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この秋、「この声にしびれた:女性編」特集を5週にわたって。
そして、この声にしびれた①はカルメン・マキ」で、②は「ジャニス・ジョプリン」へ
その理由はこの記事(*)を読んだことで… *寺山修司が主宰していた劇団「天井桟敷」でデビューしたカルメン・マキ。
17歳で1969年には「時には母のない子のように」(作詞:寺山修司、作曲:田中未知)でレコードデビュー。これが大ヒットとなり、カルメン・マキの名前は一躍有名になりました。 「主流は天井桟敷の芝居だと思っていた。」、と後に語っていたカルメン・マキですが、このヒットをきっかけに、当時、CBSソニーの社長に「こんなに売れたし、歌手なのにステレオもレコードも持ってないのはおかしい。」と冗談半分に言ったところ、18歳の誕生日にCBSソニーからステレオ4点セットと洋楽のアルバムを数枚プレゼントされ、そのアルバムの中に入っていたジミ・ヘンドリックスとジャニス・ジョプリンが、この後のカルメン・マキの人生を大きく変えることとなりました。
「歌手になって、売れてから初めてステレオでレコード聞いて。最初に聞いたのがジミ・ヘンとジャニス。それでガーンと人生観変わっちゃって、これだ、これがロックなんじゃないかなという感じ。」「(ジャニスが)出てきたときだからね。今でも凄いでしょ。 ジャニスって。その衝撃たるや、並大抵のものじゃなかった。で、私のやっていることって、いったいなんだろうみたいになっちゃって、機械じゃないんだ。私は歌わされている電気人形じゃないか、同じ歌を何千回と歌って、そういう自分が凄くむなしくなっちゃって。目覚めちゃたよね。結局その時初めて音楽に目覚めた。」と後年、語っています。 |

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