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神の笛
私の肉体は神の笛である
私の肉体は神のフルートである
私の肉体は神の尺八である
私の肉体は神の虜になってしまった
私の肉体はほぼ神に拉致されてしまった
私は単に神に肉体を貸しているにすぎない
ここで語られていることは私の意志を超えている
私は単なる語り部であり翻訳者にすぎない
初めに〈光〉がありそれを翻訳している
私なりの翻訳である
その内容の正否は分からない
内なるものと相談しながら私なりの社会性に照らして言語化している
あれこれと私の記憶にさかのぼって書いている訳でもない
ほぼ直感でありひらめきであり降りたまま書いている
言わば〈神がかり〉であり〈おふでさき〉みたいなものである
私自身の知能よりはずうっと高いようである
知能が高いとかえって邪魔になるのだろう
空っぽだから使い勝手がよいのであろう
私の肉体を通して必要に応じて語っている
ふだんは好きなようにリラックスにすごしている
多少最近はその重圧と責任を感じてはきている
幸いに夜のお酒の時間が神経を麻痺させふつうの人間を取り戻せている
どういうテーマでどういった言葉が出てくるのか全く予期できない
ある日とつぜん風のように〈光〉がマッチ売りの少女のようにやってくる
その時に書き留めておかないと後では思い出せないし全体像がつかめない
なぜこんな言葉が出てきたのか自分でも不思議に思うことが多い
私は24歳時より「神なる道」を歩んできた
その頃「荒川豊蔵氏」の日経新聞での「隨縁」と出会った
その内容と氏の表情に衝撃を受けた
その頃失業していて身の振り方を案じていた
「神を信じるか」「運命を受け入れるか」選択を迫られた
信じれば信じる道へ信じなければ信じない岐路があるということであった
信じる方向を選択し自己責任を負わされた
我が身を天に預けることにもなった
迷いが生じた時「天の想うがままに」とした
また「こころの想うがままに」ともした
いったんは就職したが神観念が育っていき会社生活が困難になった
ふたたび失業し失業手当も得ずこじきみたいな生活を送った
一種の〈シャーマン病〉にかかった
それが熟成の時であったのだろう
詳しくは述べられない
そのあと地元に戻り中小企業に再就職し33年ぐらい勤めた
不景気時にリストラに遭い職を失った
辞めよう辞めようとして中々辞められなかった
業を煮やして強制的に辞めさせられたのであろう
でもよく勤め上げられた職場環境も自分に合っていたのであろう
「緯の会」は二人で立ち上げて選挙管理委員会にも届けた
10年ぐらい続けたが人も集まらず解散届を出した
気に入っている名称なので続けている
政治との関りは1980年からである
「鈴木善幸首相誕生」から関わっている
危機が訪れると言葉がひらめいてくる
どのタイミングで誰に言葉を託すか
あまりひんぱんに行なっても不信と〈効力〉を失う
半ば天からの命令だから素直に従うしかない
従わないと精神的にあとで自分が苦しめられる
狂気に近い事でもあり最近は遠ざかっている
ふつうのおだやかな生活を取り戻している
それでいいと思っている
もう若い人たちに任せたい
「神なる道」はもう43年歩んでいる
自分の観念に「神の種子」が植えられ育ってきている
神観念で物事を見ているからふつうの人とは見え方が違っている
平地で景色を見るのと五合目から見える景色との違いなのであろう
私自身の楽しみでもあり何か世の中のお役に立てば幸いと思っている
期待せず望まず求めもしない
だから落胆することもない
さんざん裏切られてきた
「我を出すとしくじる」
それを体験学習してきた
今は自由で解放的な精神になっている
ありのまま〈かいこの糸〉のごとく絹糸を吐き出していきたい
いつもこれが最後でいいと思っている
自分をせかせると心を痛める結果になってしまう
「神の器」としてどうぞ勝手にお使いになってください
もうこの辺で終りにしたい
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人の内なるものは、無色透明で純粋な意識の海だと実存主義は主張しましたが、共感しています。
しかし実存主義はそこから先を提示しておらず、ものたりないところです。(^^;
個人的には、その意識の海はこの世界をうつし出しこの世界と共振するものだと思っています。で、だからこそ一切の認識がある。
人と人の間に言葉が通じるのも、この意識の海が関わると思っています。
神の笛である「降り下りてくる言葉」という概念は、ときどきですが理解出来ます。
それは自分の内なる意識の海にうつっているものを捉えることができたときに捉えることができるものだと思っています。
それは見えるものであり、聞こえるものであり、触れることができるものであり、5感6感7感?で捉えるすべてのものと感じています。
と言いつつ、捉えることができるのはあくまでも「時々」です。(^^;
[ RainDrop ]
2019/7/11(木) 午前 9:19
> RainDropさん
RainDropさんご自身が日ごろ体験・実感なさっているから超自然的現象も理解可能なのでしょう。
「意識の海」は「宇宙空間の海」でもあり、「魂の海」でもあります。「井の中の蛙大海を知らず」ですが、この意識とか魂を深堀していくと、「井の外」の雑音にさらされているよりも、実は「井の中」にあってこそ大海よりも広い意識の世界、宇宙の世界に触れるチャンスに恵まれるとも言えます。
逆説的ですね、根が元来ひねくれもんなんです。
ひねくれもんは楽しいし、人と違う道だから、違うものを発見し自己満足にひたります。
リスクもありますが、殻をやぶったときには広大な海を一瞬だけ見させてくれたりします。
きょうは、おやすみですか。
つゆどきは、梅雨時ならぬひと時を楽しみたいです。
[ yokonokai7 ]
2019/7/11(木) 午前 9:57