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こんにちは、ゲストさん
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2016年05月22日11:24
タマちゃんの暇つぶしさんのサイトより
http://1tamachan.blog31.fc2.com/blog-entry-14879.html <転載開始> 9 時間9 時間前
本物黒酒 @honest_kuroki
善意の人ならなぜ、美術解剖学的には全く異なる骨格の大室寅之祐が明治天皇だと、あんなに情熱的に宣伝したのでしょう?動機は何だと思う? RT"@murasakiirohuji:鬼塚さんは個人で小説家だと思います"@ichamu77 pic.twitter.com/243vKqUGL2 鬼塚氏は原爆利権の真相を隠す大役を果たした。鬼塚氏の嘘は、「朝鮮系詐欺師達がロス茶とつるんで悪事をし放題」という曝露風の内容。 真相は、竹細工職人から出た蘭学者系箕作天皇が人形峠ウラン鉱山の採掘権者ということから始まった! @murasakiirohuji @ichamu77
21:48 - 2016年5月20日
9リツイート6いいね
返信8 時間8 時間前
本物黒酒 @honest_kuroki
日本初の地質学者は箕作阮甫 https://rnavi.ndl.go.jp/kensei/tmp/index_mitsukurigennpo-rinnshou.pdf … 彼はミラードフィルモア米大統領が日本帝国のエンペラー(将軍)に宛てた国書を和訳した男。エンペラーは天皇ではなく将軍だと知っていた@saisei20151 @murasakiirohuji @ichamu77 8 時間8 時間前
本物黒酒 @honest_kuroki
エンペラーが徳川将軍ではなく天皇に摩り替った明治時代、明治天皇に成りすました箕作奎吾は、箕作阮甫の孫ですから、日本の様々の鉱山の第一発見者としての採掘権の継承者ということになる。@saisei20151 @murasakiirohuji @ichamu77 8 時間8 時間前
本物黒酒 @honest_kuroki
箕作は山を熟知した山窩の異称ですから、幕末に箕作阮甫が『地質辨証』を編纂するにあたって多くの山窩が協力したことでしょう。それで明治時代、その編纂に参加した山窩の子孫も、それぞれの採掘権者になったでしょう@saisei20151 @murasakiirohuji @ichamu77 8 時間8 時間前
本物黒酒 @honest_kuroki
特に箕作阮甫の郷里の人形峠は、ほの暗い中で緑色に発光する露頭ウランの宝庫。ウランは初め、硝子器や陶器の釉薬として高く売れる鉱物で、後に金を超える破格値の金属になるわけです。 それを政府も大学も隠してきた@saisei20151 @murasakiirohuji @ichamu77 5 時間5 時間前
雨露都 @saisei20151
@honest_kuroki @murasakiirohuji @ichamu77 ありがとうございます!参考にしますね!
mobile.twitter.com/honest_kuroki/status/733882145010126852 ↑
そうかな?RT" ![]() twitter.com/honest_kuroki/status/733063690937720832 *今上天皇と鬼塚さんは似ています猫! ・ビックリです・・・同じ血流か? > それと、原発屋住友金属出身の落合莞爾氏は「明治天皇=箕作奎吾=人形峠ウラン鉱採掘権者」を隠したい側では? ・腑に落ちる仮説です猫! ・確かな美術解剖学的に裏打ちされた素晴らしい発想、着眼点に脱帽、原爆のお話とも関連して、性・水原さん説に同意&納得しますm(_ _)m ・以後は鬼塚説、落合説についてはそのつもりで読む事にします。 2016年5月21日23時07分記 <転載終了> |
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2016年10月23日04:16
タマちゃんの暇つぶしさんのサイトより
http://1tamachan.blog31.fc2.com/blog-entry-15388.html <転載開始> 1945年の敗戦まで、日本人を支配していた天皇制ですが、驚いたことに明治新政府が出来た当初の一般民衆は「天皇」があるのを知らなかったと、知らない者に「錦の御旗」は通用しません。そこで明治新政府は何をしたのでしょうか・・・
んで、アーネスト・サトウさんが書き残した日本人感と、併せて考えてみると非常に興味深いものがあります。
アーネスト・サトウ(坂田精一訳)『一外交官の見た明治維新』岩波文庫より、 〜私の日記にも書いてあるように、日本の下層階級は支配されることを大いに好み、権能をもって臨む者には相手がだれであろうと容易に服従する。ことにその背後に武力がありそうに思われる場合は、それが著しいのである。 下巻140〜141頁 *天皇があることを知らなかった一般民衆に洗脳教育を実施し、天皇の為に死ぬことを強いた権力筋〜理不尽で有っても、これに従った日本国民の悩ましき心情心理を達人さんが解説されていたので、メモっておきます。 大切な事が書かれているので、全文を転載します。 貼り付け開始 6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3768 先輩後輩と自発的隷従投稿者:Legacy of Ashesの管理人 投稿日:2016年10月19日(水)21時28分55秒http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%90%E6%94y%8C%E3%94y&inside=1&x=0&y=0 ついでに......奥の院 http://1tamachan.blog31.fc2.com/blog-category-144.html http://kariyatetsu.com/blog/1665.php より 最近、目の覚めるような素晴らしい本に出会った。 「自発的隷従論」という。 エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ(Etienne de la Boetie)著、 (山上浩嗣訳 西谷修監修 ちくま学芸文庫 2013年刊)。 ラ・ボエシは1530年に生まれ、1563年に亡くなった。 ラ・ボエシは33歳になる前に亡くなったが、この、「自発的隷従論」(原題: Discours de la servitude volontaire)を書いたのは、18才の時だという。 