く感じるようになりました。

熱帯魚死亡

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うちの熱帯魚が2匹死んでいました。

 実は先日,「そろそろ朝晩が冷え込んできたなぁ…ヒーターのスイッチを入れておくか…」と,半年振りにヒーターを入れて職場に行ったのですが,帰ってみると,なんと全滅…。サーモスタットが故障していたらしく,水温は35度以上になっていました。

 今朝まで元気に泳いでいたのに,ちょっとチェックをしなかったばかりにたくさんの命を奪ってしまいました。

 その水槽をどうするか悩んだ挙句,やはりもう一度熱帯魚を飼うことにしました。それが1ヶ月ほど前のことでした。

 今回は原因が全く不明で,他の子たちは元気なのです…。

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ここ数日,中川政調会長の「核武装議論」がうるさい。

 「核武装が必要かどうかの“議論”は認められるべきだ」

ということらしいが,この人はどこまで考えてこんなことを言っているのか。

 事の発端は北朝鮮のミサイル発射と核実験であることは確かだろう。仮に,日本が核武装をしているとして,今このとき,北朝鮮から核ミサイルが発射されたら,日本はどう対応するつもりなのだろうか。

 もし,報復としてこちらも核ミサイルを撃ち込むつもりで発言しているのなら,最低の人間と言わざるを得ない。大量殺りくを肯定しているわけだから。

 「そうではなくて,抑止力としての核だ!」と言うのなら,現実を見ていない,という非難はまぬがれ得まい。あれだけ多くの最新型核兵器をお持ちのアメリカと日本が仲良くしているのに,それでもなお北朝鮮はミサイル実験をし,核兵器を開発している。日本がちょっとやそっとの武器をもっていたところで,北朝鮮が核開発をやめるとは到底考えられない。

 そもそも何が腹が立つかというと,彼は原爆で被害を受けた人々の気持ちを考えたことがあるのだろうか。原爆で亡くなった人,あるいは傷を受けた人たちは,復讐を望むのだろうか。おそらくそうではあるまい。あのような悲惨な出来事は,今後一切起こらないでほしいと切に願うのではなかろうか。

 核を開発する,と決めることは,大量に人を殺す道具を作る決意をする,ということなのだ。理想主義といわれればそうなのだろうが,武器を,核兵器を作り続ける他国の愚をまねることが,本当に日本の進むべき道とは思われない。

片付け魔

 今に始まったことではないが、私は「片付け」が苦手だ。だが、「片付け」そのものはむしろ好きな方だ。

 まず、片付けているときの、要るものと要らないものの振り分けが楽しい。無くしたと思って諦めていたものがひょいと出てきたりすると、軽い感動すら感じる。
 そしてもちろん、片付けた後の充実感はもまたよい。美しく整理されたその場所をしみじみ味わうのもいい気分だし、どこに何があるのか、自分の頭の中まで整理されたような,すっきりした気分になる。

 それなのに,私の机はなかなか片付かない…なんで?

問題は、片付けをしようと思ってから実際に片付けに手をつけはじめるまでなのだ,とやっと気付いた。「片付け魔」の人は,「片付けをしよう」と思った瞬間に手が動いているのではないかとさえ思う。私には真似ができないところだ。

 こんな私だが,ある場所に関してだけは「片付け魔」へと変貌する。それは,台所の洗い場。

 喫茶店で4年,ホールとカウンターのアルバイトをしていたことがある。そこで仕込まれたおかげかどうか分からないが,洗い場に食器が積まれていると,異様に気になってしまうのだ。残念ながら(?),今は手あれがひどくて,ゴム手袋をつけないと洗い物ができないため,その手間がおっくうで,洗い物まで「ま,あとでやるか…」と置き去りにされることが多くなってしまった。手あれがひどくなる前は本当にすぐ手をつけていた。

 「片付け魔」の人たちにも,それぞれそういう過去があるのだろうか…

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