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神が人にだけ与えた、最高の力があります。
それは、炎を自在に操れる力です。
炎は、それほど尊いものです。
その、炎をあやつり刹那の蒼を追い求める
私の、芸術
2009・夏バージョンです。
私が、なぜ この刹那の蒼を追い始めたか、
28年の永い険しい道に、何故足を踏み入れたのか
このような、誰もしていない
炎で、金属を焼き美しい色彩を発色をさせる。
チタンアートに取り組むようになったかとのご質問を受けます。
そのお話を少しかいつまんで致します。
私は、6歳ぐらいの時から金属の焼けた時の色(青)に
異常に興味を示したようです。8歳ぐらいの時には、
家を建てている工事現場から、トタンの波板を拾ってきては
自宅のお風呂の、焚口(当時は材木とかでお風呂を沸かしていました。)
に竹の先にトタンを刺して、炎に近づけては高温で真っ赤になった
トタンを見てそのあとに訪れる青の発色に喜んでいたそうです。
そして、それを見たご近所の方が、この子は火遊びをするとても危険だと
祖父に言いつけられました、怒った祖父が私のおしりに
ヤイト(お灸)をしました。 お灸は、2度ほどありました。
そんなに金属の焼けた青色が好きな子供になったのかは、
決定的な、出来事がありました。
だるまストーブ事件です。
私が6歳の時いつも遊びに行っていた、
近所の小さな映画館に石炭を燃料にする
だるまストーブがありそのストーブの煙突は、サビサビでした。
それが、ある日新品ピカピカのトタン製の煙突に変わっていました
そのストーブにおじさんが火を付けてくれた時の出来事です。
煙突の根元の所からゴールドになり、そのゴールドが
先のほうにどんどん進んで行きました。
その、ゴールドの輝きが七色のゴールドとでも表現するぐらい綺麗でした。
その、ゴールドが無くなってすぐこんどは、ストーブの根元から
ブルーが現れたのです、その時の感覚は今でも忘れることは出来ない
衝撃でした、それが、私の炎の蒼の
ファーストインパクトです。
そして、次の日にはその煙突はどんどん錆びていくだけで
二度とブルーが現れることは無かったです。
それから、私はそれを、再現したいので、火を見たら火遊びをする
危ない子供として、町内会で回覧板が回る札付きになりました。
それから、時は過ぎて私が17歳の時にバイクのエンジンのすぐそばの、
パイプの部分が、ゴールドに輝いているのを見てまた忘れていた記憶が、
蘇りました、それからは、鉄 ステンレス などなどを
焼きまくりました、
なぜかと言うと、これで何か人が驚くのではないかと思い。
当時 学校は嫌いでしたので、これで生きていけるのではないか、
一人コツコツと、いろんな金属加工をしながら収入を得てきました。
私の技法はすべて、独学です
誰にも、溶接 切断 研磨 曲げ 絞り などなどは、
教えていただいたことがありません。
すべて、自分で考え、本とかテレビなどを参考に、見よう見まねです。
今でも、この方法が、(溶接、切断など)正しいのか間違っているのかさえわかりません。
でも現在では、不安などはありません。(思いあがっているわけではなく自分を信じている)
物には、色々な方法があると思えるようになったからです。
かなり、本筋からそれてしまい失礼いたしました。
なぜチタンにたどりついたかは、
来る日も来る日も、金属を焼いている時の最大の課題は、いくら綺麗な発色をしても
すぐにサビによる変色です、そのためにそれを止めるために、
クリア塗装をしたり、出来るだけ温度を高くしないでゆっくり焼いたり などなど
ありとあらゆる事をしても、完成した綺麗な蒼がすぐにくすみます。
そんな時にお付き合いしていた鋼材屋さんが、
はがきサイズのチタンを持ってきまして、このチタンと言う金属は絶対に酸化しないらしいです。
との事でした、それから28年間現在まで、試行錯誤の日々です。
その、28年間のお話はいずれ致します。
現在でも、3割ぐらいは私の目でみて、失敗は致します。
完璧かそうでないかは、私の間合いの問題でして、技術ではなく気持ちが
発色に反映するようです。
不思議なもので、造形 研ぎが完璧でも炎をあやつる一瞬の間合いを見切る
そこが、極意なのかもしれません。
まだまだ、勉強です。
以上が、私がチタンアートに全人生をすべてそそぎこんでいる、大ざっぱなお話です。
今、28年を振り返り思う事は、素敵な方々との、一期一会でここまで来ていると思います。
すべての方に感謝いたします。
最後に、
最近なぜ、なぜ、と自分に自問自答致します。
それは、経済基盤がないが故の、苦しい日々を送るうちに、
昨年も、日雇いの建設現場での仕事などをしての、生活です。
今年は、なんとか作品だけで、生きています。