あの有名な、モンテーニュは ラ・ボエシの親友であり、ラ・ボエシ著作集をまとめた。 今から、450年前に18才の青年に書かれたこの文章が今も多くの人の心を打つ。 この論が、「人が支配し、人が支配される仕組み」を原理的に解いたからである。 「自発的隷従論」はこの「ちくま学芸文庫」版ではわずか72頁しかない短い物だが、その内容は正に原理であって、その意味の深さは限りない。 それは、ニュートンの運動方程式 「力は、質量とそれに加えられた加速度の積である。F=am」は短いがその意味は深いのと同じだ。 ラ・ボエシの「自発的隷従論」の肝となる文章を、同書の中から幾つか挙げる。 読者諸姉諸兄のためではなく、私自身が理解しやすいように、平仮名で書かれている部分が、返って読みづらいので、その部分を漢字にしたり、語句を変更している物もある(文意に関わるような事は一切していない)。 同書訳文をその読みたい方のために、私の紹介した言葉が載っている、同書のページ数を記しておく。 本来は、きちんと同書を読んだ方が良いので、私はできるだけ多くの方に、同書を読んで頂きたいと思う。 私がこの頁で書いていることは、同書を多くの人達に知って頂くための呼び水である。 私は自分のこの頁が、同書を多くの人達にたいして紹介する役に立てれば嬉しいと思っている。 A「私は、これほど多くの人、村、町、そして国が、しばしばただ一人の圧制者を耐え忍ぶなどということがありうるのはどうしてなのか、それを理解したいのである。その圧制者の力は人々が自分からその圧制者に与えている力に他ならないのであり、その圧制者が人々を害することが出来るのは、みながそれを好んで耐え忍んでいるからに他ならない。その圧制者に反抗するよりも苦しめられることを望まないかぎり、その圧制者は人々にいかなる悪をなすこともできないだろう。(P011)」 B「これは一体どう言うことだろうか。これを何と呼ぶべきか。何たる不幸、何たる悪徳、いやむしろ、何たる不幸な悪徳か。無限の数の人々が、服従ではなく隷従するのを、統治されているのではなく圧制のもとに置かれているのを、目にするとは!(P013)」 C「仮に、二人が、三人が、あるいは四人が、一人を相手にして勝てなかったとして、それはおかしなことだが、まだ有りうることだろう。その場合は、気概が足りなかったからだと言うことができる。だが、百人が、千人が、一人の圧制者のなすがまま、じっと我慢しているような時、それは、彼らがその者の圧制に反抗する勇気がないのではなく、圧制に反抗することを望んでいないからだと言えまいか(P014)」 D「そもそも、自然によって、いかなる悪徳にも超えることのできない何らかの限界が定められている。二人の者が一人を恐れることはあろうし、十人集ってもそういうことがあるうる。だが、百万の人間、千の町の住民が、一人の人間から身を守らないような場合、それは臆病とは言えない。そんな極端な臆病など決してありえない。(P015)」 E「これは(支配者に人々が隷従していること)、どれほど異様な悪徳だろうか。臆病と呼ばれるにも値せず、それふさわしい卑しい名がみあたらない悪徳、自然がそんなものを作った覚えはないと言い、ことばが名づけるのを拒むような悪徳とは。(P015)」 F「そんなふうにあなた方を支配しているその敵には、目が二つ、腕は二本、体は一つしかない。数かぎりない町のなかで、もっとも弱々しい者が持つものと全く変わらない。その敵が持つ特権はと言えば、自分を滅ぼすことができるように、あなた方自身が彼に授けたものにほかならないのだ。あたがたを監視するに足る多くの目を、あなたが与えないかぎり、敵はどこから得ることができただろうか。あなた方を打ち据えるあまたの手を、あなた方から奪わねば、彼はどのようにして得たのか。あなた方が住む町を踏みにじる足が、あなた方のものでないとすれば、敵はどこから得たのだろうか。敵があなた方におよぼす権力は、あなた方による以外、いかにして手に入れられるというのか。あなた方が共謀せぬかぎり、いかにして敵は、あえてあなた方を打ちのめそうとするだろうか。あなた方が、自分からものを奪い去る盗人をかくまわなければ、自分を殺す者の共犯者とならなければ、自分自身を裏切る者とならなければ、敵はいったいなにができるというのか(P022)」 ここまでの、ラ・ボエシの言う事を要約すると、 「支配・被支配の関係は、支配者側からの一方的な物ではなく、支配される側が支配されることを望んでいて、支配者に、自分たちを支配する力を進んで与えているからだ」 と言う事になる。 「支配されたがっている」 とでも言い換えようか。 それが、ラ・ボエシの言う「自発的隷従」である。 支配される側からの支配者に対する共犯者的な協力、支配される側からの自分自身を裏切る協力がなければ、支配者は人々を支配できない。 このラ・ボエシの言葉は、日本の社会の状況をそのまま語っているように、私には思える。 ラ・ボエシの「自発的隷従論」は支配、被支配の関係を原理的に解き明かした物だから、支配、被支配の関係が成立している所には全て応用が利く。 「自発的隷従論」の中では、支配者を「一者」としているが、ラ・ボエシが説いているのは支配、被支配の原理であって、支配者が一人であろうと、複数であろうと、御神輿を担ぐ集団であろうと、他の国を支配しようとする一つの国であろうと、「支配する者」と「支配される者」との関係は同じである。そこには、ラ・ボエシの言う「自発的隷従」が常に存在する。 日本の社会はこの「自発的隷従」で埋め尽くされている。 というより、日本の社会は「自発的隷従」で組立てられている。 日本人の殆どはこの「自発的隷従」を他人事と思っているのではないか。 他人事とは飛んでもない。自分のことなのだ。 大半の日本人がもはや自分でそうと気づかぬくらいに「自発的隷従」の鎖につながれているのだ。 読者諸姉諸兄よ、あなた方は、私の言葉に怒りを発するだろうか。 火に油を注ぐつもりはないが、怒りを発するとしたら、それはあなた方に自分自身の真の姿を見つめる勇気がないからだ、と敢えて私は申し上げる。 上に上げた、ラ・ボエシの言葉を、自分の社会的なあり方と引き比べて、読んで頂きたい。 まず日本の社会に独特な「上下関係」について考えてみよう。 大学の運動部・体育会を表わす表現に「4年神様、3年貴族、2年平民、1年奴隷」というものがある。 1年生は、道具の手入れ、部室、合宿所掃除、先輩たちの運動着の洗濯、など上級生・先輩たちの奴隷のように働かされる。 2年生になると、やはり上級生たちに仕えなければならないが、辛い労働は1年生にさせることが出来る。 3年生になると、最早労働はしない。4年生のご機嫌だけ取って、あとは2年生、1年生に威張っていればよい。 4年生になると、1年生は奴隷労働で尽くさせる、2年生は必要なときに適当に使える。