|
ピーク年齢
フムフム…
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2018年11月21日
|
そして
12月3日はゲストに小林啓子さんを迎えて収録を…
|

- >
- エンターテインメント
- >
- 音楽
- >
- その他音楽
|
12月3日(月)収録の「一枚の切符から」特集の資料の一部をここに。
*ディスカバー・ジャパン (DISCOVER JAPAN)
日本国有鉄道(国鉄)が個人旅行客の増大を目的に1970年から始めたキャンペーン。個人旅行の拡大や女性旅行者の増加などの社会情勢の変化とマッチし、キャンペーンとしては成功したとみなされている。キャンペーンの副題は「美しい日本と私」。 国鉄は、1964年に東海道新幹線を完成させ[1]東京 - 大阪間の輸送力を強化し、1968年10月1日のダイヤ改正(ヨンサントオ)で在来線の輸送網強化を一応完成させた。1970年3月から9月に開催された日本万国博覧会(大阪万博)では、この国鉄輸送網が活躍して大量の乗客を輸送した。 大阪万博は今まで団体旅行しか経験しなかった多数の日本国民の目を、個人旅行に向けさせるきっかけとなった。国鉄は1970年10月に万博終了後の旅客確保対策として個人旅行拡大キャンペーン「ディスカバー・ジャパン」を開始した。 ・キャンペーン開始
キャンペーンの計画が立てられ始めたのは開始の約1年前、すなわち大阪万博の約半年前だという。 そして、キャンペーンは万博終了の1ヵ月後の10月14日(鉄道の日)から始まった。 従来のキャンペーンは特定地域に絞ったものが多かったが、「ディスカバー・ジャパン」は「日本を発見し、自分自身を再発見する」をコンセプトに、全国的に進められた。このキャンペーンは広告代理店の電通が全面的にプロデュースを行い、副題も含めたキャンペーン名も電通の創案による。当時電通でこのキャンペーンを企画した藤岡和賀夫によると、コンセプトとしては「ディスカバー・マイセルフ」であったが、「マイセルフ」の部分の表現として「美しい日本と私」という副題が出てきたという。 このフレーズが、川端康成のノーベル文学賞受賞記念講演「美しい日本の私」に似ていることに気づいた藤岡は、川端にキャンペーンでこのフレーズを使うことを打診したところ、快諾された上にポスターに使う揮毫までもらうことができた。また当初副題は三島由紀夫に依頼したが断られたという。 藤岡の回想では、開始当初このキャンペーンの名前に関しては「国鉄がなぜ英語を使うんだ」といった非難や、アメリカで1967年に実施された「ディスカバー・アメリカ」という国内旅行を促すキャンペーンの二番煎じなどといった批判があったという。 このキャンペーンは 車内や駅のポスター以外に種々のメディアでも宣伝された。駅スタンプはそれまで特定観光地にしか設置されていなかったが、このとき設置駅を1400に増やした。その他にも機関紙の発行、新聞での特集記事、テレビ番組の設定などが、キャンペーンを盛り上げるために実行された。 主要30駅(上野駅や東京駅など)の駅前には、3年間の期間限定で「ディスカバー・ジャパン・タワー」が設置された。日立製作所のカラーテレビキドカラーの宣伝列車「日立ポンパ号」は、「ディスカバー・ジャパン」のキャンペーンと連動した。 ・テレビ番組 キャンペーン開始と同時の10月に、国鉄提供によるテレビ紀行番組『遠くへ行きたい』が始まった。これは永六輔が一人で日本全国を旅して、各土地の名所紹介や住民とのふれあいをテーマにした番組だった。永六輔が作詞した同名の主題曲とともに当時の国民の旅行への憧憬をさそった。 ・ミニ周遊券の設定 それまでの周遊券は「周遊指定地を2箇所以上回るオーダーメイド版:有効期間1か月」、「北海道や九州などの広域をまわるレディメイド版:有効期間最大20日、名称『一般用均一周遊乗車券』」等があった。しかしオーダーメイド版は条件が複雑で一般客向きではなく、またレディメイド版は範囲が大きすぎて小旅行には向かないものであった。「ディスカバー・ジャパン」開始と同時に、レディメイド版の周遊範囲を限定して、安価・短期間の旅行に適したミニ周遊券が設定された。同時に従来のレディメイド版はワイド周遊券と改称された。 ・キャンペーンの推移 1972年[の山陽新幹線岡山開業、1975年の同線博多開業と国鉄の新幹線網が延びていき、在来線においても1972年にエル特急が登場するなど、特急列車が大幅に増発された。 またキャンペーンの始まりと時を同じくして、1970年3月に女性雑誌『an・an』、1971年5月に同『non-no』が創刊された。両誌は各地の小京都や倉敷・萩などのシックな町並み、中山道の静かな宿場(妻籠宿・馬籠宿など)をファッションモデルが訪れる形式で紹介して、若い女性の個人旅行スタイル「アンノン族」を生み出した。各観光地には小グループの女性客が多く来訪するようになり、観光地は女性をターゲットとした街造りを意識するようになった。「ディスカバー・ジャパン」のキャンペーンは第1次オイルショック(第1次石油危機)を経ながら、1976年12月まで続けられた。 『an・an』のモデルでもあった秋川リサは後に、「気ままな旅のリサでございます」という全国の周遊券のテレビCMに登場した。 なお、批評家の山崎昌夫や写真家の中平卓馬などによるキャンペーンを批判する動きもあった。