もう辞めようか、こんな事をしていてもなどと・・・・・・・現在でも考えます。
そして、答えはいつも、
この、一瞬の蒼を 永遠に捕まえる為に生まれてきたのだから・・・・・・・・・・と
自分に言い聞かせながら、
・・・・・・・・・・・・・念には念を、くどいですが、よろしくです。
このブログのおなじみ様は、また出たかと言われるのは・・・・・先刻承知です。 ゴメン
今回も、画像に免じて、お許しをくださいませ♪
画像は、うちの猫ちゃんです。
決して、たぬきではありません。
2009年も、チタンアーティスト与吉は続けます。
どこまでも、永遠に刹那の蒼を追い続けますので、
これからも、ご支援をよろしくお願いいたします。
刹那の蒼を、愛してくださる、素敵な皆様へ、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・感謝
フランスのガラスの天才エミール ガレ作品収蔵の美術館
財団法人 鳴門ガレの森美術館内に、(与吉ギャラリーが御座います。)
http://www5f.biglobe.ne.jp/~yamaguti/
ギャラリー与吉http://www5f.biglobe.ne.jp/~yamaguti/kikaku.html
ご覧頂ければうれしいです。
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また出た・・・
でも、いつも最後まで読んでいますよ。
心意気を感じます。
そして、逡巡もとてもよくわかります。
日雇いもされていたのね。
苦しい生活、とてもとてもよくわかります。
よきっつぁん
頑張る人はここにもいます。はい、わたしの事よ。
いつかあなたの作品をと、それが願いです。
納期が何年待ちでもね。
山姥は、実は月や星の蒼さがとても好きなのです。知っていましたか。
吠えていますがとても泣いているという意味です。
頑張りましょう。
2009/8/2(日) 午前 3:24 [ - ]
与吉さんのチタンアートと神の手の心。私の仕事とボランティアの心。。。。私も、神の手の心を持ってます。自分が、前に進むことができるのは、神が私に与えた試練だと思っています。。。。時々、めげますが。 hahahahaha----- いい日曜美をありがとう。
2009/8/2(日) 午前 7:20 [ - ]
与吉先生〜おはよ〜♪
応援してるよ〜
2009/8/2(日) 午前 8:31
かかまるサン
現場仕事は、なんでもやりましたね、
重機の運転、水道配管、鉄筋工、電気配線、
タイル貼り、基礎の、型枠、屋根の防水、
などなど、おそらく100種類ぐらいの仕事をしましたよ、
全て、現場ですね、事務、営業、はしていません。
底引きの漁師もしましたね、
いつか、ご依頼楽しみにお待ちしています。
もちろん、お友達価格ですよ、
月や、星が好きなのですか、わかる気がします、
吠えているのは、泣いていると知っていますよ。
前に、進みましょう、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・感謝
2009/8/2(日) 午後 8:07 [ - ]
タッチー様
私は、この5年は、一日も一時間も
休んでいません、全てチタンに費やしています。
それは、定めだと思いましたので、
そのように、心に決めていましても、
折れそうになるぐらいの、
試練、の連続です、
それでも、前に進みます、
全ての、邪念をすてて、チタンのブルーを
ご理解頂く為に
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・感謝
2009/8/2(日) 午後 8:17 [ - ]
とりこ様
信じています。
そして、まだミスドに行けません
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・感謝
2009/8/2(日) 午後 8:18 [ - ]
貴重なお話 ありがとうございます(^^)
だるまストーブが赤く燃えて
新しい煙突の色が 変って行く様子
すごく素敵な文章でした^^
少年の日の 一場面がリアルに浮かんできて・・。
与吉さんは、美しい蒼が続くために
きっと たくさんの時間をかけられたのだと思います。
2010/6/4(金) 午後 5:12 [ - ]
さらら様
こんな、以前の記事までご覧いただき
誠に、ありがとうございます。
この、蒼のために、
この、蒼が褒められたくて、
永い、険しい人生を生きています。
けれど、幸せな気分なのですよ、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・感謝
2010/6/5(土) 午後 11:45 [ - ]