3年生は自分たちにへつらい、こびを売るから可愛がってやり、ときに下級生がたるんでいるから締めろと命令して、3年生が2年生、2年生が1年生をしごくのを見て楽しむ。 これは、有名私立大学の体育会に属する学生、体育会のOB何人もから聞いた話だから確かである。 こんな運動部に絶えず新入生が加入する。 彼らは人伝えに、上下関係の厳しさを知っていて、新入りの1年生がどんな目に遭うか知っていて、それでも体育会・運動部に入ってくる。 そして、入部早々新入生歓迎会という乱暴なしごきを受ける。 毎年春になると、上級生に強要されて無茶苦茶な量の酒を飲まされて急性アルコール中毒で死ぬ学生の話が報道される。 そのしごきが厭になって止める学生もいる。 だが、運動部が廃部になることは滅多にない。 入部する新入生が減ったとか、いなくなったとか言う話も滅多に聞かない。 OBや上級生は「我が部、何十年の伝統」などと、自慢する。 この場合の自慢は、自己満足の表明である。 下級生は何故上級生の支配を日常的に受けて我慢しているのか。 そう尋ねると、例えば、野球なら野球をしたいから部に入っている。部を止めたら野球ができなくなる。だから、上級生のしごきも我慢しなければならない、と答えるだろう。 本当だろうか。しごきがなければ、野球部は出来ない物だろうか。 野球の発祥の地アメリカの大学や高校の野球チームで、日本のように上級生の下級生にたいするしごきがあったら、しごいた上級生は直ちにチームから追放されるだろう。 何故、野球をしたいがために殴られたり、無意味どころでは無く、腰に非常に有害ななウサギ跳びなどをされられるのを甘んじて受け入れるのか。 運動部のOBは卒業してからも、現役の学生の選手たちに威張っている。また、そのOBの中でも卒業年次ごとに上下関係がある。 一旦運動部に入ると、死ぬまでその上下関係に縛られる。 彼らは、支配被支配の関係が好きなのだ。支配される事が好きだから、「仕方がない」などと言って、先輩の暴力を耐えるのである。 いつも支配されつづけていると、例えば日本の野球部の新入生は上級生からの暴力が絶えたら、自分でどう動いて良いか分からなくなるのではないか。 何故、運動部・体育会について、長々と書いたかというと、この、運動部・体育会の奇怪で残忍な組織は、日本の社会だから存在する物であり、日本の社会の構造そのものを、そこに作り出していて、日本社会のひな形だと思うからだ。 日本の運動部・体育会は後輩の先輩たちに対する自発的隷従によって成立している。日本の社会がまさにそうである。 日本の会社、官僚の世界も同じである。 日本の会社に一旦入るとその日から先輩社員に従わなければならない。 それが、仕事の上だけでなく、会社の外に出ても同じである。 居酒屋や焼き肉屋で、どこかの会社の集団なのだろう、先輩社員はふんぞり返って、乱暴な口をきき、後輩社員はさながら従者のように先輩社員の顔色をうかがう、などと言う光景は私自身何度も見てきた。 「会社の外に出てまでか」と私はその様な光景を見る度に、食事がまずくなる思いをした。 高級官僚(国家公務員上級試験に合格して官僚になった人間。国家公務員上級試験に合格しないと、官僚の世界では、出世できないことになっている)の世界はまたこれが、奇々怪々で、入庁年次で先輩後輩の関係は死ぬまで続く。 その年次による上下関係を保つ為なのだろう、財務省などでは同期入庁の誰かが、官僚機構の頂上である「次官」に就任すると、同期入庁の者達は一斉に役所を辞めて、関係会社・法人に天下りする。 さらに、恐ろしいことだが、先輩が決めた法律を改正することは、先輩を否定することになるので出来ないという。 なにが正しいかを決めるのは、真実ではなく、先輩後輩の上下関係である。 だから、日本では、どんなに現状に合わないおかしな法律でも改正するのは難しい。 会社員の世界も、官僚の世界も、先輩に隷従しなければ生きて行けない。 自ら会社員、官僚になる道を選んだ人間は自発的に隷従するのである。 日本の選挙は、民主主義的な物ではない。 企業、宗教団体、地方のボス、などが支配している。 例えば、企業によっては、係長や課長位の地位になると、上の方から「党費は会社が持つから自民党に入党してくれ」と言ってくることがある。 日本の会社社会では上司の言う事に叛くのは難しい。 特に、中間管理職程度に上がってしまうと、これから先の出世の事を考えざるを得なくなるから、なおのこと上からの命令に逆らえない。 言われた人間は、自民党に入党して、自分の家族の中で選挙権を持っている人間の名前も届ける。 選挙となると、自民党の候補の名前を知らされる。 自民党候補に家族も一緒に投票しろ、と言うわけである。 投票場では投票の秘密が守られているから、実際に投票する際に自民党以外の候補の名前を書いても良いのだが、日本の会社員にはそれが仲々出来ない。 態度からばれるのではないか、何か仕組みがあって他の候補者に投票したことは必ず掴まれるのではないか、と不安になる。 心配するくらいなら、決められたとおり投票しようと言うことになる。 地方に行くと、各地方ごとにボスがいる。 県会議員、市会議員、町会議員、がそれぞれその上の国会議員の派閥ごとに系列化されている。 中で、町会議員は一番小さな選挙区で活動している。 昔からその地域に住み着き、地域の住民に影響力のある人物である。 言わば、その地域のボス的存在である。 そう言う人は地域住民と日常的に接触し、住民一人一人の樣子も掴んでいる。 狭い生活範囲でお互いに顔見知りで、みんなの意向に反することをするのは良くないことだ。この地域の空気を乱すようなことをできない。みんなの空気に従おうと言う事になるのが、この日本の実情だ。 その空気は首相、大臣、国家議員、県会議員、市会議員、町会議員と順繰りに上から下に降りてきて、地域の住民を包み込む。 国会議員の選挙の場合にも、その町内のボスが自分の派閥の候補者の名前を公言する、あるいは直接、間接的にその候補者に投票するように地域の住民に伝える。 特に、地方の場合、地域のボスの力が強いから、投票場でもボスの目が光っている。投票場は秘密が守られているはずだから、ボスの指定した候補者以外の人間に投票しても良いのだが、地方では確実にそれがばれるという。 民主主義の世界で、国民にとって唯一自分の政治的要求を追求することの出来る選挙権さえ、日本では、地域のボス=権力者=支配者に、与えてしまう。自発的に隷従するのである。 もっとも、選挙に行かない人達も多い。政治に嫌気が差して政治に無関心になるのか(アパシーにおちいる)、投票したい候補者が見つからないこともある。 そして、選挙に行かない人が多いほど、ボスによる選挙支配が上手く行き保守党が勝利することになる。 かつて自民党の党首が、なるべく選挙に来ないでもらいたい、と言った。投票率が低いほど、ボスによる選挙支配が上手く行くのだ。 