・先行〜後続のキャンペーン 同じ1970年の、3月に始まった富士ゼロックスのキャンペーン「モーレツからビューティフルへ」も、藤岡和賀夫が手がけていたものだった。1970年の同社の広告には「ディスカバー・ゼロックス」というのもあった。 直前の1970年9月頃、「Make Your Country 東北」というキャンペーンが実施され、首都圏の国鉄列車内に4枚組のポスターが掲示された。英語を含むタイトル、女性モデルの使用、場所の不明さ、国鉄の文字の小ささといった「ディスカバー・ジャパン」初期ポスターとの類似点があった。一方で、国鉄本社旅客局ではなく首都圏本部の事業であり、代理店も電通ではなく、制作者も初期のメンバーとは異なるなどの点もある。初代の旅客局サービス課長・佐々木峻一による「キャンペーンの下地のような形で」という証言もあり、テスト版という位置づけとも捉えられる。 アンノン族に代表される女性客が増えるにつれ、国鉄のキャンペーンも女性を重視していった。1977年1月6日に始まった「一枚のキップから」は長続きしなかったが、1978年11月3日には山口百恵が歌う『いい日旅立ち』をキャンペーンソングとした「いい日旅立ち」が始まった。
また1980年には国鉄全線完乗を目指す「いい旅チャレンジ20,000km」が始まった。 1980年を過ぎると、国鉄の累積赤字が社会的に大きな問題となりはじめ、労使間の紛争も多発するようになった。さらに運賃・料金の値上げが毎年のように行われたこともあり、私鉄や航空機、自動車などに対する競争力が低下し、所謂「国鉄離れ」現象が起きるようになった。そのような状況下で、国鉄は赤字ローカル線(特定地方交通線)の廃止を進めるようになり、このような大型キャンペーンも下火になっていった。 ・その後 1984年、国鉄は「エキゾチック・ジャパン」のキャンペーンを開始した。これは郷ひろみが歌う『2億4千万の瞳』(歌詞に前記のキャッチフレーズが含まれる)をキャンペーンソングとした新たな取り組みであった。そのキャンペーンは1987年の国鉄分割民営化まで続けられたが、分割民営化後JR各社によって行われた様々なキャンペーンの下地を作った。 なお、2008年時点では西日本旅客鉄道(JR西日本)が「DISCOVER WEST」(ディスカバー・ウエスト)という、「ディスカバー・ジャパン」をもじったキャンペーンを実施している。 JR東海 東海道新幹線 エクスプレスシリーズCM
◆シンデレラ・エクスプレス・・・1987年と1992年 ◆アリスのエクスプレス・・・1988年1月〜3月 ◆プレイバック・エクスプレス・・・1988年5月〜6月 ◆ホームタウン・エクスプレス(女性編・男性編)・・・1988年10月〜11月 ◆ホームタウン・エクスプレス(クリスマス編)・・・1988年12月 ◆クリスマス・エクスプレス・・・1989年〜1992年と2000年 ◆ハックルベリー・エクスプレス・・・1988年〜1990年 ◆ファイト!エクスプレス・・・1989年と1991年 ◆リニア・エクスプレス・・・1989年 ◆マイコのエクスプレス・・・1991年〜1992年 今回は「アリスのエクスプレス」について◆アリスのエクスプレス◆距離に負けるな、好奇心(1988) アリスのエスプレスとは? 1988年1月〜3月にJR東海が放映したCMでの新幹線の愛称。エクスプレスシリーズ第2弾。前作の「シンデレラ・エクスプレス」より,一世代若い人々を対象に,東海道新幹線を利用して遠方のコンサート等に出かけることを期待して出したシリーズ。4作が作成された。CMキャッチコピーは「距離に負けるな、好奇心。」 |

- >
- エンターテインメント
- >
- 音楽
- >
- その他音楽
|
今日は旭方面に用事があり、その帰りに10年振り位に「萬屋(まんや):猿田」によって、てんぷらそば(税込800円)を食べてきましたが、
ここのおそばは稲庭うどんのような感じで、また、つゆはあっさりとしていて、そして量はかなり多いですね。
|
|
ここ(*)に書かれていることは実にもっともなことで、SNSは門戸を広げ(フォロワー)ますが、それは広く浅くで、そこだけでは単なる画面上のつながりであり、電話で話したり会ったりということが大事ですね。そして、そのためにツールであるなら、それはとてもいいと思います。
*SNSは『拡声器』から『コミュニティへの入り口』になっている。
