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我が家では天皇皇后両陛下との想い出が
夫婦それぞれにあります。
私は子供の頃に海外からの王族を招いたときに
その当時、昭和天皇が気に入っていらしたとい
う所の近くに住んでいたので、晩餐会を建物の木陰から見てい
たことを思い出します。
帰られるときに外は暗いので車の中は明るく
なっていて、まだ皇太子だった天皇のお隣に座って
いらした輝くように美しい美智子妃の笑顔を拝見
することが出来ました。
他のときには一緒にいらした今の皇太子(明日から
は天皇ですね)と秋篠宮の幼いお顔が思い出さ
れます。
主人は清子さんがまだ紀宮様だった頃にブラジル
訪問にいらしたときに乗務したことがあり、帰国
後、宮内庁からお茶会の案内状が届き、緊張しな
がら皇居へ。
後ろのほうに立っていたら、当時外務大臣だった
河野洋平さんが「前の方に行きなさい。」と言っ
てくれて、最前列に並んでいると、両殿下がいら
して「この度は紀宮がお世話になりました。」
と言われてドキドキしたようです。
その言葉はごく普通の親御さんのお礼の言葉だ
ったけれど、有難いお言葉だったと話しています。
美智子様からは更に「飛行機には何人くらいの
乗務員の方が乗っていらっしゃるのですか?」
と質問されたとか。
ジャンボでしたから「客室は17名です。」と
答えたようです
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2019年04月30日
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今日も雨が降ったりやんだりの 肌寒い神奈川東部です。
朝からテレビは天皇の退位の儀式の番組が続いています。 まるで年末の大晦日のような気分でちょっぴり寂しさも。 ここのところ天皇ご夫妻のこれまでの道程の番組が 多いのですが、改めてお二人の優しさや努力、ご苦労を 感じています。もうお歳から考えても、ゆっくりとお 過ごし頂きたいと思います。 平成の時代30年余りは我が家にとっても変化の多い歳月でも
ありました。 昭和生まれの息子達が受験期に入って行った頃で、それまで 今から思えばのんびりと過ごしていた我が家も大変な時期に なって行った頃だったような気がします。 大学受験を終えて就職し、そして結婚。 義父母の介護はなかったものの、実家の母があっという間に 亡くなってしまい、もっと話をしたかったという思いが残り ました。 そして6人の孫が誕生。子育ては無我夢中でしたが、孫達と 過ごす時間はゆったりとその成長を見守れる幸せを感じます。 30年の間には夫婦揃って大病をして手術入院もしました。 その辛さを乗り越えて今があることに感謝の気持ちです。 そしてブログとの出会い ![]() そもそもパソコンが我が家に入って来たのは長男が 大学に入った頃。 携帯もまだなくて、ポケベルが流行ったのはその 少し前だったと思いますが、息子達には関係のな い物だったようです。 私が を使えるようになったのは義母が病気になって余命が短いと知った頃。 主人の仕事柄、海外に行っていることが多かったので 私が家を離れることは買い物以外許されず、家に引き こもる暗い日々でした。 そんな私を見た三男が「パソコンを教えてあげるから 叔母さんとメール交換でもしたら?」と言ってくれて 手紙を書くことが好きで妹や叔母にもよく手紙を書い ていたので、すぐに慣れて楽しくパソコンを使うよう になりました。 ブログを書くようになったのはそれから約20年後。 昔、勤めていた頃の同期の友人の勧めでした。 初めのうちは「とてもそんな難しそうなことは・・・」 と思っていたのですが、すっかりハマってしまって ![]() ブロ友さん達に支えられて趣味のひとつになっています。 今年はヤフーブログの突然の閉鎖のお知らせがあって 仲良くしてもらっているお友達とのブログ上での別れ もあり、寂しいです・・・ {始まりがあれば終わりもある}そう受け止めるしか ないです。 私はこちらに落ち着く予定ですが、またご縁があれば どこかで会えますよね? コメントはこちらへお願いします。
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