一体どうしてこう言うことになるのか。 ラ・ボエシは言う。 G「人々はしばしば、欺かれて自由を失うことがある。しかも、他人によりも、自分人にだまされる場合が多いのだ。(P034)」 H「信じられないことに、民衆は、隷従するやいなや、自由を余りにも突然に、あまりにも甚だしく忘却してしまうので、もはや再び目覚めてそれを取り戻すことができなくなってしまう。なにしろ、あたかも自由であるかのように、あまりにも自発的に隷従するので、見たところ彼らは、自由を失ったのではなく、隷従状態を勝ち得たのだ、とさえ言いたくなるほどである。(P034)」 I「確かに、人は先ず最初に、力によって強制されたり、打ち負かされたりして隷従する。だが、後に現れる人々は、悔いもなく隷従するし、先人たちが強制されてなしたことを、進んで行うようになる。そう言うわけで、軛(くびき)のもとに生まれ、隷従状態の元で発育し成長する者達は、もはや前を見ることもなく、生まれたままの状態で満足し、自分が見いだした物以外の善や権利を所有しようなどとは全く考えず、生まれた状態を自分にとって自然な物と考えるのである。(P035)」 J「よって、次のように言おう。人間に於いては、教育と習慣によって身に付くあらゆる事柄が自然と化すのであって、生来のものと言えば、元のままの本性が命じる僅かなことしかないのだ、と。(P043)」 K「したがって、自発的隷従の第一の原因は、習慣である。 だからこそ、どれほど手に負えないじゃじゃ馬も。始めは轡(くつわ)を噛んでいても、そのうちその轡を楽しむようになる。少し前までは鞍を乗せられたら暴れていたのに、今や馬具で身をかざり、鎧をかぶって大層得意げで、偉そうにしているのだ。(雁屋註:西洋の騎士が乗る馬の姿のことであろう)(044)」 L「先の人々(生まれながらにして首に軛を付けられている人々)は、自分たちはずっと隷従してきたし、父祖たちもまたその様に生きて来たという。彼らは、自分たちが悪を辛抱するように定められていると考えており、これまでの例によってその様に信じ込まされている。こうして彼らは、自らの手で、長い時間をかけて、自分たちに暴虐を働く者の支配を基礎づけているのである。(P044) これを読んで、思うことは、1945年の敗戦まで、日本人を支配していた天皇制である。 明治維新の頃の日本人は、福沢諭吉の言葉を借りると、 「我が国の人民は数百年の間、天子があるのを知らず、ただこれを口伝えで知っていただけである。維新の一挙で政治の体裁は数百年前の昔に復したといっても、皇室と人民の間に深い交情(相手に対する親しみの情)がある訳ではない。その天皇と人民の関係は政治上のものだけであり、(中略)新たに皇室を慕う至情をつくり、人民を真の赤子(せきし)のようにしようとしても、今の世の人心と文明が進んだ有り様では非常に難しいことで、殆ど不可能である。(『文明論の概略 第十章』福沢諭吉全集第四巻 一八八頁)」 実際に明治政府は、各県に「人民告諭」を出して、日本には天皇がいると言うことを、人々に教えなければならなかった。 例えば、奥羽人民告諭には 「天子様は、天照皇大神宮様の御子孫様にて、此世の始より日本の主にましまして・・・・・」 などと言っている。 この人民告諭は、天皇のことを一番知っているはずのお膝元の京都でも出された。 今の私達に比べて、当時の日本人は天皇に対する知識がゼロだったのである。 当然天皇を崇拝し、従うなどと言う意識は全くなかった。 象徴天皇制の現在でも、多くの人が天皇を崇拝しているが、明治の始めに、一般民衆が天皇を崇拝するなど、考えられなかった。 一体どうしてこんな違いが生まれたか。 1889年に明治政府が、「大日本帝国憲法」を決めて 「第1条大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス 第3条天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」 と天皇を絶対権力者とし、 1890年に教育勅語によって、 「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ 我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス(中略) 一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」 と命令されると、明治維新前に生まれ育ち、徳川幕府の権力の下に生きていた人達もラ・ボエシの言葉「G」、「H」の言う通りに、天皇の権力の支配を喜んで受け、その子供たち、孫たち、1945年の敗戦以前に生まれた人間は、ラ・ボエシの言葉、「I」、「J」、「K」の言うとおり、習慣として天皇制の軛につながれていたのである。 軍国時代になると、人々は天皇(と天皇を担ぐ政府)に自発的隷従をして、抵抗もせず勇んで兵士となり、死んで行ったのだ。 当時の新聞や雑誌、出版物を読むと寒々として、しまいに恐ろしくなる。 天皇に忠誠を誓う奴隷、自発的隷従者の言葉で満ちあふれているからである。 昭和天皇は敗戦後、戦犯として訴追されることを免れた。天皇服を着て白馬に乗って軍隊を閲兵した大元帥で、日本全軍を率いて敗戦前は具体的に戦争の指示まで出していたのに、突然白衣を着て顕微鏡をのぞく実直な科学者に変身し、実は平和を愛する人間だったいうあっけにとられるようなジョークがまかり通り、人間天皇、象徴天皇として、存在し続けたために、人々が天皇に自発的隷従をする習慣は簡単に消え去らなかった。 自民党の国会議員が「教育勅語を学校で教えるべきだ」などと言ったり、山本太郎議員が、園遊会で天皇に手紙を渡したことを、不敬だなどと騒ぐのも、その習慣がいまだに伝わっているからだろう。 日本の天皇制は、自発的隷従の典型である。 そして、天皇に自発的に隷従する習慣は、いまだに日本人の心理の底流に流れていて、その隷従の習慣を誇りに思う人が少なくないのである。 昭和天皇が亡くなったときの騒ぎは忘れられない。 繁華街の火は消え、祝い事はとりやめ、何事も「自粛、自粛」の言葉に押え付けられた。 テレビのバラエティー番組に、有名なテレビタレントが、なにを勘違いしたのか喪服を着て現れたのを見て私は心底驚いた。 あの時の日本社会を表現するなら、日本人の心理に植え付けられていたがとっくに黄泉の世界に送り込まれていたはずの「自発的隷従」の「習慣」が昭和天皇の死をきっかけに一気に黄泉の世界からこの地上に湧き出した、と言う事になるだろう。 私は天皇制から自由にならない限り、日本は、韓国、中国、台湾を始め、マレーシア、シンガポール、香港、などの東南アジアの国々と真の友好を結ぶことができないとおもう。 戦争責任の話になると、誰が命令したのかというと軍の責任になり、では軍の最高責任者は誰かというと天皇になる。 