昨日たまたまTwitterを開いたらけんすうさんのこんなツイートを見かけました。 ちょうどタイミングよくこのあとの連続ツイートも読み(現在は削除されている)、私も最近あらゆるSNSで成熟という名の飽和が進み、単にフォロワーを増やすことの意味が薄れていることを感じていたこともあり、私なりの解釈をツイートしてみました。
個人的に、上記のけんすうさんの指摘で重要だと思っているのは、『SNSがオワコンである』という話ではない、ということです。
むしろTwitterに限らず、Instagramやnoteなど、発信したりつながったりするツールが成熟してきたからこそ、SNSの役割がこれまでのような『拡声器』から『コミュニティの入り口』になりつつあるのではないかと私は思っています。
以前、noteのおまけで『ブランディングもO2Oの時代』という話を書いたのですが、SNSはオワコンどころかもはや持っていて当たり前のものになってきたからこそ過当競争が起き、あとからの参入で古参に勝つのはなかなか難しい状態です。
最近はInstagramのフォロワーの伸びも鈍化してきたと聞きますし、選択肢が広がったからこそ誰もがチェックしている『メジャー』な存在が生まれづらくなっているのだと思います。
noteに関しても、発見可能性が高いプラットフォームであるとはいえ、やはり急に1万人単位で増えたりはしないでしょう。
個人的には、どんなSNSであれ『フォロワー数の増やし方を教えます!』という触れ込みはだいぶ怪しいと思っていて、本気でSNSを使っている人はフォロワー数自体に価値があるわけではないと理解しているので、エンゲージメントや自分の偏愛を育てることといった本質からまず話しはじめるはずです。(ゆうこすさんとかまさにそういうタイプ)
あと、そもそもなのですがものごとには需給バランスというものがあって、インフルエンサーが成立するためにはそれなりの"ファン"が必要である以上、誰もがファンを抱えるインフルエンサーになれるわけではない、というのは自明のことです。
ましてや、ちょっとしたテクニックで本当に自分の言ったことを理解し、支持してくれる "ファン"ができるなんてことはまずありません。
一方で、ここまで書いてきたことと矛盾するようではありますが、個人がSNSを戦略的に使うことは今後自分の仕事の幅を広げるためにとても意味のあることだとも思っています。ただ、その目的はあくまで『人間関係の構築』であって、決して『チャネルの増大』ではない、という前提です。
私も曲がりなりにフォロワー数が2万を超えてきたので投稿のお願いなどされる機会もあるのですが、SNSは『便利な告知ツール』であるという認識で止まっている人が多いことによく驚かされます。
もちろんフォローしてくれている人が多ければその分インプレッションはでますが、SNSの世界がどんどんリアルに近づいている今、自分のコンテキストと異なるものを告知するということは『昔からの友人が勧誘の電話をかけてきた』と同じくらい不快感を与える行為である、という認識はもっと広まるべきだと思っています。
自分のメリットになるような告知やお知らせしか投稿していない人は結果的にフォロワーも増えないし、仕事相手としての信頼も蓄積されない、という状態に陥りがちなのです。
では『フォロワーを増やす』以外に何を目的にして、どうSNSを運用していくべきなのか。
私が大切だと思っているのは、『丁寧に人間関係を構築する』ということです。
今や人間関係においてもSNSとリアルの境目はどんどんなくなっていき、SNSで知り合った人と唯一無二の親友になったり、仕事のきっかけはSNSの投稿だった、なんていうこともザラにある時代です。
そんな中でSNSがすごいのは関係性が可視化されているということで、たとえ自分のフォロワー数が100くらいしかいなくても、誰か1人でも友人がSNSのあるクラスタにいる人だったら、その友人の信用を担保にして新しいつながりができていったりします。
実際、私も誰かをフォローしたりお会いしたりする際にはその人自身のフォロワー数よりも、誰とつながっていて普段どんなやりとりをしているのか(ソーシャルリスクの高い人ではないか)という点を一番見ています。
つまり今後SNSの運用で大切なのは告知チャネルとしてフォロワー数をがんばってがんばって増やすことではなく、リアルな人間関係の拡張として自分のアバターとしてのアカウントをどうインターネット上で育てるかという点なのではないか、と思うのです。
もちろん、そうやってアカウントを育てた結果としてフォロワーが増える、という流れはあると思うのですが、そこが目的になってしまうと本末転倒だよな、ということをよく思います。
いい会社に入っていい結婚をすれば幸せになれるわけではないように、フォロワー数というわかりやすく目に見えるものが手に入れば幸せになれるわけではない。
最近はそんなことを考えています。 |




