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ベイ・エフエム

ベイ・エフエムの「MOTIVE!! 安東弘樹 & 宮島咲良」で、シティ・ミュージックの特集をしていました。その2.

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「ルビーの指輪」をかけたのだから、パラシュート(*)の(パラシュートサウンドなくしてはこの曲は成り立たない)ことを話すべきなのですが(この時間、金澤さんはいない)、それを話すだけの知識を持っていなかったのでしょうね。
実にもったいない!
ということで、『 BACK TO THE 80's ( エフエムかしま )』では9月9日(月)「寺尾聰&パラシュート)」特集を(放送)します。
 
*林立夫、松原正樹、今剛、斉藤ノブ、マイク・ダン、安藤芳彦と、当時超一流のスタジオ・ミュージシャンたちが集まったスーパー・バンドで、日本のTOTOなどと呼ばれた。
彼らは4枚のアルバムを発表しているが、今聴いても80年代前半の日本の音楽シーンのクオリティの高さが実感できる。
このパラシュートが全面参加して制作され、爆発的なヒットとなったのが寺尾聰のアルバム『リフレクションズ』と、シングル「ルビーの指輪」である。寺尾が全楽曲を作曲、井上鑑が全曲のアレンジを手がけたが、きっかけは東芝の武藤敏史ディレクターからの「ヨーロッパっぽい大人のロックをやっている俳優がいるので、アレンジをお願いできないか」との依頼だった。
武藤はザ・リガニーズのギタリスト出身で、オフコースのディレクターとして知られ、彼らのアルバム『ワインの匂い』を制作する際、レコーディングに500時間もかけてしまったという伝説の人物でもある。
寺尾は名優・宇野重吉の実子で、俳優として活躍していたが、60年代にはザ・サベージのベース&ヴォーカルとして活動した経験もあった。
そうして渡されたデモテープの中に「ルビーの指輪」があったが、当時井上はおしゃれな曲、そして跳ねた曲だと思ったという。
シャッフル系の曲はまだ日本でポピュラーではなく、ヒットするとは思っていなかったと述懐している。
当時井上は盟友であるギタリスト今剛と、スティーリー・ダンのような音楽をやりたいという思いがあり、『ガウチョ』のような音作りを試そうと考え、寺尾もそれを喜んで、楽しみながら自由にレコーディングしたという。その結果、いい意味で力の抜けた寺尾のヴォーカルと井上が構築した都会派サウンドが合体し、さらに松本隆のクールな中に哀愁を漂わせる詞が乗り、80年代を代表するシティ・ポップのメガ・ヒットが生まれた。
当時、こういう先進的な洋楽風のサウンドが日本で大ヒットすることは稀であり、その意味でも井上鑑の仕事は大変に意義のあるものであった。
寺尾聰は『リフレクションズ』から「ルビーの指輪」のほか「シャドー・シティ」「出航SASURAI」の3曲がシングル化され、いずれもヨコハマタイヤのCMソングに起用されている。
同CMでは井上自身も「Gravitasions」を発表しており、その後大瀧詠一が作曲した稲垣潤一の「バチェラー・ガール」も井上鑑のアレンジで、同CMに起用されている。


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