日本人は、天皇の責任を問うことは出来ない、と言うから、けっきょく末端の戦争責任も問えないことになる。 謝罪するとなると、天皇にまでその謝罪行為が及ぶ。だから、それがいやさに日本は、韓国や中国に謝罪できず、強弁してますます韓国や中国との関係を悪くする一方である。 もっとも現行憲法下天皇に政治的行為は出来ないから、日本の政治の最高責任者である総理大臣が、昭和天皇の分もきちんと謝罪をするべきである。 きちんとした謝罪をしない限り、韓国、中国との、全く不毛な争いはやまないだろう。責任は、百パーセント、日本にある。 日本の権力者たちは誰なのかはっきりしない。 アメリカなら、軍産複合体の指導者達、金融界の大物たち、宗教界の大物たちで有るとはっきり分かるが、日本の場合、我々一般の人間にははっきりしないから困る。 安倍首相は、その権力者たちの意に従って動いているだけだろう。 日本の、自発的隷従は根が深いのである。 では、この自発的隷従から自由になるためにはどうすれば良いか。 ラ・ボエシは書いている。 M「圧制者には、立ち向かう必要なく、打ち負かす必要もない。国民が隷従に合意しない限り、その者は自ら破滅するのだ。何かを奪う必要など無い。ただ何も与えなければよい。国民が自分たちのために何かをなすという手間も不要だ。ただ、自分のためにならないことをしないだけでよいのである。民衆自身が、抑圧されるがままになっているどころか、敢えて自らを抑圧させているのである。彼らは隷従を止めるだけで解放されるはずだ。(P018)」 N「それにしても、なんと言うことか、自由を得るためにはただそれを欲しさえすればよいのに、その意志があるだけでよいのに、世の中には、それでもなお高くつきすぎると考える国民が存在するとは。(P019)」 そうなのだ。 問題は次の二つだ。 「自分たちが隷従していることをしっかり自覚するか」 「自覚したとして、隷従を拒否する勇気を持てるか」 この二つにきちんと対処しなければ、日本はますます「自発的隷従」がはびこる、生き辛い国になるだろう。 ただ、ラ・ボエシの次の言葉は厳しい。 O「人間が自発的に隷従する理由の第一は、生まれつき隷従していて、しかも隷従するようにしつけられているからと言うことである。そして、この事からまた別の理由が導き出される。それは、圧制者の元で人々は臆病になりやすく、女々しくなりやすいと言うことだ(雁屋註:「臆病であることを女々しいと言うのは女性蔑視に繋がるが、ラ・ボエシの生きていた17世紀初頭という時代の制約を理解いただきたい」(P048)) P「自由が失われると、勇猛さも同時に失われるのはたしかなことだ。彼らは、まるで鎖につながれたように、全く無気力に、いやいや危険に向かうだけで、胸の内に自由への熱意が燃えたぎるのを感じることなど絶えてない。(P049)」 Q「そしてこの自由への熱意こそが、危険などものともせずに、仲間に看取られて立派に死ぬことで、名誉と栄光とを購い(あがない)たいとの願いを生じさせるのである。自由な者達は、誰もがみなに共通の善のために、そしてまた自分のために、互いに切磋琢磨し、しのぎを削る。そうして、みなで敗北の不幸や勝利の幸福を分かち持とうと願うのだ。ところが、隷従する者達は、戦う勇気のみならず、他のあらゆる事柄においても活力を喪失し、心は卑屈で無気力になってしまっているので、偉業を成し遂げることなどさらさら出来ない。圧制者共は事のことをよく知っており、自分のしもべたちがこのような習性を身につけているのを目にするや、彼らをますます惰弱にするための助力を惜しまないのである。(P49)」 確かに、隷従を拒否することは勇気がいる。 その日、その日の細かいこと一々について隷従がついて回るのが日本の社会だから、それを一々拒否するのは、辛い。時に面倒くさくなる。 だが、本気で隷従を拒否したいのなら、日常の細かい何気ないところに潜んでいる隷従をえぐり出さなければ駄目なのだ。 だが、そうするとどうなるか。 周りの隷従している人達に、まず攻撃されるのだ。 偏屈だと言われる、へそ曲がりだと言われる、自分勝手だと言われる、他の人が我慢しているのにどうしてあなただけ我慢できないのと言われる、変わり者だと言われる、ひねくれていると言われる、政治的に偏向していると言われる、あなたには出来るかも知れないが他の人は出来ないんだよ、自分だけがいい気になるな。 隷従を拒否しようとすると、まず隷従している人間から攻撃を受けるのだ。 (上に上げた言葉は、私が実際に色々な機会に言われた言葉である) 他方、隷従を要求している側から見れば、排除するか、痛めつけるか、どちらかを選択するだろう。 隷従を続けて生きて行くか、自由を求めるか、それは個人の意志の問題だ。 自由への熱意を失ってしまった人間にとっては、隷従が安楽なのだろうことは、今の日本の社会を見れば良く分かる。 最後に、ラ・ボエシの書いた美しい文章を、引き写す。じっくりと読んで頂きたい。 R「この自然という良母は、我々みなに地上を住みかとして与え、言わば同じ家に住まわせたのだし、みなの姿を同じ形に基づいて作ることで、いわば、一人一人が互いの姿を映し出し、相手の中に自分を認めることが出来るようにしてくれた。みなに声と言葉という大きな贈り物を授けることで、互いにもっとふれあい、兄弟のように親しみ合う様にし、自分の考えを互いに言明し合うことを通じて、意志が通い合うようにしてくれた。どうにかして、我々の協力と交流の結び目を強く締め付けようとしてくれた。我々が個々別々の存在であるよりも、みなで一つの存在であって欲しいという希望を、何かにつけて示してくれた、これらのことから、我々が自然の状態に於いて自由であることは疑えない。我々はみな仲間なのだから。そしてまた、みなを仲間とした自然が、誰かを隷従の地位に定めたなどと言う考えが、誰の頭の中にも生じてはならないのである(P027)」 最後に、この素晴らしい本を翻訳して下さった、山上浩嗣さんに心からお礼申し上げます。 16世紀初めのフランス語は大変に難しいようで、 それを苦労して翻訳して下さったご努力に敬意を表します。この本は、今の日本人に絶対必要な物だと思います。 著者について エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ 1530‐63年。フランスの小都サルラ生まれ。オルレアン大学で法学とともに人文学への造詣を深める。54年にボルドー高等法院に評定官として着任、のちに同僚となるモンテーニュと友情を結ぶ。相次ぐ宗教争乱に対して事態収拾に奔走したが、63年病に倒れモンテーニュに看取られながら死去。『自発的隷従論』は16歳か18歳のときに書き上げたとされる。 西谷 修 東京外国語大学教授。著書に『世界史の臨界』『不死のワンダーランド』『戦争論』『理性の探究』などが、訳書にブランショ『明かしえぬ共同体』、レヴィナス『実存から実存者へ』などがある。 山上浩嗣 大阪大学准教授。著書Pascal et la vie terrestre(『パスカルと地上の生』)などが、訳書に『ブローデル歴史集成』I~III(共訳)などがある。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) ド・ラ・ボエシ,エティエンヌ 1530‐63年。フランスの小都サルラ生まれ。早くにオルレアン大学に進学、法学とともに人文学への造詣を深める。54年にボルドー高等法院に評定官として着任、のちに同僚となるモンテーニュと友情を結ぶ。相次ぐ宗教争乱に対して、宮廷の宥和政策を支持して事態収拾に奔走したが、63年病に倒れモンテーニュに看取られながら世を去った 西谷/修 1950年愛知県生まれ。東京外国語大学教授 山上/浩嗣 1966年大阪府生まれ。大阪大学准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) おまけ〜次の記事は国連について 皆さんが考えている国連とはだいぶ違います。 http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51995269.html 上記ブログで国連を含む記事 http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/search?q=%E5%9B%BD%E9%80%A3 おまけ〜消費税不正還付で大阪地検が http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161019-00000155-jij-soci トヨタやソニーなどは実際に輸出をして莫大な還付金を受けていますがそのカラクリは? http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3186 つまりトヨタなんかは消費税の還付がないと赤字なのです。下請けに消費税を払わないで還付金を受けることは詐欺なのです。官民一体の....。 フィンランドのベーシックインカム http://blogs.yahoo.co.jp/horisusumu8/40256288.html 貼り付け終わり。 *パチパチ〜大拍手です(^^♪ ・目から鱗がポロリとしました。ありがとうございましたm(_ _)m この自発的隷従から自由になるためにはどうすれば良いか。 ラ・ボエシは書いている。 M「圧制者には、立ち向かう必要なく、打ち負かす必要もない。国民が隷従に合意しない限り、その者は自ら破滅するのだ。何かを奪う必要など無い。ただ何も与えなければよい。国民が自分たちのために何かをなすという手間も不要だ。ただ、自分のためにならないことをしないだけでよいのである。民衆自身が、抑圧されるがままになっているどころか、敢えて自らを抑圧させているのである。彼らは隷従を止めるだけで解放されるはずだ。(P018)」 <転載終了> コメント一覧
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山口県田布施町の怪 〜日本国家の真相〜 (心に青雲)
《1》
鬼塚英昭氏の新著『日本のいちばん醜い日』(成甲書房)を読むと、日本国家の真相は、明治維新で長州藩田布施一味に国家を乗っ取られたということであることが解る。 長州藩の田布施一味とは、山口県熊毛郡出身の政治家らのことである。熊毛郡の田布施町を中心にしている。ここは光市と柳井市に挟まれた寒村だった。大室寅之祐=明治天皇、伊藤博文、木戸幸一、宮本顕治、河上肇、難波八助、松岡洋右、安倍源基(終戦時の内務大臣)、賀屋興宣などである。むろん、岸信介、佐藤栄作、安倍晋三は、この田布施一味の末裔である。 小泉前首相の父・純也は、鹿児島の田布施(現在は加世田市金峰町)出身の朝鮮人である。鹿児島の田布施も山口県の田布施と同じ、朝鮮人部落である。小泉純也は上京して小泉又次郎というヤクザ(刺青大臣と言われた)の婿養子となって「小泉姓」を名乗り、日本国籍を取得したのだ。小泉の次に安倍政権、そのいずれもが朝鮮人部落だった田布施の出身であることが偶然であるわけがない。 ユダヤ国際金融権力は、こういう人間を使って、日本乗っ取りを支援しながら、連中の弱みを握って、思い通りに支配してきたのだ。ユダヤは徹底的に日本の事情=弱点を探って研究しつくしている。例えばとして、鬼塚氏は幕末に英国公使パークスは、外交官アーネスト・サトウを使って日本の被差別部落を調査させている。 『日本のいちばん醜い日』に益田勝実氏の文章が引用されている。
「天皇様をお作り申したのはわれわれだとは、明治以前に生まれた長州の老人たちによく聞かされことだったが、近代天皇制以前には、京都に天皇家はあったが、天皇の国家はなかった。尊皇派が考えていた天皇の国家の考えは思想として獲得されたもので、現実に京都にいる天皇という実在の人物に合わせて作られたものではなかった。かれらが求めている天皇と現実の天皇と、いくらか融和出来るうちはよいとして、その矛盾が激化すると、……激化すると、天皇を取り換えてしまうほかなくなる。 わが家に空襲で焼けるまであった孝明天皇使用の皿は、おそらくまだ長州と天皇の間がうまくいっていた、蜜月時代にもたらされたものだろう。奇兵隊挙兵の翌年、1866年(慶応2)の暮れには、孝明天皇は謀殺されてしまった。もちろん、仕組んだのは江戸幕府ではない。志士側で、天皇が倒幕の障害になりはじめたからである。今日では、このことはもう公々然の秘密となっている。(益田勝実『天皇史の一面』より)」 益田勝実は長州の国家老一族である。だから田布施の住民を虐げた側というか、支配した(あるいは敵対した)側である。その子孫である益田勝実が、「てんのうはん」、つまり、山口県熊毛郡田布施町麻郷(おごう)に生まれ、孝明天皇の長子睦仁の替え玉となり、明治天皇となった真相を突いたのだ。 『日本のいちばん醜い日』では、「大室寅之助は田布施の生まれ、……伊藤博文(林家が伊藤家の本家)と「虎ノ門事件」を起こした難波八助は一族である。また宮本顕治(日本共産党)も一族。そして、木戸幸一も系図に入ってくる。京都大学教授でマルクス主義を木戸幸一、近衛文麿に教えた河上肇も一族である。そして、大室寅之助の生家の近くに岸信介一族の生家もある。この地から代議士の国光五郎、難波作之助が出ている。また、元外相松岡洋右も岸信介の一族である。あの終戦内閣の最後内務大臣安倍源基も大室寅之助の生家の近くである。
……大室寅之助が南朝の末裔であるという説があるが、確たる証拠は私の調べた限りではなに一つない。むしろ、北朝鮮系の被差別部落民ではないのか、と思っている。」(「日本のいちばん醜い日」より) 明治維新から日本の国家中枢に君臨する一族には、このような真相があるのである。 鬼塚氏も書いているが、瀬戸内海の沿岸や島々には被差別部落が多い。そこからアメリカや中南米に移民として行かされた人も多い。「家船漁民」といって、船上で暮らす人々も瀬戸内地方には多かった。いずれも彼らはマレーシア方面から漂着した平家系の民であろう。
源平の戦いがあった平安末期、貴族となって権勢を誇った平清盛一族は、(八切止夫によれば)マレーシア方面から比較的新しく紀伊半島に“鉄器を持って” 漂着した部族であった。その彼ら貴族化した平家を、それ以前に土着していた北条氏らの平家一族が源氏(頼朝や義経)という馬を扱える部族を使って日本国内から放逐したのがあの源平の戦いである。だから清盛一族側の貴族化した平家は、海洋民族だったから騎馬戦は得意ではなく、義経に追われると瀬戸内海を下関(壇ノ浦)まで逃げた。当然瀬戸内海には海洋民族である土着の平家系のいわば海賊もいたのだが、彼らは北条側の平家に就いて義経に協力したため、貴族化した平家らは撤退せざるを得なかった。だから源平の戦いとは、本質的に“新来の平家”と“旧来土着の平家”との内ゲバであった。 それで勝った側の北条平家は、源氏系統=北朝鮮系を皆殺しにし、生き残った源氏系部族人間は別所などと言われる被差別部落に追い込んだ。おそらく瀬戸内一帯に土着していた源氏系の部族も別所などの被差別部落に押し込めて、まともな活動ができぬように圧迫したと思われる。その一つが山口県の熊毛郡なのであろうし、遠く鹿児島にも同様の田布施として源氏系部落を作ったのではないか。田布施という所は「正直いって、住むのに悪条件だらけの土地であった」と鬼塚氏は書いている。あるいは「やたらと寺の多さに気づく」とも書いている。権力者が寺院を使って被差別部落を抑えつけたのだろうし、本来は白山信仰を持ち仏教には転向しない源氏系(北朝鮮系)を強引に仏教徒にしようとした痕が、田布施の寺の群れなのだろう。
鬼塚氏は、田布施出身の大室寅之祐の家が漁業を営んでいないことを指摘している。ということは大室家が平家ではないことを意味している。平家系の庶民の職業は、漁民か百姓と決まっていたからだ。鬼塚氏は大室寅之祐が北朝鮮系の被差別部落民ではないかと言っている。「週刊朝日」06年10月6日号に掲載された「家政婦は見た〜安倍晋三研究」で、安倍家の家政婦の証言として、安倍晋三の父・晋太郎は、日頃から「自分は朝鮮だ」が口癖で、亡くなったときの遺骨を見ても韓国系の体型だったと言っている。 《2》
現在の天皇家としては明治天皇=大室寅之祐の血筋は途切れたものの、田布施(または熊毛郡)出身の一族郎党が国の権力を握っていることに変わりはないようだ。安倍晋三が首相を辞めない(辞められない?)その傲慢さも、彼が明治以降に日本を牛耳ってきた権力を受け継いでいるからだろう。それに安倍晋三は統一教会と縁が深いのだからまさに朝鮮半島勢力である。明治天皇とその取り巻きが、なにせ田布施出身の朝鮮人系統なのだから、現実の政治はその流れに沿うのである。 終戦時(と開戦時)に外相だった東郷茂徳は、鹿児島の朝鮮人部落出身である。本名は朴茂徳である。鹿児島ではあるが、田布施と同じ出自なのだ。だから昭和天皇は終戦の大事な時期に、東郷茂徳を起用した。東郷に外交ルートを使った終戦工作、すなわち天皇の身の保全と、天皇家の蓄財の隠蔽を命じたのである。東郷はA級戦犯となり、服役中に病没しているが、おそらく真相を知る人間だから消されたのであろう。 先に紹介したが、終戦時の安倍源基内務大臣は熊毛郡の出身で、安倍晋太郎・晋三との結びつきは不明らしい(家紋は同じ)が、大室家とは親族だという。安倍源基は周知のように、戦前、警察権力を一手に握った男で警視総監をやり、特高警察で君臨した。言ってみればゲシュタポかKGBの親分のようなものだ。権力者にとっては重要なポジションである。これもまた朝鮮人系が握っていたのだ。 さらに。鬼塚氏が指摘しているのは、終戦時の内閣では大分県出身者が多いという。阿南惟幾陸相(竹田市出身)、梅津美治郎陸軍参謀長(中津市出身)、豊田副武海軍軍令部長(杵築市出身)、また重光葵(東久邇宮内閣外相)は国東半島出身。大分県は瀬戸内海で田布施とつながっている。この辺りは、先の家船漁民の活動範囲であって、その交流のなかで婚姻関係が結ばれていたはずなのである。つまり昭和天皇は同じ朝鮮人関係者で、敗戦処理を行なったのであった。 こうして見てくると、どうして明治権力が朝鮮半島に侵出したか、しかも朝鮮半島をいわゆる植民地化せずに“内地化”して、インフラ整備を徹底的に施し、 “内鮮一致”を押し進めたかがわかる。つまり日本が稼いだ富を祖国・朝鮮半島にせっせと注入したのだ。また日本国内に在日朝鮮人を大量に残し、厚遇してきたかもわかる。権力者どもにとっては同族だからだ。わざと(ユダヤの指示で)日本国内に火種を残したとも言えるだろう。北による拉致だってわかったものではない。総連や北の工作員だけでなく、こうした闇のルートが拉致に介在した可能性もあるし、現在も小泉や安倍という朝鮮系の人間が首相をやっているのだから、闇は深まるばかりだ。 こうして見てくると、話はやや飛ぶが、「アカシックレコード」の佐々木敏氏や、「国際情勢の分析と予測」サイトが指摘する、日本と北朝鮮は本当はかなり親しい関係にあって、ケンカしているように見せているのは表面的なことではないか、との予測は当たっているのかもしれない。冗談に聞こえるのだが、北の金日成や金正日は、「日」の字があって、親日の意味がこもっているのだとの説もあながち荒唐無稽な話ではないのかもしれない。つまり、われわれは「日」といえば日本の「日」だと固く思いこんでいるが、そうではなく、もうちょっと東アジア一帯という視点を持つと、北朝鮮系とそれに呼応する日本の源氏系(?)との連携(=同族)を意味する言葉が「日」なのかもしれない。 「アカシックレコード」の佐々木敏氏はしきりに中朝戦争の危機を指摘している。安倍政権は中朝戦争に反対していると言われ、だから何がなんでも政権を維持して、祖国(?)北朝鮮が戦争に巻き込まれないように、あるいは中朝戦争によって東アジアの朝鮮族連合が破綻しないように、必死なのかもしれない。安倍政権が転覆すれば中朝戦争が必至とも予測されるなか、韓国系やら北系やらの思惑が交錯しているのが現況なのか。今度の朝鮮南北首脳会談もそれを受けてのこととも考えられる。 《3》
さらに鬼塚氏は興味深いことを書いている。明治天皇の生母とされる中山慶子(つまり孝明天皇の種をもらった女性)の墓が東京・文京区の豊島ケ岡墓所にある。ところがこの明治天皇の生母の墓を、明治天皇を始め皇族まで誰も参拝に行っていないのだという。現在の中山家当主は、鬼塚氏の問い合わせに「生母に関しては箝口令がしかれていて、一切答えられない」と言ったそうだ。 これはつまり、明治帝がやはり孝明天皇と中山慶子の子ではないことの証明である。生前に明治天皇は生母に会ってさえいない。「この人間関係の冷たさがーーたとえ生母でなくても会えばいいではないかーー日本の暗黒をより深くし、日本を太平洋戦争へと突き進ませたと思えてならなかった」と鬼塚氏は書いた。そのとおりである。昭和天皇も今上天皇もその他皇族も、孝明天皇の子孫と思うのなら、中山慶子の墓を粗末にするはずがないのだ。 先に「現在の天皇家は、明治の大室寅之祐の血筋は途切れた」と書いたが、大正天皇はどうやら大室寅之祐の子らしいが、昭和天皇は大正天皇の子ではないからである。西園寺八郎と貞明皇后のあいだの子とされる。その事情を『日本のいちばん醜い日』で詳述している。西園寺八郎は毛利家から公家の西園寺公望(元老でありフリーメースン)の養子になった人物で、宮中深く浸透した。大正天皇とは学習院で同級生だった。その息子公一(きんかず)は、コミュニストでゾルゲ事件に連座したが、親(八郎)のよしみで釈放されている。 明治天皇も伊藤博文も、大正天皇に子どもができないことを知っていたので、西園寺八郎を貞明皇后に近づけたとされる。それを鬼塚氏は詳細に検証していく。そして、大正天皇の子4人(昭和天皇、秩父宮、高松宮、三笠宮)はいずれも父親は別とされる。みんな顔が似ていない。(浩宮と秋篠宮もまったく似ていないが…) 鬼塚氏は、秩父宮が2・26事件の策を練り、終戦時の8・15宮城事件は三笠宮が策を練ったのだと断言している。どちらのクーデターもヤラセだった。 貞明皇后(節子*さだこ)はしきりに世継ぎに介入したとされる。秩父宮を溺愛し、裕仁より秩父宮を天皇にしようと暗躍した。貞明皇后は長州が嫌いだったので、薩摩系の良子を昭和天皇の嫁にしようとして「宮中某重大事件」を起こしている。 貞明皇后は五摂家のひとつ九条家から嫁したとされるがウソで、武蔵野のある大農家の娘だったという説と、彼女の本名は朱貞明だという説がある。中国か朝鮮であろう。朱貞明は、明治政府が徳川幕府から接収した皇居(千代田城)を、高級遊郭にしたのだが、そこに召し出された女性だという。千代田城は「千代田遊郭」と呼ばれ、伊藤博文や大室寅之祐らが、維新で職を失った旗本の娘から美女を選んで囲ったもので、天皇と重臣の遊び場だった。朱貞明が長州の侍に騙されたかして千代田遊郭に入れられ、後に大正天皇の嫁にさせられたとするなら、長州嫌いになったわけもわかる。 貞明皇后は秩父宮の妃を迎えるにあたっては、わざわざ朝敵とされた会津藩松平家から勢津子を選んで、長州への面当てをやった。(ちなみに勢津子のかかりつけの美容師が吉行あぐりである)この会津から皇室への婚姻で、会津の人は喜んだというが…。 今上天皇が堂々、天皇家の祖先は朝鮮から来たんだと記者会見で言って、驚かされたが、つまり今上天皇は、祖母の貞明皇后が朝鮮系であることを述べていたのだと思われる。 いずれにせよ、かように日本上層部は、民族的怨念と覇権を巡っての暗闘を続けているのであって、現在の自民党や民主党ら政党の争いとか、霞ヶ関の官僚の争いも、そうした背景を知らねば解明はできないものと思われる。 投稿者 空也 日時 2007 年 9 月 11 日 05:31:03: 5XFeAMI0dyA4I
山口県に住んでいた経験からいうと、瀬戸内海沿岸は部落が多かったです。あの辺は以上に色が黒い朝鮮人?が住んでいた。平家がマレーシア系だとすれば色が黒いのはうなずけますね。それに大室って名前もめずらしくありません。田布施町の大室一族ではないでしょうが、かなり横柄な人物が多かったです。
田布施町のような恐ろしいところは、いったことがありません(友達から、「一度は行ってみろや」とはいわれてましたが)。部落だとすると近づかないほうが無難ですね。部落に近づくと脅されて連れ込まれて、金品を巻き上げらるらしいです。汚い今にも崩れそうな家から、流行の着物を着た男女が出入りする?一説にはそこに寝泊りするのでなく、盗品の交換をするらしいです。部落への差別はよくありませんが、関わり合いにならないほうが利口なようです。近くには朝鮮人部落もあるらしい。山口は昔から下関をはじめ朝鮮人や帰化人の多い地ですね。刃物で脅してきまし、朝鮮系のヤクザも多いようです。 大室家が南朝の血筋かどうかははっきりしませんが、山口県では大室様は下にもおかない扱いです。大室の子分が小室だったりしてという冗談もいってみたいですね。室という名前に意味があるんでしょうかね。「新」という名前は、明らかに新羅からの帰化人の名前だそうです。 |
靖国は神社では無い!朝鮮式の東京招魂社である!長州藩田布施朝鮮民族による日本民族弾圧のシンボル 売国田布施システム 偽天皇財閥 日本赤十字社=皇族私的団体・非課税特権 2017年08月15日
明治維新の謀略で日本を乗っ取った長州藩 田布施の朝鮮人どもに謀殺された日本人の怨霊を封じる目的で建てられた 朝鮮式の「招魂社」である! ![]() 日本人に仕掛けられたマインドコントロールの呪縛を解く為には、 明治天皇と「みつくりけいご」のすり替え、 真偽を明らかにする必要がある! ![]() 「箕作奎吾」みつくりけいご
本物の明治天皇 朝鮮人の明治天皇
孝明天皇 睦仁親王(明治天皇)は田布施一味に暗殺されたのか? それとも生き延びて裏天皇となったのか? 長州藩 暗殺部隊 田布施一味 テロリスト 暗殺請負人 伊藤博文 と公家の岩倉具視らが共謀して暗殺したのか? 長州藩 田布施 力士隊の大室寅之祐(偽明治天皇) にすり替えた? 背後からロスチャイルド家 その代理人 武器商人グラバーがそそのかして操作した? 密入国者 田布施の朝鮮民族が愛国者を偽装して 日本人を洗脳して騙す為に 偽国家神道 朝鮮式の「靖国神社」を創設? 明治天皇は大室ではなく「箕作奎吾」
長州藩田布施組 伊藤博文(伊藤俊輔) 隠れ朝鮮人 長州藩田布施勢力と 薩摩藩と 岩倉具視らに 日本国家の中枢を乗っ取られ 洗脳支配されてきた日本人よ!いい加減に目を覚ませ! 孝明天皇を暗殺したテロリスト伊藤博文が なんで初代首相に成り上がれたんですか? (ロスチャイルド勢力の支配下の証 日本の恥 田布施システム) ロスチャイルドの下僕 武器商人グラバー 岩崎弥太郎 現在まで続く売国政治を終わらせるには 田布施システム支配体制を終了させよ! http://livedoor.blogimg.jp/matrix_zero1/imgs/9/6/961e1176-s.jpg
イギリス傀儡王家(ドイツ系)ウィンザー家の 家来達 ガーター勲章を身に着けた明治天皇 大室寅之祐 昭和天皇 平成天皇 魔人エリザベスと殺人鬼ブッシュ 戦争犯罪人 昭和天皇
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